動き出す世界 7
♢52♢
マナさんから出歩いてもいいと許しが出た。と言っても……この建物の中だけ。
一階は半壊し、二階は物だらけ。
ほとんど何の意味もない許しだったな。
部屋に戻るしかないか……。
その時。ふと、あることを思い出した。
──そうだ。上に出る梯子があった。
屋根の上にでも出て風に当たろう。
部屋にこもっていたからだろうか、無性に外の空気を吸いたかった。陽に当たるのもいいだろう。
思いついたまま行動し、屋上へと上がる。
外は晴れていて程よく風もある。少し暑いくらいに感じる。
そして……見間違えでなければ、建物の上を誰かが移動してくる。
あっという間に、その誰かは俺のいる屋上に到達する。
「なんだ。起きて平気なのか?」
会長だった。どうしてこの人はこんな移動方法をしてるんだろう。
「いちいち絡まれずに抜け出すには、これが手っ取り早い」
「サボり?」
「マナと一緒にするな。ちゃんと後任を見つけてから出てきた」
この人の代わりなど務まる人がいるのだろうか?
何でもそつなくこなすイメージだ。
「……これからどうすればいい?」
思っていたことだ。
貴族を一人倒した。でも、それで終わりじゃない。
何度となく繰り返さないといけないはずだ。
「気が早いな。お前もカレンも。焦ることはない。予定より早く事は進んでる。療養する時間も十分にある。この国のことも気づかれてないしな……」
あれだけのことが気づかれない?
「サラサ。会ったんだろう? あいつのおかげだな」
「やっぱり、知り合いだったのか……」
「ああ、こちらのだけどな」
その事まで……。
この人は、何をどこまで知っているんだろう。
「会長。どこまで知ってるんだ?」
「曖昧な表現では答えようが無いが、お前の思っているよりは知ってる。例えば火神の家の事とかな?」
心臓が跳ねる。
やっぱりアイツの言ってた通りだ……。
「知ってて俺を選んだのか?」
「まさか、そんな真似はできない。お前を寄越したのは火神であって俺じゃない。俺じゃ、お前に接触することすら出来なかった」
「だったらどこから──」
「その話は置いておけ。聞いても仕方ない話だ。それより大事な事があったろう?」
……大事な事?
今、これ以上に大事な事なんてあるのか。
「サラサは褒美をくれたんだろ? カレンの母親の事は聞いた。 ……お前の言った通りだったよ」
「その話が関係あるのか?」
「お前のカレンに向けた言葉は、その実自身に向けられた言葉だったんだろ?」
……その通りだ。
カレンを励ました言葉も、その想いも。自分が願った願望でしかない。
「サラサの寄越した情報と、俺の知り得た情報を総合した結果。かなり現実味のある話になった。これならお前も信じるんじゃないか?」
「何の話なんだ?」
「両親の死体はあったが、妹の死体は見つからなかった。そんな話だ……」
何を言ってる?
そんなはずは……だって俺が……。
「いくら巧妙に隠されても、一度書類になれば消し去るのは不可能なんだ。事件の概要は一通り見た。その中で気になる記述があったのを覚えてる。それが死体の数だ……」
足りてなかったと会長は言う。
そんなバカな……そんなはずが……。
「お前がカレンに言ったんだろ? 可能性があるなら諦めるな、と。自分は信じないのか?」
「……生きてるって言うのか?」
「そうだ。遺体のあった両親は死亡が確定しているが、妹に関しては間違いなくな」
だったら、今まで姿を見せない理由は何だ?
そんな話。信じられるはずが……。
「まあ、信じる信じないは自由だ。ただ、サラサの繋がりを視るという能力は本物だぞ? 二つの世界間さえ見通す眼だ。そのくらいはできるだろう」
……時々、思うことがあった。
どこかで生きていてくれたらと。
父さんも母さんも、死んでしまったのは覚えてる。
それは覆りようがない。
でも、あいつだけは……。
最後の瞬間を見たわけじゃなかった。
死んだと言われただけだ。
だったら……その可能性くらいはあるのだろうか?
僅かでも、微かでも……。
「これは奇跡なのか?」
そうとしか思えない。
「この世界に偶然など一つとして無く、全ては必然。人は出会うべくして出会い、奇跡など必然でしかない……。俺とお前。サラサ、カレン、スターク、マナ。全員に意味がある。そして、お前は勝ち取った」
出会いは必然……。
「ユウ、お前という駒は二つで一つ。どちらが欠けても成立しない。なら勝利すら必然。こちらがお前の舞台なら、向こうはお前の半身の舞台。貴族に勝った時点で未来は確定された。後は進むだけだ……」
「その先にあいつはいるのか?」
「歩みを止めなければな……。願いとは叶えるものだ。自分で。何を利用し、何を踏み台にしても。途中で諦めるような願いは、元より無いと同じだ」
この人は何を願っているんだろう……。
およそ全てを知っているように思う、この人の願いとは。
「不確定だったお前の未来は定まった。破滅ではない道に。それはお前の願いが叶ったからだ。お前がもし短絡的な道を選択していれば……こうはならなかったはずだ」
そう……ユウは復讐を選ぶと思っていた……。
それなら簡単だったのだがな……。
こいつはその選択をしなかった。
なら、他の願いが目的が必要だろう。
願いとは呪いだ。
その願いに縛られ、その願いの為に行動しなければならないのだから。
こいつは甘い。優しすぎる。
だがらこそ必要だ。何より大事であろう願いが。
その呪いは悪い方には働かない。
こいつに足りないものを補ってくれるはずだ。
サラサは乗り越えたようだと言っていたが、保険はあったほうがいい。




