心臓 2
貴族が膝をつき、胸と口からは赤い血が流れる。
血を吐く貴族。その背後には少年の姿があった。
……やったのか? あの化け物を。だが、様子がおかしい。
「何で消えない? 聞いてたのと違うぜ。これじゃあ……」
どういうことだ? 消えないとは……。
そう呟いたスタークという男に尋ねるべく近寄る。
「どうした。倒したのではないのか?」
「その筈なんだが、消えない。心臓を潰せば消滅するはずなんだ」
「まだ足りないのか。なら、私が……」
今なら剣も刺さる。
その首を刎ねれば息の根も止まるだろう。
「──誰ニ聞イタ? それを知ル人間がマダイルノカ?」
未だ刀の刺さったままの貴族は口を開く。
驚いたのか少年は刀を引き抜き距離をとる。
「残念ダッタな。オレの心臓ハ逆だ。 ……モウ少しでコロセタノにナ」
内臓逆位。
言葉の通り内臓の全てが普通と逆にある。心臓すらも。
それでは、まるで人のようじゃないか……。
この貴族がそれだったのか?
それとも貴族とはそういう構造なのか?
その何もかもを我々は知らないのではないか。そう思える。弱点など初めて聞いた。
そもそも……この生き物はなんなんだ?
「──しくじった。もう手はないぜ?」
「なら、逆にある心臓を狙うだけだ……」
二人は直ぐに行動に移す。
左右に分かれ挟み撃ちにするつもりのようだ。
正面は私が受け持とう。
抉るべき場所は分かっているのだ。
本命は右の少年。
「舐められたモノダ……」
我々は失念していた。 ……手負いの獣ほど怖ろしいものはないのだと、理解していなかった。
三人がそれぞれとどめを刺すべく動く。
未だ膝をついたままの貴族に避けるすべはない。
今度こそ終わりだと思った。
動くこともままならないと考えていた貴族は、何事も無かったかのように立ち上がり……吠えた。
──完全に見誤った。
その咆哮。体ごと押し戻すほどの音が全身に響く。
踏ん張ることもできずに空中に浮いたまま、一瞬停止したような格好になる。
音量に視界は歪み意識は空白になる。
貴族は少年を見ていた。
紅い瞳は怒りによって、その色を増しているように思える。彼を一番の脅威と判断したのだろう。
これまでとは比較にならない魔力量を込めた拳。
それが少年へと向かう。
とっさに、彼は刀で受けようと思ったのか、それしかできなかったの分からないが、刃で防御するような動きをした。
臆することもなく必殺の一撃は振るわれる。刃ごと少年を殴りつける。
結果。刀は折れ、そのまま拳は少年に到達する。
まともにくらった体は、重さなど無いように吹き飛び、石柱にぶつかりそれでも勢いは収まらず壁へと激突する。
「──貴様ラも死ネ!」
振り抜いた拳はそのままに蹴りが飛んでくる。
回し蹴りのような一撃によって、私たちもそれぞれ壁に打ち付けられる。
この一連の動きは、我々が地に足をつけることなく行われた。
時間にすれば数秒だろう。
たったそれだけの時間で、三人とも致命的なダメージを受けてしまった。
これは、骨が折れているくらいではないな……。
激痛に息が詰まりそうになる。
私でこれでは、あの攻撃を受けた少年は……。
「──まだ生キているノカ?」
彼はまだ生きていた。
無傷では無いにしても起き上がろうとしている。
諦めぬというのなら私も、諦めるわけには……。
その時だった。
折れた刀の半分が落ちてきた。
貴族はそれを掴み、少年に投げつける。
「ワスレモノダ……」
そう聞こえた……。
※
おそらく弾丸よりも早い速度でソレは放られた。
その状態でも明らかな凶器になる、折れた刃は無情にもユウの体を貫く。
先の攻撃で護りは壊され、自己の障壁さえ砕かれていたのか……。
あの傷は命に関わる。
そうは思っても自分の体もろくに動かせない。
死なせる……わけには……。
どうする? 最善は何だ? 俺が出来ることは。
この体で反動の強いこの銃を果たして扱えるか?
無理だ。明後日の方向に弾が飛ぶ未来しか見えない。
会長なら、マナならどうする?
考えろ。それしかできないのだから……。
──マナ、そうだ。アレがあった!
いつだったか、あいつが寄こした。
かろうじて動かせる右手でその小瓶を掴む。割れてはいないようだ。
できれば飲みたくないと思っていた。この怪しすぎる薬。
効力は保障されているんだろうが、必ず何かしらの欠陥がある。
マナの作るものはいつだってそうだ。
今回の弾にしたってな。
こんな破壊力の武器なんて使えるかと思ってたんだが、まあ今回は役に立ったが……。
「──頼むぜ。本当に……」
一気に小瓶を飲みほす。
痛みと血の味で麻痺していると思っていた今でさえ、解るほどの味だった。吐きそうなのを何とか堪える。
「げほっ……何が入ってんだ? コレ」
薬が効くまで、後は死んだフリでもしてるしかないか。動けないんじゃどうしようもない。
幸い貴族も止まったままだ。
あれ以上の追い打ちはないらしい。
……死んでるもんな、普通なら。
今になって思う。こうして生きているのは鍛えてくれた人がいたからだ。
何回、逃げ出そうと思ったことか……。
あの人は手加減も容赦もなかった。だけど、それくらいじゃ無けりゃ到底太刀打ちできなかったんだ。
笑っちまうが、今本気で感謝してるよ。
俺は強く成れた。
会長は俺に任せたのだ。この化け物を……。
なら、動けないなんて理由にしてる場合じゃない。
全身に力を込める。
薬はすでに効き始めているのか、無理をすれば立ち上がれるだろう。
──先のことは考えるな! 今やれることをやれ。
この映像はマナも会長も見てんだ。
なんとかなる。ユウさえ生きてりゃな……。
「ガラにもないな。本当に。だけど俺は可能性を感じだ。おい、お前らもまだ戦えるだろう? 騎士なんて名ばかりだなんて言わせんなよ?」
そう、既に同じく負傷している騎士たちに呼びかける。これだけいりゃ、少しは時間稼ぎにゃなる。
諦めたんじゃ死んでも死にきれないからな……。
※
……おかしい。傷が塞がらない。
魔力が回らない。受けつけない。
ただの刀だったはずだ。これは毒か?
いや……そんなものが、この体に効くわけが……。
漏れ出した魔力を止めるすべが無い。
このままでは遠からず空になる。
そうなれば、オレは死ぬだろう。
原因はあの人間か?
まだ生きているのか。完全に壊すしかない。
何のつもりかゴミ共が集まってくる。
貴様らなど時間稼ぎにもならんぞ。
──もう遊びは終わりだ。




