心臓
♢36♢
貴族と呼ばれる怪物の猛攻が続く。
容易く命を奪うその攻撃を辛くもしのぐ。
この数分の間の死亡者は0だ。
「どうして無理に攻撃を受ける? 強化があろうが、それでは保たないぞ!」
当たり前のことを言われてしまう。
確かにそうだ。避けれる気になれば躱せるのだけど。
「俺の後ろには誰がいるだろう? その誰かが傷つくよりはずっといい。避ければ他に攻撃が当たる。コイツは理解していて、わざわざその方向に刃を向けてる」
一撃が重い。腕がどうにかなりそうだ。
貴族はさっきから、俺以外を狙っている。
お前は後回しだと言わんばかりに……。
「そういうことか。だったら私が君の後ろにつく。遠慮なく前に出るといい。君ならアレを殺せる」
こいつは俺の攻撃しか防ぐ動作も、避ける動作も見せない。つまり当たればダメージになるということだろう。
「スタークはまだなのか? 仕込みって言ってたけど……」
「──待て。君は知らないのか? 彼が何をするつもりなのか?」
「……作戦会議は途中で抜けちゃって……」
実際にそうなんだから仕方ない。
俺はスタークが何をやっているのか知らないのだ。
配信とか聴いた気もするけど、なんのことかは分からない。
「呆れたよ。よくそんなことで命を賭けられる。よほど信用しているんだな」
「スタークは信用に値する奴ですよ。じゃなきゃ、こんなところまで付き合ってはくれない」
「買いかぶりすぎだぜ? 俺はそんなにいい人間じゃないからな……」
そう言って仕込みとやらを終えた男は現れた。
特に変わったところは見られないと思うのだが、終わったのだろうか?
「終わったのか?」
「勿論、問題無くな。これが見えないのか?」
これとは、肩に乗る小鳥のことだろうか?
何の意味があるのだろう……。
役立つとは思えないのだが。
「……そんなの、なにに使うんだよ。本当にそれを用意してたのか。あちこち移動してたみたいだけど」
「不用意な発言は控えたほうがいいぜ? マナのやつには聞こえてるだろうからな」
──よく見れば愛らしいじゃないか!
そして役だってくれる。素晴らしい!
なんて……思えるんだ。余裕はあるのか?
それとも、おかしくなってしまっているのか……。
自分が自分じゃないみたいだ。
ここに来てから感じていた。
体が軽い。高揚感のようなものさえ感じている。
「どうする? 準備は整ったんだろう?」
指揮を取るこの騎士は半端なく強い。
俺がこの世界で見た誰よりも。それに、その志は騎士の名に恥じないものだ。
「いつでもいけるぜ。これ以上は死体を増やしたくない、アンタの部下を下げろ。アレに気づかれないように」
「難しいなそれは。目くらましでもあれば可能だろうが……」
「煙幕なら出せるが、こっちの視界もなくなるぜ。それじゃあ外す」
貴族は目で追って戦っている。
高い身体能力があるのだから、不自由はないんだろう。
だけど騎士たちは違う。というか、この世界の戦う人たちは違うのだ。
彼等は魔力を見て動いている。
最初は理解ができなかったが、俺にもそれが理解できるようになった。
気配と呼ぶべきか? 攻撃の際、攻撃がくると分かるし、この攻撃はマズイと把握できる。
それがもたらす恩恵は大きい。
こうして話していられるのだから。
マズイと思った時だけ出張って貴族の一撃を防ぐ。
あいつは何もずっと全力じゃない。
攻撃には強弱がある……。
これが、観察して得た情報だ。
動きは速いし力は強い。
魔法は強力だし、なにより無情だ。
でも……見下している。
人間は弱者だと。だから避けない。
たとえ傷を負ってもすぐに治る。
その慢心は貴族の弱点だ。
「スタークそれでいい。 ……やってくれ」
「お前さんがいいならそれでいくが、いいんだな?」
頷き、力を溜める。
この動作もいつのまにか出来るようになっていた。
常に力を放出するのではなく、一定時間蓄える。
こうして塞きとめることで、蓄えた分だけ放出した際に加算される。
着想は会長から得たんだろう。
あの人はそれを剣でやっていた。
居合は加速し見えない斬撃に変わる。
放出すれば、離れた位置にも斬撃を届かせられる。
ただの基本に過ぎないのだろうが、これなら届く。
障壁があろうと心臓まで。
魔力を制御するその部位が怪物の弱点らしい。
──狙うのはその一点だ。
※
煙幕が視界を覆う。
それを合図としたように人間たちが遠ざかる。
逃げるのか? まあ、今さら逃さんが……。
室内であってもきちんとコントロールすれば、煙幕を晴らすなど造作もない。
巻き起こる風は、破られた壁から視界を隠すそれを外へと逃す。
……無駄だったな。
しかし、予想と反し人間は引いただけだった。
煙幕は逃げるためではなかったのだ。
──なら、何が目的だ?
残ったのは男が二人。後からきた二人だった。
内一人は目的の人間。その力はオレに匹敵する。
楽しみは残して置こうと思ったのだが……。
邪魔が少ないのは喜ばしい。
奴等は満身創痍であった。もう手は出さないだろう。無傷のコイツらに命運を託したか……。
なら、オレはそれを踏み躙り更なる絶望を贈ろう。
男が銃を撃つ。銃声は一発。
避けるまでもない……。
あの人間からは何の力も感じない。
魔法も使えないヤツに何ができるわけでもなし。
障壁に阻まれ弾は止まる。
そのはずだった。
ぶつかった瞬間、銃弾は弾け炎へと変わる。
直後の爆発音。一瞬で炎に呑まれる。
その熱を感じた時には遅かった。
なんだ……これは。
──魔法だと? それも強力な。
なんの気配もなく、こんな真似が出来るのか?
炎をふり払えない。爆発のほうが強い。
跳躍しようとも天井がある。
熱い……この魔法はマズイ。
下がるか? いや、人間などにそんな真似ができるか。
──左に脱し術者を殺す!
爆炎より左に脱す。その時、また銃声が聞こえた。
二度と同じ手は喰わん!
爪を振るい切り刻む。
しかし、男の姿は搔き消える。
それに銃声はあったのに弾はない。
「こっちだ貴族様。 ……もう遅いけどな」
脱した先に男の姿がある。
二発。三発と銃声が響く。
男が遅いといった通り、もう回避は不可能。
再び爆発が起きる。先の比ではない爆発が襲いくる。
熱は、体を喉を焼く。
そして障壁さえ……燃やす。
二重の障壁が破られた。もう守るものはない。
「グアァァァァ……」
そう己の口が発していた。
こんな屈辱があるか? ニンゲン如きに、こんな……。
何かが弾けた。長く忘れていた感情だ。
それは怒りという感情だ。
怒りのままに全力の魔を使う。
全て……キエロ……。
何もかもをことごとく破壊し尽くせる。
それだけの力を込めた魔だった。
だが、魔法は発動しなかった。
その代わりに胸に痛みが走る。
そこには刃が貫いていた。
口から赤いものがこぼれ落ち、力なく膝をつく。




