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 異世界にて 3

♢3♢


 あの妙な封筒を受け取ってから、どのくらいの時間が経過した頃だろう。

 寒さは和らぎ、少し暖かさを感じるようになった頃だ。


 あの封筒の差出人という人物に会うことになった。

 待ち合わせに指定されたのは喫茶店。


 この喫茶店は入り組んだ場所にあって、早めに家を出て来たつもりだったのだが、到着したのはほんの一時間前だった。


 ドアを開くと、カランカランと音がして店主であろう男性が新聞から視線を上げる。

 店の中に客はおらず、ラジオの音だけが響いていた。


 普段なら入ることの無い場所に戸惑ってしまう。

 どうしたらいいのか分からず、「待ち合わせなんですが……」 そう言ってみた。


 店主であろう男性は表情を変えることなく、「聞いてるよ。一番奥にいきな」 ぶっきらぼうに、それだけ答えた。


 言われた通り一番奥の席に向かう。

 カウンター席に、向かい合わせの席。


 指定された奥の席は向かい合わせになっている席で、僕は入口が見えるように最奥に座った。


 待ち合わせまでは時間がある。

 人を待たせるのは嫌だし、早く来ていて困ることは無いと思う。

 遅れて来るよりはずっといい。


 何よりじっとはしていられなかったんだ。


 もう面会すら叶わなくなっていた。

 本人に意識がないのだから仕方ない……。


 そう誤魔化してきた。だけど、このままでは……。

 そう素人の自分にだって理解できる。


 コトっとテーブルに何かが置かれる。

 下げていた視線を上げると、目の前にアイスコーヒーがあった。


 何も頼んでいないし店の中に客は自分一人だったはずだ。間違いではない。


「何も頼んでないんですけど……」


「相手のツケにしとくから気にすんな。 ……兄ちゃん酷い顔してたぞ」


 余裕がないのは確かだ。

 それにしても自分が表情に出るタイプだとは思わなかった。


 それとも客商売をしているこの人だからなんだろうか?


「……ありがとうございます」


 心のこもってない、そんなありがとうだったと思う。


 店主は気にしたふうもなく、「おかわりなら遠慮すんな。金ならあるだろうからな……」そう言ってカウンターに戻ってしまう。


 時計を見ても、約束の時間まではまだ時間がある。


 ♢


 約束の時間の5分前。相手が店に入ってきた。

 何故、顔も知らないはず相手だと分かったかと問われれば、他に客は誰も入ってきていないからだ。


「相変わらず暇そうね。こんな道楽してないで手伝ったら?」


 入って来るなり、大柄な男は店主にそう言った。


「嫌だね……わざわざ関わりたくもない。それより、兄ちゃんはとっくに来てるぞ」


 男は視線をこちらに向ける。

 スーツ姿なのだが、ガタイが良いせいか似合っていない。無理矢理着ている感がある。


「冷たいモノちょうだい。歩いてきたら暑くって」


 言いながらこちらに歩いてくる。


 「はいよ」と短く店主は答え、筋肉質な男は席の前で立ち止まる。


「はじめまして、黒崎 飛鳥(くろさき あすか)くん」


 慣れた動作で名刺を差し出される。


 名刺の肩書よりその名前に驚いた。

 正確には名字にだ……。

 水瀬(みなせ)と書いてある。


 自分でさえ知っている。

 医療の分野で、その名前は広く知られている。


 もちろんそれだけではない。

 あらゆる分野に関わってくるだろう。その名前。


「水瀬さん。 ……あの水瀬ですか?」


 間違い。勘違いという可能性もある。


「そうよ。アナタの思ってる水瀬で間違いないわ。ただ、水瀬さんはやめて。エクセラよ」


 そう名刺には水瀬エクセラとある。

 この人は日本人には見えない。

 ……ハーフなのだろうか?


「私は異世界の出身なのよ。こっちでは水瀬の家にお世話になってる」


 さらりと凄いことを言われた気がする。

 今……異世界から来たと。そう言ったのか?


