二人
♢37♢
そこは白いだけの空間だった。
その場所に俺は一人倒れている。
痛みはなく、感覚もない。
ああ、これが死んだということなんだろう……。
なにもない。無だ。
「……死んだのか。俺は……」
声は出せた。
誰がいるわけでもなく独り言なんだけどな。
……また、ダメだった。
守りたいものも守れず、救いものも救えなかった。
所詮はこの程度だったのか。
出来損ないにすぎない俺には、アレが限界だったということなんだろうな……。
「──悔しいな。それを自分で認めなくちゃならないなんて……」
思わず泣きそうになる。
涙は出ていたかもしれない。だけど、その感覚さえ分からない。
このまま消えていくんだろうか?
この白い世界に。
「死にたく……なかったな。まだ、何もできてないのに……」
諦め瞼を閉じる。
こんな場所でも、瞼を閉じればそこは暗闇だった。
「あなたを死なせはしませんよ? 火神さん」
そう彼女の声が聞こえる。
幻聴……。そう思うことにした。
死後の世界にいるはずがない。
「──無視しないでください!」
驚き、思わず目をあけてしまった。
足元に彼女の姿があった。
俺を異世界へと導いた魔法使い。
「更紗? なんで……」
いるはずのない彼女。だけどそこに彼女はいるのだ。
「ごめんなさい。私の力が足りないばかりに、火神さんをこんな目に合わせてしまって……」
この弱気な感じは本人に間違いないと思う。
「本来の目的地にすら届けられず……」
「俺は死んだのか?」
彼女の発言は大きく気になったが、今はいい。それどころじゃ無い。
「死なせませんよ。あなたは自分の現実に帰るだけ。この世界のことを忘れて」
死なせないと言うってことは、やっぱり何も間違いじゃないんだな。
貴族にやられたのも、更紗が目の前にいるってことも。なら……。
「この場所はどこなんだ?」
「ここはあなたの中。心の中……と言ったらわかりますか? あなたは、まだ異世界にいます。あと少しの時間ですけど」
心の中。この何も無い空間が。
「寂しいところだな……」
「本来なら、あなたが思い描く場所であるはずですけど、今この空間は私が支配していますから」
「──更紗が?」
「私は本体から別れた一欠片に過ぎません。その私には空白しかないから……」
更紗はどこか寂しそうに見える。
「火神さん……私は……本当は……」
彼女は何を必死に言わんとする。
その言葉は途切れ途切れで最後には消えてしまう。
「……いいよ、言わなくて。もう終わったんだから」
諦めを口に出してしまった。
それは俺の本心だったのか。
もう考える必要も無いか……。
「それでも、私はあなたに……。 ──えっ?」
今度も最後まで彼女の言葉を聞くことはできなかった。彼女の背後から雷が貫いたから。
雷が走り、その現象の後には彼女の胸を貫く腕があった。
「ふん、他愛ない。所詮は劣化。本体ではないか」
そう言って貫いた本人が顔を出す。
同じ顔。目の前の二人の顔は同じだった。
違いは目つきの鋭さと、髪の長さくらいだろうか?
……もう一つ違いがある。
瞳の色が違う。金色の雷と同じ色をしている。
「さてカガミ。お前はこのまま終わるつもりか?」
そう彼女は問いかける。更紗と同じ名前の彼女は。
※
「どう……して、あなたが……この場所に?」
苦しそうに更紗は問う。自分と同じ顔の彼女に。
「自分にできることが、妾にはできないと思っていたのか? だとしたら実にお前らしい」
そういうところが嫌いなのだと彼女は言う。
その感情を隠すこともせずに。
「一回目は失敗したが此度は上手くいった。まさか、回収方法まであるとは思わなかったぞ?」
「あなた……まさか?」
「既に一人退場した。これで理解できよう?」
退場。その言葉は何を意味しているのか。
「カガミ。コイツがこれから行う魔法には代償がある。この場合、転移はお前の魔力。そして傷の修復には……正確には身代わりか。分かりやすく言うとだ。お前の傷はそのままコイツに移される」
それが代償……。
身代わり。俺の代わりにこの傷を?
「いくらかは軽減されます。あなたが思うようなことには、なりません!」
「本当にそうか? お前は本体の現状を把握しているのか? 重なれば致命的だぞ」
「それは……」
更紗は黙ってしまう。つまりそれは……。
「この傷は更紗を殺すのか?」
「このまま魔法が発動すればな。向こうの更紗は死ぬ。それは妾にも困る。だからこうやって出てきたわけだ。本来なら傍観するつもりだったのだがな」
それを認めるわけにはいかない。
代わりに死ねなんて言えるものか……。
「駄目です……彼女の口車に乗っては……」
「──お前は黙っていろ」
再びの雷が更紗を襲う。その雷は彼女の体を崩壊させた。
「案ずるな。時間が経てばまた現れる。これで幾ばくか時間ができたな」
「俺は……どうしたらいい? 力が全く入らない。だいたい、この傷は致命的だろ」
「動けないのはお前が諦めているからだ。ここまでだと、自分には無理だったと」
逃げる理由を口にしていた。
この傷は致命的だろ。と。
……諦めているんだ。俺は……。
「お前が起こした戦いだ。お前のせいで人は死に、今もそれは続いている。このままお前が逃げれば、この国は終わりだ。あの化け物は全てを蹂躙する。 ……それを良しとするのか?」
でも、動けない。
全力でやっても指先がわずかに動くくらいだ。
「村の人間も、騎士たちも、お前に手を貸した商会も、何よりカレンと言うあの女も皆死ぬぞ? 受け入れるのか? それを……」
誰も死なせなくなどない。
だけど、俺にあの貴族を倒せるのか?
また繰り返すだけなんじゃ……。
「……また繰り返すのか? 桜の燃えるあの景色を。これはあの日の続きだ。これを越えねば、お前に未来はない……。いいのかそれで?」
「なん……で。それを知ってるんだ」
立ち向かっても敵わない相手。
俺はそれに負けた。勝てる道理は無かった。
炎は全てを燃やし、俺は全てを失った。
貴族も敵わない相手なんだろ?
なら、この世界はあの日の続きなんだ。
理不尽に奪われる人たちは、あの日の俺だ。
奪われ。ただ泣くしかなかった俺と。
もし越えることができたのなら、俺は先に進めるんじゃないか。そう思っていた。
「これは、あの劣化から得た情報だ。更紗は知っている。あの女はお前に越えて欲しかったんだ……悲しい過去を。このプランは全てお前のためだ」
あの日の俺には力がなかった。だから、仕方なかったんだ。
だけど……今は違う。俺だって乗り越えたい。
「ふん。腕くらいは上がるようになったか? ほら……」
サラサは腕を差し出してくる。掴めと言わんばかりに。
「文字通り手を貸してやろう。掴め……お前の意思で。それが契約だ」
この手を掴んでいいのか?
更紗は口車に乗るなと言った……。
「妾にも目的がある。それにはあの女も必要だ。これはある男の言葉だが、目的を果たすついでに世界くらい救ってやる。実に身勝手。妾もそこまでは裏切らぬ……誓ってな」
目的が何かは分からない。
俺には他に頼るものもない。
──だったら掴む。
この手がたとえ悪魔の腕だったとしても。




