二人 3
♢38♢
今度こそ本当に一人になったようだ。
俺はさっきのように倒れることもなく、この白い世界に立ち尽くす。
辺りを見渡し、彼女たちがそれぞれ消えた方向に扉があることに気づいた。
白と黒。二つの扉。
扉に特に変わったところはみられない。
それなのに黒の扉に目が移った瞬間、どうしても黒の扉から目が離せない。
──今にも開くんじゃないか?
そんなことを考えてしまう。
これは予感ではなく、確信だろうか。
あの扉が開くのが想像できてしまう。
そして簡単にその想像は現実になる。
扉がひとりでに開く。
扉の向こうは黒かった。それしか見えない。
いっさい他の色は無く光も届かないだろう。
そんな場所からナニカが、この白い世界に入ってくる。
それは形を持たない黒い霧のように見える。
それは俺の前で止まる。
そして──
「ヨウ、アイタカッタゼ。オレ」
そう喋った……。
「ナンダ、ソノカオハ……アア、ソウカ……」
霧はまとまり一つの形を形成する。
見覚えのある姿に形が定まる。
「体なんて今までなかったからな。これで分かるか?」
──俺だった。
その姿は間違いようがない……。
更紗たちとは違う。何の違いもない、鏡に映る自分のような感覚。
「なんか言えよ? 感想あるだろ」
俺と同じ姿をしたコイツは言う。
自分の声とはこんなふうに聞こえているのか。
「なんだ、お前……」
なんとか絞り出した言葉はそれだった。
「おいおい、それはないな。鏡に向かって、お前誰だって言ってんのと同じだぜ。それ?」
それ以外の感想なんかあるのか?
薄気味悪いとかのレベルじゃないだろ。
「あえて答えるなら……この異世界で手に入ったモノかな。分かるよな?」
「魔法……か?」
ここで俺に手に入った、得たものなんて他に思いつかない。
自分の常識では計れないことがあっても不思議とは思わない……。
「そうだ。それが俺を形作るモノだ。中身は違うんだけどな。まあ、それは取るに足らないものだからな……」
魔法。その力そのものという意味なのか?
それが俺の姿をかたどっているコイツなのか?
「やっと邪魔がいなくなった。こんなチャンスは、この先あるか分からないからな。俺と話しがしたかったんだ」
──座れよ、と。
いつの間にかテーブルに椅子もそこに有った。
いきなり現れたとしか思えない。
「立ち話もなんだ。それに外はまだ時間が掛かる。俺たちは暇なんだ。付き合えよ?」
コイツは先に椅子に座る。
俺にも席につけと?
──こいつは何なんだ。
薄気味悪さと、好奇心がせめぎ合う。
ただ、今出来ることが思いつかないのは確かだ。
なら話をするくらいは構わないだろ。
♢
俺たちは、本当にたわいない会話をした。
答えの分かりきった問答。正解は分かってる。
答え合わせのような会話だった。
ひとしきり話した後、コイツは異世界に来た直後を語り出した。
「参ったよ。最初から死にかけてたんだぜ? 俺がいなきゃ、地面に落ちたところで死んでたな」
「俺が意識を失った後か?」
「あぁ、全力で魔力を展開して何とか上手くいった。俺が落ちた場所はクレーターみたいになってた。 ……覚えてないのか?」
覚えてない……。
気づいた時は、そんなところにはいなかったから。
「おまけに全力を出したはいいが、引っ込め方が分からないときた。常に魔力を垂れ流すのはマズイと思ったんだけど、どうしようもなかった」
「……マナさんが言ってたな」
俺にもコイツにも、どうにもできないことだったのか。
「マナさんと会長には感謝しないとな。あの二人のおかげだぜ? 今じゃコントロールできるしな。俺は知らず知らず助けられてた。おかげで、こうやって俺と話せる」
こいつは終始楽しそうだ。
俺と話しがしたかったというのは、本当みたいだ。
「一ついいか?」
「なんだ? 言えよ。自分に遠慮すんな」
「なんでそんな笑ってられる? そんなに嬉しいものなのか?」
自分と言うには違和感を感じる。
俺はこんなふうに普段から話しているのか?
自分では、あまり意識していないことだ。
普通にしてるつもりでも、他人から見ればそう見えるのかもしれないけど……。
「嬉しいよ? だってやっと俺の声が届いたんだ。そして、笑ってるのは俺が笑ってないからだ……」
──どういう意味だ?
「俺が右と言えば、俺は左。俺が白と言えば、俺は黒。 ……もちろん俺はそう思うだけ。なにせ俺にはなんの権利も自由もなかった」
「権利?」
「分からないか。火神 優という存在を動かすのはオマエなんだよ。俺は付属品。有っても無くても変わらないな……」
付属品。存在しても、しなくても変わらない。
影響のないもの……。
「その俺に、こうして自由と権利が与えられた。理由は分からない。 ──だけど現実として俺がここにいる。それが全てだ!」
それがこうして目の前に座っている。
なんのために?
「……それを手にして、お前は何をしようって言うんだ?」
かすかに逡巡した。
これは話していてはじめてのことだった。
「何も? だってこうしてる今も俺は付属品だ。どうにもできない」
真意はわからない。けど、俺だとコイツが言うのなら。
「嘘だ。本当にそうだったら、この会話は本当に意味の無いものだ」
俺ならそんなことはしないだろう。
なら、コイツだって同じはずだ……。
「へぇ、なら本題を言おう」
やっぱり目的がある。
俺だというのなら、俺がこいつの立場でも同じだから。
自分だというのなら思考すら同じはず。
「──俺と代わらないか?」
そうコイツは言った。




