出来損ない
♢39♢
意識がぼんやりと覚醒していく。
初めに感じたのは穴の空いた箇所の痛み。
次いで四肢に感覚が回り、傷へと手を伸ばす。
急所は外れている。こいつは運がいいな。
血さえ止めればどうにかなりそうだ。
まさか……こんなことをする羽目になるとは思わなんだ。自分で傷を焼いて血を止めるなど、正気では無いし、何より意識が持つまい。
──つっ……痛いものは痛いか……。
痛みとは生きている証だと思う。
それが生を実感させる。体の痛みであれ、心の痛みであれな。
まだ朦朧とする意識の中、誰かかが近づいてくる気配がある。その人影は前に座り口に何かを流し込む。
「──マズっ。げほっ……なにを口に入れた!?」
その人影は、突然の反応に酷く驚いた表情を見せる。
「──貴様。半分くらい飲み込んでしまったわ!」
おかげで意識ははっきりした。
だが、本当になんだ今のは? なにかの薬か?
これまで嫌になるほど飲んできたが、今ほど不味いと思ったことはない。
「誰だ……お前……」
不自然なところは無かったと思うのだが……。
「敵でないなら誰でもよかろう。状況は聞くまでもないな」
この男。スタークは片腕があり得ない方向に曲がっている。体はすでにボロボロ、それでも動くのは大したものだな……。
「もう、もたない。逃げるぞ。騎士たちが生きてるうちに」
諦め半分。甘さ半分といったところか。
こいつだけでも助けなくては、なんて思っているな……──馬鹿が!
「──馬鹿か! 戦う者を見捨てて逃げるなどできるか! 妾にも矜持がある。民草無くして王はありえない。騎士であろうと民であることは変わらない。ならば……それらを守ってこその……」
そこまで言って、自分が余計なことを口走っていることに気づく。
いかんな……。
つい、いつもの調子で話してしまった。
「なら、全員で死ねばいいのか?」
「それでもあの男に育てられたのか? 情けない。力は貸してやる。魔力だけはあるからな。傷が癒えるまで持ちこたえろ」
この際、仕方ないな……。
せっかく張った結界だったのだが、複数の魔法を同時に扱うのはこの体では不可能。
結界を手放すしか無いのだが、ただ霧散させるのは惜しい。
どれ……ひとつ試してみるとするか。
「──邪魔だ」
貴族の周りの騎士たちを弾き出す。
巻き込んでしまっては意味がない。
「何しやがった……魔法なのか」
傍目から見れば何が起きたのか分かるわけもない。
見ることも感じることもできぬのだから。
「すぐに見えるようになる。 ……消炭になれ。黒き民よ」
片手で地面に触れる。
このムサシの国全土を覆う結界を、貴族を中心に縮める。蜘蛛の巣のように張り巡らせたそれは、意思を持ったようにこの場所に集まってくる。
地を雷鳴が轟き雷が疾る。
地上から空に雷が上がる。
柱のようになったそれに貴族は取り込まれる。
……拍子抜けだがこれで終いもあり得るか?
あのダメージは明らかに余裕を奪っていた。いや、万全を期す。
「あぶね。この下のやつは触れても大丈夫なのか?」
スタークは縮まってくる蜘蛛の巣を避けるように飛び上がる。
「問題ない。爆心地はあそこだ。近づかない限りは何ともならん」
「デタラメだな。これならやれるんじゃねーか?」
「無理だな。じきに閉じきって終いだ。もう一つ魔法を与えてやる。あれが出てきたら抑えろ」
「無茶言うなよ。この有様でどうやれって言うんだ?」
無茶だと言うがやって貰わねば困る。
カガミの身だけなら守れるが、それでは他が全員死んでしまう。これ以上の犠牲者を出さないためにも必要だ。
手の内を晒したくないというのは本音だが、無視すれば被害はいくらでも増加する。
難儀なことだ……。
思い通りに事は運ばず、肝心の勇者は己の力すら満足に使えない出来損ないときた。
将来的にどうであれ、求めたのは今の現状を打破する人材だったというのにな。
※
残っている騎士は五十と少し。
無傷な者はなく、皆既に限界だ。
始まりから半数以上が死んだか……。
志は褒めてやるが、敵を舐めすぎだ。
いや……知らぬのか。
どの騎士も支配より後の生まれ、もしくは当時は子供だったのだから。
戦い生き延び、今も存命な者など貴族の側にいるに決まってるだろうしな。
聞いたことしか、この国。日本と呼ばれる場所の歴史を知らぬ。妾が生まれるより前に支配され、人々は諦め生きてきた。
……俺たちの責任だと英雄は口にした。
どんな事情があったとしても、期待と希望を奪ったのだと、唯一残った男は言った。
男は長い時間をかけ準備してきた。
貴族を妻とし、その名を使って。
貴族たちは興味すらない。名前という記号。
しかし、人間にとっては違った。
肩書きこそに意味があり、それが階級を分けるものだったからだ。
商売というのは、その国その地域を把握するのに適切だったのだろう。みるみる組織は大きくなり、それに反するように貴族としての悪名は広まっていく。
……人々は分かっていない。
以前より争いも減ったし、気ままに殺されるものも少なくなった。それは人間が従っているからではないのだ。
貴族たちは人権など感がみない。
それなのに、それらが減る理由とはなんだと思う?
彼等は満たされている。
人の技術によって。衣食住その全てにおいて。
争い自体を望む貴族も少なからず存在する。この国のように。
逆にそれが例外だ。今になっては。
満たされていれば、争いなど起きない。
支配を完璧なものとしたと思っている。
その全部が毒であるというのに。
毒は生活の一部になり、やがて切り離せないものとなる。そうなれば……後は思いのまま。
貴族も人間と変わらない。美食を求め、娯楽を求め、まるで人間たちのような生活を求める。
永遠を生きることのできる彼等には、その毒は心地よすぎたのだろう。
もう引き返せない場所まで来ている。それを気付かぬまま。
忘れているのだ。人の恨みを。その憎悪を……。
足りなかった駒を手に入れ、策は現実のものになる。これより世界は変わるのだ。
国が人の手に戻るだけ。そう言いかえてはつまらぬからな……。
新たな英雄を作るとはよく考えたものだ。
注意はその英雄に向き、内に潜む裏切り者に気づかずに、最後を迎える。
初陣にしては強すぎる相手だったが、勝てば道は開かれる。
「勇者に花を持たせるには、ちょうどいいか。競って勝ったように見えた方が見栄えもするだろう」
雷撃は続いているが、結界を狭めるのはこのくらいにしておくか……。
「立て騎士たち! まだ休むのは早いぞ? 加護を与えてやる」
もう少しだな。思っていたより回復が早い。
妾、一人ではこう簡単にはいかなかっただろう。
流れた血は戻らないし、きちんと治療を受けるにこしたことはないが一時保てばいい。
──さて、あっちはどうなったかな?




