七月二十日 ⑤
「──っ、なんだ!? 急に魔法陣が光ったと思ったら真っ暗……な、何だよこれ……」
直前まで聞こえていたスーツの男の言葉が突然に途切れ、室内にいたはずが一瞬で暗い場所にと移動していた。
瞬きほどの間の出来事に驚いたが、発光するものに気づき目線を下げると、街の明かりは遥か下に見え、自分はビルより高いところにいるのだと理解できた。
「……まさか、これ全部が魔法陣なのか?」
そして、脚元にはどこまで広がっているのかわからないほどの、広範囲に広がる光り輝くもの。
更紗の見せてくれたものよりも、自分の脚元のものと比べても、途方もない大きさとしか表現できないサイズの魔法陣があった。
「ゲートがこんなに近くに。もう始まったってことか」
次に顔を上に向けると、そこにも発光するものがあった。
向こう側には異世界があるのだという、もうすぐ閉じてしまうと言うが、未だ特に変化がないように見えるゲートだ。
だけど、下から見てた分には綺麗とすら思えていたが、初めて間近で見たゲートは不気味というか、向こうに吸い込まれるような気がした。
見ている自分どころか街すらだ。全部がゲートに吸い込まれるんじゃないかと思った……。
「──えっ」
少し歩いてみようと、足場の役割もしているらしい魔法陣の上を進もうとしたが、わずか二歩で何かに阻まれる。
阻む何かに触れて気づいたが、脚元にあった魔法陣が自分を囲う球体に変わっていて、それから外には出れなかった。それどころか球体は少しずつ縮んでいて、一歩も動けなくなるところまで収縮する。
「……消えた。ゲートに吸い込まれたわけじゃないのに。ってことは最後が俺か」
一人で身動きすらできずにいると、同じような球体が他にもあるのに気づいたのだが、そのうちの一つが発光したと思ったら消えた。
少し間を置いてもう一つが消え、それが後二回起きた。
これは五人いたうちの異世界行きの四人が先に消え、最後にしてくれと言われた俺が本当に最後になったということだろう。
そして自分を囲う球体も発光の後に、景色が真っ暗なところにと切り替わった。
直前までのうるさいくらいの街の灯りも、空を覆うほどの魔法陣の輝きもなく、先に消えた球体の輝きだけしか光源がないところ。夜空には星が見えたがそれでも暗いところだ。
ビルの中から外にも一瞬で、そこからまた一瞬で景色が変わり。実感はまったく湧かなかったが、ここがゲートの向こうなんだとはすぐにわかった。
『──まだ、聞こえていますよね?』
「更紗?」
『そちらからの声はもう届きません。だから聞いてください。 ……まずはごめんなさい。私のせいで火神さんに迷惑をかけてしまって。でも皆さんに頼るしか、解決する方法が見つからなくて……』
「逃げなかったのは俺だ。何も更紗のせいじゃない」
これからどうなるとかと思っていると頭の中に直接、こちらにはいないはずの更紗の声が聞こえてきた。
魔法を用意している間は何も言えずにいて、言わずに終わることもできないから、一方的にでも伝えようとしたのだろう。
だから、俺も勝手に喋ることにした。更紗に届いていないとしても別によかった。俺は自分で決めたのだから。
『そちらには私たちの協力者の方が数人いらっしゃいます。皆さんをその方たちのところに飛ばしますので。足りなかった話はそちらで聞いてください。予定より早く、急な事なので心配なんですが……』
「なんだ。いきなりなのは俺だけじゃないのか」
『その世界を救ってください。そちらの世界を救うことは、私たちの世界を救うことにも繋がります。崩れてしまったバランスを戻すには、必要不可欠なことなんです。お願いします』
「何も聞けなかったわけじゃない。最低限くらいには話を聞いた。更紗が時間を作ってくれたおかげだし、いきなり知らないところで一人でやれってわけでもない。夏休みの間の冒険。そう思うことにするよ」
『……やっぱり、────』
ここでまた聞こえていた声が急に途切れた。
今度はよくわからない現象で、どうなっているのかも何が起きているのかも、この時はわからなかった。
「なんだ、これ──」
感じていた浮遊感が急に消えて、まるで真上から何かに押さえつけられているようだったと今は思う。
重力に従って落ちるのではなく、重力をかけられて落とされるというくらいに違いがあった。
俺は球体ごと数秒で地面に激突し、その際の衝撃で球体は砕け散り、意識を失って気がついたのが森の中だった。