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できそこないの勇者 『ツイノモノガタリ』  作者: KZ
 火神 優(かがみ ゆう)
63/337

 出来損ない

♢39♢


 意識がぼんやりと覚醒していく。

 初めに感じたのは穴の空いた箇所の痛み。

 次いで四肢に感覚が回り、傷へと手を伸ばす。


 急所は外れている。こいつは運がいいな。

 血さえ止めればどうにかなりそうだ。


 まさか……こんなことをする羽目になるとは思わなんだ。自分で傷を焼いて血を止めるなど、正気では無いし、何より意識が持つまい。


 ──つっ……痛いものは痛いか……。


 痛みとは生きている証だと思う。

 それが生を実感させる。体の痛みであれ、心の痛みであれな。


 まだ朦朧とする意識の中、誰かかが近づいてくる気配がある。その人影は前に座り口に何かを流し込む。


「──マズっ。げほっ……なにを口に入れた!?」


 その人影は、突然の反応に酷く驚いた表情を見せる。


「──貴様。半分くらい飲み込んでしまったわ!」


 おかげで意識ははっきりした。

 だが、本当になんだ今のは? なにかの薬か?

 これまで嫌になるほど飲んできたが、今ほど不味いと思ったことはない。


「誰だ……お前……」


 不自然なところは無かったと思うのだが……。


「敵でないなら誰でもよかろう。状況は聞くまでもないな」


 この男。スタークは片腕があり得ない方向に曲がっている。体はすでにボロボロ、それでも動くのは大したものだな……。


「もう、もたない。逃げるぞ。騎士たちが生きてるうちに」


 諦め半分。甘さ半分といったところか。

 こいつだけでも助けなくては、なんて思っているな……──馬鹿が!


「──馬鹿か! 戦う者を見捨てて逃げるなどできるか! 妾にも矜持がある。民草無くして王はありえない。騎士であろうと民であることは変わらない。ならば……それらを守ってこその……」


 そこまで言って、自分が余計なことを口走っていることに気づく。


 いかんな……。

 つい、いつもの調子で話してしまった。


「なら、全員で死ねばいいのか?」


「それでもあの男に育てられたのか? 情けない。力は貸してやる。魔力だけはあるからな。傷が癒えるまで持ちこたえろ」


 この際、仕方ないな……。


 せっかく張った結界だったのだが、複数の魔法を同時に扱うのはこの体では不可能。

 結界を手放すしか無いのだが、ただ霧散させるのは惜しい。


 どれ……ひとつ試してみるとするか。


「──邪魔だ」


 貴族の周りの騎士たちを弾き出す。

 巻き込んでしまっては意味がない。


「何しやがった……魔法なのか」


 傍目から見れば何が起きたのか分かるわけもない。

 見ることも感じることもできぬのだから。


「すぐに見えるようになる。 ……消炭になれ。黒き民よ」


 片手で地面に触れる。

 このムサシの国全土を覆う結界を、貴族を中心に縮める。蜘蛛の巣のように張り巡らせたそれは、意思を持ったようにこの場所に集まってくる。


 地を雷鳴が轟き雷が疾る。

 地上から空に雷が上がる。

 柱のようになったそれに貴族は取り込まれる。


 ……拍子抜けだがこれで終いもあり得るか?

 あのダメージは明らかに余裕を奪っていた。いや、万全を期す。


「あぶね。この下のやつは触れても大丈夫なのか?」


 スタークは縮まってくる蜘蛛の巣を避けるように飛び上がる。


「問題ない。爆心地はあそこだ。近づかない限りは何ともならん」


「デタラメだな。これならやれるんじゃねーか?」


「無理だな。じきに閉じきって終いだ。もう一つ魔法を与えてやる。あれが出てきたら抑えろ」


「無茶言うなよ。この有様でどうやれって言うんだ?」


 無茶だと言うがやって貰わねば困る。


 カガミの身だけなら守れるが、それでは他が全員死んでしまう。これ以上の犠牲者を出さないためにも必要だ。

 手の内を晒したくないというのは本音だが、無視すれば被害はいくらでも増加する。


 難儀なことだ……。


 思い通りに事は運ばず、肝心の勇者は己の力すら満足に使えない出来損ないときた。

 将来的にどうであれ、求めたのは今の現状を打破する人材だったというのにな。



 ※



 残っている騎士は五十と少し。

 無傷な者はなく、皆既に限界だ。


 始まりから半数以上が死んだか……。

 志は褒めてやるが、敵を舐めすぎだ。


 いや……知らぬのか。


 どの騎士も支配より後の生まれ、もしくは当時は子供だったのだから。

 戦い生き延び、今も存命な者など貴族の側にいるに決まってるだろうしな。


 聞いたことしか、この国。日本と呼ばれる場所の歴史を知らぬ。妾が生まれるより前に支配され、人々は諦め生きてきた。


 ……俺たちの責任だと英雄は口にした。


 どんな事情があったとしても、期待と希望を奪ったのだと、唯一残った男は言った。


 男は長い時間をかけ準備してきた。

 貴族を妻とし、その名を使って。

 貴族たちは興味すらない。名前という記号。


 しかし、人間にとっては違った。


 肩書きこそに意味があり、それが階級を分けるものだったからだ。

 商売というのは、その国その地域を把握するのに適切だったのだろう。みるみる組織は大きくなり、それに反するように貴族としての悪名は広まっていく。


 ……人々は分かっていない。


 以前より争いも減ったし、気ままに殺されるものも少なくなった。それは人間が従っているからではないのだ。


 貴族たちは人権など感がみない。

 それなのに、それらが減る理由とはなんだと思う?


 彼等は満たされている。

 人の技術によって。衣食住その全てにおいて。


 争い自体を望む貴族も少なからず存在する。この国のように。

 逆にそれが例外だ。今になっては。


 満たされていれば、争いなど起きない。

 支配を完璧なものとしたと思っている。


 その全部が毒であるというのに。

 毒は生活の一部になり、やがて切り離せないものとなる。そうなれば……後は思いのまま。


 貴族も人間と変わらない。美食を求め、娯楽を求め、まるで人間たちのような生活を求める。

 永遠を生きることのできる彼等には、その毒は心地よすぎたのだろう。

 もう引き返せない場所まで来ている。それを気付かぬまま。


 忘れているのだ。人の恨みを。その憎悪を……。


 足りなかった駒を手に入れ、策は現実のものになる。これより世界は変わるのだ。

 国が人の手に戻るだけ。そう言いかえてはつまらぬからな……。


 新たな英雄を作るとはよく考えたものだ。

 注意はその英雄に向き、内に潜む裏切り者に気づかずに、最後を迎える。


 初陣にしては強すぎる相手だったが、勝てば道は開かれる。


「勇者に花を持たせるには、ちょうどいいか。競って勝ったように見えた方が見栄えもするだろう」


 雷撃は続いているが、結界を狭めるのはこのくらいにしておくか……。


「立て騎士たち! まだ休むのは早いぞ? 加護を与えてやる」


 もう少しだな。思っていたより回復が早い。


 妾、一人ではこう簡単にはいかなかっただろう。

 流れた血は戻らないし、きちんと治療を受けるにこしたことはないが一時保てばいい。


 ──さて、あっちはどうなったかな?


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