動き出す世界 5
「その箱は何だ?」
部屋に入った私を見るなり、そう言われた。
「通信機? だって言ってました」
聞いたままを話すしかない。
それ以上のことは知らないし……。
「ずいぶんと縮んだな。やはり最初からマナにやらせるんだったな……」
スタークはもそう言っていた。
元の大きさを見たわけではないので、私は感想を言いにくい。
「どうするんですか、これで?」
会長の座る、領主のいたであろう席に箱を乗せる。
「トモエに連絡をつける。やっと、この束縛からも解放されるし、いいタイミングだ」
初めて聞く名前だ。
……それに解放されるとは?
疑問が顔に出ていたのだろう。会長は説明してくれる。
「さっきの騎士がこの業務をやってくれるらしい。やっと俺は用済みだ。最初から進んでやればいいものを。わざわざ乗り込んでくるとはな……」
……あの人が?
貴族には協力しないと思っていたのに。
様子が変わった事と関係あるんだろうか?
「あの人が、新しい領主になるんですか?」
つまりはそういうことだろう。
また、同じなんじゃないのか。そう思った。
しかし、思いもよらない答えが返ってきた。
「その制度は廃止する。権力を与えるからつけ上がる。他と同じようにトモエに治めさせる。実際に仕事をする人間は必要だが、それもこちらで用意する。村の村長。あのジジイにも一旦は担ってもらう。唯一の領主、生き残りだからな」
それで何が変わるのだろうか?
「変わるさ。支配するヤツがいなくなる。税も最小限にして、余ってる土地で何か事業も始めようと思う。投資するだけの見返りはあるからな。まずは邪魔な魔物共を掃討する。その上で四方の村で陣を敷き、中に魔物を入れないようにすれば、いくらでもこの国は良くなる」
それが可能なら、私がここに来た目的は達成されたことになる。
私はこの国のことを頼みにきたのだから。
「簡単にそんなことができるんですか? 貴族の意向もないのに……」
「貴族というのは親から名を継ぐ。トモエが継いだ名がスメラギだ」
この世界の人は名前しかもたない。
しかし、貴族だけは違う。親から名を引き継ぐ。
スメラギという貴族が元々いて、その子供はその名を継ぐ。
つまり……スメラギ・トモエ。
貴族その人だ。
「継ぐといっても二代目。トモエの前には親しかいない。この世界の支配者は歴史が浅いし、何より長命だからな……」
貴族の子供たちがいるのは知識としては知っている。
「トモエさんは女の人なんですか?」
「貴族と呼ばれる異形たちは男しかいない。奴等が増えるには別のモノと交わる必要がある。人間の女に子を産ませ自らの後継とする。これが今の二世代目。トモエは俺の知る中で最初の子供だ。子供は男女とも産まれる。たその子供たちの大半は君と歳も変わらない。若い世代だ」
──知らなかった。
貴族と呼ばれる存在は男しかいないと聞いていたから……。その子供となど会う機会もなければ、噂すら聞こえてこない。
「知らないのも無理はない。この国の貴族は二世代目を認めていなかった。自身も子を作ることもせずにいたからな。そんな場所に、わざわざ自ら足を踏み入れる奴はいない」
その彼ら、彼女らは……どちらなんだろう?
「貴族と名乗る以上、同じものと思え。見た目こそ麗しい人間に思えるが、奴等は親の力を継いでる。その力は親と大差ない。人の形をした怪物と思えばいい」
「……怪物」
「親の背を見て育った怪物。特別だと、人間とは違うとそう扱われてきた。その存在に俺たちの考えも、思いも伝わらない。アレは支配が生んだ悪そのものだろう」
例えば、この国の貴族。
あの貴族に子供がいたとして。
親の力を同じく使え、その所業を真似る。
自身を特別だと人間とは違うと思う。
「分かり合えない。今さら人間だとは、俺たちと同じだとは認めない。甘い考えは捨てたほうがいい。でないと足元をすくわれる。親の七光りといえば安く見えるが、その存在は驚異だ」
分かり合えないだろう。不可能といっていいと思う。
私たちが貴族を認めないように、彼らも私たちを認めない。弱い存在である人間は支配されるべきと考えている。
「だが、二世代目は放っておく。あんなモノを相手にする余裕はないし時間の無駄だ。無視して先に手を進めるのが最善だ」
「貴族を倒して回るんじゃないんですか? てっきり、そうするんだと思ってたんですけど……」
「それではいつまで掛かるか分からない。最短を行く」
最短とは何を意味するんだろう?
その答えを聞く前に、箱が音を発した。
「続きはまた今度だな。一気に話したところで、あまり意味はないしな」
箱の天板が外される。
中身は見たことのない物が詰まっていた。
「──なにこれ?」
「機械だ。向こうの世界の魔法とでも呼ぼうか。動かすのには魔力で作動するようになっている。この手の技術では遠く及ばないが、魔法はこちらの方が進んでいる」
機械と呼ばれてた箱の中身は何をするものなのか。理解できない。
これがもし魔法であったなら、理解できただろう。
違う世界の魔法……。
その響きはとても興味をそそる。
何が起きるのかワクワクしてしまう。




