貴族 5
どの一撃も必殺の威力を持っているだろう。
貴族の僅かに見せる本気。その絶望感は計り知れない。
あれから何人死んだのか?
死なせてしまったのか。
いつまで……この地獄は続くのか?
辛うじて繋ぎ止めた心も、次第に弱くなっていく。
「──もう一度やります! 今度は俺たちが」
何をやるというのか。決まっている。
「よせ。無駄死にだ。やめておけ……」
「アンタどうしちまったんだよ! アンタが諦めんのかよ! 俺たちをその気にさせておいて!」
「諦めてはいない。だが……」
諦めようとはしている。もう……。
「──無駄死にしないためにやるんだろうが! これじゃ、何のために死んでいったか分からないじゃないか! アナタが諦めることを俺たちは許さない。最後まで戦えよ!」
最後まで……か。
まさか、若いヤツらに言われるとはな。
誰一人逃げないのは諦めていないからだ。
なら、私が諦めるわけにはいかないな。まだ体は動く。まだ戦える!
「まだ、障壁の再生までは時間がある。次こそは仕留めるぞ!」
「はい! もう一度、俺たちが隙を作ってみせますから──」
待て。そう何度も同じ手が通じる相手じゃない。
そう言う暇も無く、若い騎士達は突撃していく。
「──ダメだ! 戻れ!」
貴族の注意が突撃する騎士たちへと移る。
先ほどのように取り付かせもしないだろう。
その爪が床を抉り、見えない風が襲いかかる。
間に合わない。
割りこむことも、防ぐこともできない。
また、死なせてしまうのか?
その時だった。
側面から、何かが壁を破り屋敷に飛び込んでくる。
爆発のようなもので壁が破壊された。
飛び込んで来たなにかは騎士たちにぶつかり、そのまま弾き飛ばした。
音と衝撃が空間を支配する。
誰もが、その出来事が注目を集める。
貴族でさえ例外ではなかった。
「──痛ってーな。何にぶつかった? ……ああ、フラフラする」
「……死んだかと思った……」
人間だった。二人飛び込んできた。
一人は少年といっていいだろう。
若いと思っている騎士たちよりも、五つは歳が離れて見える。
そして、もう一人には見覚えがあった。
砦で何度か顔を見た覚えがある。いつもと同じローブ姿。
男を覚えているのにはいくつか理由があった。
「どこが大丈夫なんだ?! 街に着くどころか、敵地の真ん中じゃねぇか。 ──マナのやつ覚えてろよ」
「それ以前に、移動方法に問題があるだろ。どうやって着地すると思ってたんだ……あの人」
少年は青い顔をしている。
傍目から見ても気分が悪そうだ。
「お前さん、高いとこダメだったのな……。言えば違ったかもしれないのにな」
「絶対に面白がるだけだと思う。あの人にだけは知られたくないな……」
スタークと言ったか。
この男は以前からこの国を調べているようだった。
何が目的かは分からないし、大して気にもとめていなかったが、この場面に現れたことと関係があるのだろうか?
「それにしてもだ。何だこりゃ? 先客がいるなんて聞いてないぜ」
「私たちは貴族を討ちにきた。お前たちは何をしにきたのか?」
「決まってんだろ。貴族を殺しにだよ。でなけりゃ、こんなタイミングよく来るかよ」
どうやら目的は同じなようだ。
しかし、二人増えたところで状況が変わるとは思えない。
「ちょうどいい。ちょっと時間が欲しい。悪いけど少しだけ時間稼ぎしてくれないか、騎士様?」
「……何か策があると思っていいのか?」
「ああ。俺は勝手にやるから、アレの注意を引いといて欲しい。頼めるか?」
どちらが正しい。
我々にはもう策と呼べるものはない。
ならば、賭けるべきか? この男に……。
貴族の側だと思っていた組織の男に。
「──俺からもお願いします。陽動には俺も参加します!」
……覚悟はあるようだな。
戦に出るのに最低限必要なものは持っているか。
なら、賭けてみよう。その策とやらに。
※
何かが焼けたような匂い。
それが巨大なこの屋敷内に充満している。
同じく感じる匂いは……血だ。
気分が悪いのとあいまって、正直吐きそうだ。
だけど、そんなことは言ってられない。
敵は目の前なのだから。
身長は2メートルを超えている。
ありえないほどに鍛えられているだろう体つき。
猪が眷族というだけあって、予想していたが顔は猪に酷似している。
人のようであって人ではない。
人は素手で人間の首を落とすことはできなし、何よりこんな惨劇の中で笑ってはいられないだろうから……。
俺が一番恐ろしいと思ったのはその瞳だ。
赤く、どこまでも紅い。
血のような色にも、宝石のようにも見える。
綺麗とさえ思えるその瞳には、俺たちとは完全に違うと思わせる何かがあった……。
その巨躯、その魔力、その威圧感。
──これが貴族か。
予想をはるかに超える存在であることは、すぐに分かった。
一撃は易々と石柱を破壊し、魔法は鎧さえ斬り刻む。そして、赤い瞳は見据えるもの全てを威圧する。
背筋は凍り動きは鈍足となる。
……こんな奴と戦えるのか? こんな化け物と……。
「怖いか? だが、立ち向かわなければ我々に先はない。私には護りたいものがある。それは決して譲れないものだ。だから戦うんだ」
そう言い残し騎士は貴族へと向かう。
譲れないもの。護りたいもの。
それは俺にだってある。
だから、ここに来たのだから……。
「こんなことを平然とやれる奴に容赦は要らない。人を人とも思っていないお前を許すことはできない!」
「──価値は強さにしか無い! それが全てを肯定する。それが世界の理屈だ、ニンゲン」
「なら、俺はお前を否定する。力で支配するなんて認めない」
「価値は己で示せ。オレより強いなら、世界を変えることもできよう。叶わぬなら所詮は人間だったと諦めろ!」
そして戦いは始まった。