「異世界。それなら──」


 もしかしたら──。


「妹さんのことね。残念だけど、私にそんなスキルは無いわ。こちらの技術でどうしようもなく、アナタが魔法にすがりたい気持ちは理解できるけど……魔法だって万能じゃない」


 浮かんだ希望は一瞬で消え去った。

 タチの悪い冗談のようだった。


 魔法は万能じゃない、か。

 それじゃ、どうしたら……。


「でも、可能性はあると思う。向こうにも医者はいる。こちらとは違う、魔法を軸にした医療よ。何かヒントになることくらいは掴めるかもしれない……」


 その可能性はどのくらいあるのだろう……。


「望むのなら水瀬に掛け合ってみるわ。こちらの世界の魔法を扱える水瀬なら、何か解るかもしれないもの」


「──お願いします。出来ることがあるのなら!」


「落ち着きなさいよ。今、連絡してあげるから……」


 藁にもすがるとは、今の自分にあてはまる。

 何にだってすがりたい。可能性があるのなら……。


 なら、異世界の医術。

 その可能性にもかける価値はある。


 そのためには……。


 異世界から来たと、この男は言った。

 だったら……逆にそこに行く方法だってあるはずだ。


 ♢


「まさか、自分から行きたいと言い出すとは思わなかったわ。アナタに会いにきたのは、その事を話してみようと思って、だったのだけど……」


 率直に異世界に行きたいと伝えた。

 驚かれるのは承知の上だ。


 相手も最初からそのつもりだったのなら、自分としては望むところだ。ただ……。


「──どうして僕なんですか?」


 その事だけは聞いておかなくてはいけない。


「アナタが特別だったから……かしら。元より資質のある四家(よんけ)の人間じゃないのに、それを凌駕する力を秘めたアナタ……」


 四家? ……初めて聞く言葉だ。


「火水風土に神の字。それが四家……。こちらの世界の魔を仕切る支配者たちよ。水はもう存在しない。分家であったところが、今は本家。水瀬(みなせ)は水を司る家よ。水は癒し、その魔法が使える唯一の一族」


 水瀬が魔法を仕切る一族……。


 ──それだけじゃない。


 火神、土神、風神、どれも誰でも耳にする名前だろう。そんな一族が揃って異世界と関わっている?


「あの、ゲートも関係あるんですか?」


 もはや、日常的に見ているが、去年は存在すらしていなかったのだ。

 今の話を聞けば疑いは四家とやらに向く。


「いいえ、アレは自然発生。秘匿したい彼等が、自ら魔法やら異世界やらをバラす必要は無いでしょ?」


 それはそうかもしれない……。


「それにアレが広がれば困るのは四家よ。ゲートが拡大を続け日本全土を覆うほどになったらどう? ……ある日突然、この世界の地図から日本は消滅するかもしれない。異世界と呼ばれる場所に、日本ごと呑まれてしまったら?」


 途方もない話なのか。あるいは起きうる話なのか。


「それを防ぐには両世界の調整が必要。なんだけど、向こうは大変なのよ……。そこで、四家は解決を図るために、それぞれ一名ずつ出し合って異世界に送ることにした。斥候……捨て駒かしらね」


 捨て駒。つまりは期待してない。

 あくまで情報を得るのが目的なんだろう。


「良い例えよね。情報は欲しい。でも、優秀な駒を使いたくない彼等は、出来損ないと判断した子たちを選んだ」


「それは……」


「酷い? そう思えるならアナタはまともよ。彼等はそんなことは思ってない。でも……──いえ、これ以上は話さない方がいいわね」


 何を言いかけたのか気にならなくもない。

 けど、僕には関係ない。

 他人に構っている余裕など無いのだから……。


 ♢


 異世界。その場所のレクチャーを受ける。

 それを踏まえて僕が思ったのは、結局は実際に訪れてみないと分からない。ということだった。


 ……まあ、そうだろう。


 どんな場所で、どんな人がいて、どんな生活をしているのかなんて言葉だけでは伝わらない。


「いつ異世界に行けるんですか?」


「まだ先よ。それに決定じゃない。アナタを参加させたくない人たちは沢山いるのよ?」


「接触してきて、こんな話をして、決定じゃないんですか?」


「あら、アナタに接触したのは、アナタがこちらを調べる真似をしたからよ?」


 ……どうしてそれを。


「アナタ……いえ、アナタの父親かしらね。私たちを調べさせたのは。調査してた探偵に情報をあえて与え、アナタの出方を伺っていた」


 あの封筒の中身を読んでも半信半疑だった。

 だから、父に頼んだ。

 この差出人について調べてくれないか? と。


「探偵は、自分の手柄のように報告したんでしょうけど、実は与えられた情報だった。嘘ではないけど、全部が本当でもなかった。この一件は国だって関わってる。そんな案件に巻き込まれれば……分かるわよね?」


 だから納得のいく答えを与え、それ以上探らせないようにしていた……。


 ──それに国だって?


 つまり……もっと以前から事態は把握されていて、今更になって明るみに出た。


「僕がこの事を公表すると言ったら?」


 使える物は使う。利用する。

 可能性があるなら賭ける。


 善意だろうと悪意だろうと関係ない。

 そんなことは後で考えればいい。


 必要なのは手段を確保すること。

 未知の場所に行く手段を。


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