動き出す世界 2
♢48♢
暗い地下を灯り一つで進んでいく。
ムサシの街の地下にあたるこの場所。
まだ、まだ終わった訳ではない。
私はまだ終わってなどいない!
貴族は倒れ、民衆の支持も消えた。
だが、金さえあれば返り咲くことはできる!
何もこの土地に固執さえしなければな。
スメラギを敵に回したのは失敗だった。
ラットの奴が早くに教えていれば、向こうに付いたものを……。
あの貴族の息のかからない所を探さなくては。
貴族の死は驚いたが、殺した奴がそれ以上の化け物だっただけの話だ。一介の人間である私には無縁の話だ。
通路は突き当たり、目的地はもうすぐだ。
この地下通路はもしもの時の保険だった。
逃げ出すことができるように作らせた。
この国の地下に広がる地下。
その一部を利用して作らせた甲斐があった。用意しておいて正解だった。
通路が行きつく先は我が屋敷。
金庫の鍵は私にしか開けられない。
今ごろはラットも同じ事をしているに違いない。
金さえあれば当面はしのげる。
持ち出せるだけ、いや全て持ち出さなくては……。
魔導師がいない今、私の戦力は雇った者たちだけ。
中でも優秀だった三人が死に、あの女魔導師は寝返った。
責めはしない。私でもそうしたからだ。
ただ、このまま済ましましないがな。
女の魔導師となれば高く売れる。
元より税を取れなくなった者は、そうするつもりだったのだ。
やはり、向かうならムツの国。
あの国は金さえあれば地位も買える。
表向きは娯楽都市であるが、裏では違う。
……となれば陸路はダメだ。
スメラギの支配する地を通らねばならない。
イズまで行き、海路で向かうのが一番だろう。
ラットと二人。互いの兵力と金を合わせれば何とかなる。
地位を買うのは、他の領主の屋敷に向かった連中の分を当てれば足りる。持ち逃げもできないだろうからな。
薄く光の漏れる場所の下に着いた。
ここを上がれば金庫はすぐだ。
いそいそと鉄のハシゴを上る。
……息が苦しい。
流石に痩せなければならないか?
屋敷の中は静まり返っていた。
当然だ。外はお祭り騒ぎ。
貴族の支配がなくなり、領主も消えたとあっては、愚かな奴等は騒ぎ立てる。
──今に見ていろ!
その馬鹿さ加減を悔い、許しを乞うようにしてやる! 貴様らなど全員を奴隷として売り飛ばしてやる。
決意をして金庫へと手をかける。
解錠にさほど時間はかからなかった。
やはり明かりは必要だ。これでは小さすぎる。
ここまでは上手くいったが、金を詰めるのには不自由だ。
そう思いランプに手を伸ばす。明かりはつき部屋は明るくなる。
その次の瞬間、何か乾いた音がして私は倒れた。
──なんだ? 何が、起きた。
自分から流れるドロリと赤いものに触れ、それが血であり、自分は撃たれたのだと思った。
撃たれた……。
だが、銃声など聞こえなかったぞ?
「スゲェよな。銃声さえ軽減できるってのは。用途は……まあ、こんなもんだろ?」
見覚えのあるローブに身を包んだ男がドアの前に立っていた。
「……商会の人間か? 何故、私を……」
「会長は、どうしてテメェらを見逃したと思う? 正しくは、お前さんを……」
私を見逃した? あの男が……。
「本当は何も語らず、ただ撃ち殺そうかとも思ったんだ。他の奴らはそうしてやったしな」
他の奴。それは誰のことを言っている?
「だけど。お前さんにだけは一つだけ聞いてみたいことがある。 ……俺を覚えてるか?」
……誰だ。こんな男は知らない。
覚えていないのは、気にもとめなかったから。
私の沈黙を知らないと判断し男は言う。
「やっぱりな。聞くだけ無駄だったよ」
ガチャリと音がする。
その音は私の死が近づく音に違いない。
「待て……まってくれ。 ……金ならあるぞ? 好きなだけ持っていけ。だから見逃してくれないか? 私には家族がいる」
「……俺にもいたよ」
パンパンと二回音が響いた。
「ユウには感謝しないとな。あいつのお陰でこうして機会を得た。仇を討つ機会を。会長はワザと見逃した。あの人には、お前さんの命に価値はないからな……」
男は語る。返事を求めず一人きりで。
「知ってるか? この世界じゃ、死んだ人間は世界を巡る魔力の一部になるって話。向こうじゃ違うんだと。天国と地獄ってのがあって、生前の良い悪いで振り分けられるって話だ」
力は入らず終わりが近いことは明白だった。
「お前さんみたなのは地獄行きだ。間違いなくな。俺の家族、友達、村のやつら。何の罪も無い奴らは天国にいるだろう。その話には少し救われた。 ……俺たちみたいな屑と同じところに行くんじゃ、浮かばれないからな」
意識はまだ途切れない。男の話は聞こえている。
おそらくワザとそう撃たれたのだろう。
「幾度も幾度も、あの光景が瞼から消えない。目を閉じるたび思い出す。俺はこの為に生きてきた……。一人残らず地獄に送ってやる。先に行ってろ。最後には、俺もそこに行ってやる」
最後の銃声が聞こえた。




