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できそこないの勇者 『ツイノモノガタリ』  作者: KZ
 火神 優(かがみ ゆう)
59/337

 二人

♢37♢


 そこは白いだけの空間だった。

 その場所に俺は一人倒れている。

 痛みはなく、感覚もない。


 ああ、これが死んだということなんだろう……。

 なにもない。無だ。


「……死んだのか。俺は……」


 声は出せた。

 誰がいるわけでもなく独り言なんだけどな。


 ……また、ダメだった。


 守りたいものも守れず、救いものも救えなかった。

 所詮はこの程度だったのか。

 出来損ないにすぎない俺には、アレが限界だったということなんだろうな……。


「──悔しいな。それを自分で認めなくちゃならないなんて……」


 思わず泣きそうになる。

 涙は出ていたかもしれない。だけど、その感覚さえ分からない。


 このまま消えていくんだろうか?

 この白い世界に。


「死にたく……なかったな。まだ、何もできてないのに……」


 諦め瞼を閉じる。

 こんな場所でも、瞼を閉じればそこは暗闇だった。


「あなたを死なせはしませんよ? 火神(かがみ)さん」


 そう彼女の声が聞こえる。

 幻聴……。そう思うことにした。

 死後の世界にいるはずがない。


「──無視しないでください!」


 驚き、思わず目をあけてしまった。

 足元に彼女の姿があった。

 俺を異世界へと導いた魔法使い。


更紗(さらさ)? なんで……」


 いるはずのない彼女。だけどそこに彼女はいるのだ。


「ごめんなさい。私の力が足りないばかりに、火神さんをこんな目に合わせてしまって……」


 この弱気な感じは本人に間違いないと思う。


「本来の目的地にすら届けられず……」


「俺は死んだのか?」


 彼女の発言は大きく気になったが、今はいい。それどころじゃ無い。


「死なせませんよ。あなたは自分の現実に帰るだけ。この世界のことを忘れて」


 死なせないと言うってことは、やっぱり何も間違いじゃないんだな。

 貴族にやられたのも、更紗が目の前にいるってことも。なら……。


「この場所はどこなんだ?」


「ここはあなたの中。心の中……と言ったらわかりますか? あなたは、まだ異世界にいます。あと少しの時間ですけど」


 心の中。この何も無い空間が。


「寂しいところだな……」


「本来なら、あなたが思い描く場所であるはずですけど、今この空間は私が支配していますから」


「──更紗が?」


「私は本体から別れた一欠片に過ぎません。その私には空白しかないから……」


 更紗はどこか寂しそうに見える。


「火神さん……私は……本当は……」


 彼女は何を必死に言わんとする。

 その言葉は途切れ途切れで最後には消えてしまう。


「……いいよ、言わなくて。もう終わったんだから」


 諦めを口に出してしまった。

 それは俺の本心だったのか。

 もう考える必要も無いか……。


「それでも、私はあなたに……。 ──えっ?」


 今度も最後まで彼女の言葉を聞くことはできなかった。彼女の背後から雷が貫いたから。

 雷が走り、その現象の後には彼女の胸を貫く腕があった。


「ふん、他愛ない。所詮は劣化。本体ではないか」


 そう言って貫いた本人が顔を出す。

 同じ顔。目の前の二人の顔は同じだった。

 違いは目つきの鋭さと、髪の長さくらいだろうか?


 ……もう一つ違いがある。

 瞳の色が違う。金色の雷と同じ色をしている。


「さてカガミ。お前はこのまま終わるつもりか?」


 そう彼女は問いかける。更紗と同じ名前の彼女は。


 ※


「どう……して、あなたが……この場所に?」


 苦しそうに更紗は問う。自分と同じ顔の彼女に。


「自分にできることが、妾にはできないと思っていたのか? だとしたら実にお前らしい」


 そういうところが嫌いなのだと彼女は言う。

 その感情を隠すこともせずに。


「一回目は失敗したが此度は上手くいった。まさか、回収方法まであるとは思わなかったぞ?」


「あなた……まさか?」


「既に一人退場した。これで理解できよう?」


 退場。その言葉は何を意味しているのか。


「カガミ。コイツがこれから行う魔法には代償がある。この場合、転移はお前の魔力。そして傷の修復には……正確には身代わりか。分かりやすく言うとだ。お前の傷はそのままコイツに移される」


 それが代償……。

 身代わり。俺の代わりにこの傷を?


「いくらかは軽減されます。あなたが思うようなことには、なりません!」


「本当にそうか? お前は本体の現状を把握しているのか? 重なれば致命的だぞ」


「それは……」


 更紗は黙ってしまう。つまりそれは……。


「この傷は更紗を殺すのか?」


「このまま魔法が発動すればな。向こうの更紗は死ぬ。それは妾にも困る。だからこうやって出てきたわけだ。本来なら傍観するつもりだったのだがな」


 それを認めるわけにはいかない。

 代わりに死ねなんて言えるものか……。


「駄目です……彼女の口車に乗っては……」


「──お前は黙っていろ」


 再びの雷が更紗を襲う。その雷は彼女の体を崩壊させた。


「案ずるな。時間が経てばまた現れる。これで幾ばくか時間ができたな」


「俺は……どうしたらいい? 力が全く入らない。だいたい、この傷は致命的だろ」


「動けないのはお前が諦めているからだ。ここまでだと、自分には無理だったと」


 逃げる理由を口にしていた。

 この傷は致命的だろ。と。


 ……諦めているんだ。俺は……。


「お前が起こした戦いだ。お前のせいで人は死に、今もそれは続いている。このままお前が逃げれば、この国は終わりだ。あの化け物は全てを蹂躙する。 ……それを良しとするのか?」


 でも、動けない。

 全力でやっても指先がわずかに動くくらいだ。


「村の人間も、騎士たちも、お前に手を貸した商会も、何よりカレンと言うあの女も皆死ぬぞ? 受け入れるのか? それを……」


 誰も死なせなくなどない。

 だけど、俺にあの貴族を倒せるのか?

 また繰り返すだけなんじゃ……。


「……また繰り返すのか? 桜の燃えるあの景色を。これはあの日の続きだ。これを越えねば、お前に未来はない……。いいのかそれで?」


「なん……で。それを知ってるんだ」


 立ち向かっても敵わない相手。

 俺はそれに負けた。勝てる道理は無かった。

 炎は全てを燃やし、俺は全てを失った。


 貴族も敵わない相手なんだろ?


 なら、この世界はあの日の続きなんだ。

 理不尽に奪われる人たちは、あの日の俺だ。

 奪われ。ただ泣くしかなかった俺と。


 もし越えることができたのなら、俺は先に進めるんじゃないか。そう思っていた。


「これは、あの劣化から得た情報だ。更紗は知っている。あの女はお前に越えて欲しかったんだ……悲しい過去を。このプランは全てお前のためだ」


 あの日の俺には力がなかった。だから、仕方なかったんだ。


 だけど……今は違う。俺だって乗り越えたい。


「ふん。腕くらいは上がるようになったか? ほら……」


 サラサは腕を差し出してくる。掴めと言わんばかりに。


「文字通り手を貸してやろう。掴め……お前の意思で。それが契約だ」


 この手を掴んでいいのか?

 更紗は口車に乗るなと言った……。


「妾にも目的がある。それにはあの女も必要だ。これはある男の言葉だが、目的を果たすついでに世界くらい救ってやる。実に身勝手。妾もそこまでは裏切らぬ……誓ってな」


 目的が何かは分からない。

 俺には他に頼るものもない。


 ──だったら掴む。

 この手がたとえ悪魔の腕だったとしても。


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