戦い 6
ラットが語ったこれまでの経緯。
改めて聞いて、私は怒りに満ちていた。
不甲斐ない、無能な、役立たず共のことを考えると、どうしようもなく腹立たしかったのだ。
──だからブチまけてしまっていた。その全部を。
普段ならば逆らう者などなく、誰に何を言ったところで構やしない。
しかし、この男は言っていたではないか。
この状況が作りたかった、と。
それを私は気にも止めていなかった……。
全ては最初から手のひらの上だった。
そして、もう取り返しはつかない。
どうしたら……私は、どうすればいい?
思えばこの二十年。何人の人間を殺してきたのだろう。自らは手をくだしていないが、私が殺してきたのだ……。
のし上がる為だった。
こんな機会は二度とは訪れない。
それを十二分に利用した! それの何が悪い?
貴族に取り入る為だった。自らの欲を満たす為だった。
その為ならば、他者など踏みにじろうと何とも思わなかった……。
今の地位を得てからは、楽しかった。
全ては思い通りに進み。逆らう者もなく。ただ貴族に愛想よく、機嫌をそこねないよう振る舞いさえすれば、良かったのだ……。
それが間違いだったのか?
手に入れたものはこぼれ落ち、私を護るはずの刃は私に向いている。
最後に残ったのは、同じく支配者になろうとした者たちだけだった。
私は後悔しているのか? 今になって……。
許しを請うても、私を助ける者などいるはずもない。それだけのことをしてきた。
残された道は一つしかない。
いや、元よりそれしか無かったのだろう。
私は貴族の勝ちを祈るしかない。
※
ラットが語り、私が付け足した、これまでの経緯。
それを黙って聞いていた男は語り出す。
「今この国の領主が語ったことは、全て真実だ。こいつらは己しか見ていない。見ようともしない……。自らの失敗を、誰かの命で帳尻を合わせようとさえする、おおよそ人とは呼べないものだ」
その言葉はどこに、誰に向けられたものだったのか?
「それに対して、今お前たちが見ているだろう光景はどう見える? そいつらは諦めていない。本気で、この国を……世界を救おうとしている。貴族を倒して」
「──何を言っている?! 貴様!」
男は私の言葉を無視して、さらに続ける。
「今がこの支配から脱却する、最初で最後の機会だ。今日を逃せば次はない。どうする? 決めるのは自分だ。誰かに従うのではなく自分で決断しろ。選べ! 戦うのか、この支配を永久に受け入れるのか。戦う者には力を貸そう」
多数に向けて話しているのか? しかし、どうやって……。
「戦えないなんてのを理由にするな。それは逃げているだけだ。必要なのは戦うと誓う意思なんだ。踏み出せ! 一歩でいい。一歩前に出れば後はどうにかなる。その為の準備を俺はしてきた。後は、これを聞いているお前たち次第だ」
言葉が止まり沈黙が訪れる。
私から見れば、この男は一人で話していたようにしか見えなかった。
「マナ、こっちにも映像を出せ。ちょうどいい窓がある」
小声で囁くようにそう呟いた。
外を覗くことができた場所に、見覚えのある景色が映る。
……ここは、この場所は……。
昨夜のことが脳裏によぎる。
「何故、屋敷でこんなことが起きている! あの連中は何だ! こんなことが……許されるわけが……」
反抗どころではない。
これでは例え我々が上手くやったとしても、許されるどころか間違いなく殺される。
いや、我々だけで済むはずもない。
何人。何百人。下手をすればこの国全ての人間が死ぬぞ?
「あれは、砦の……」
「砦? あの鎧。 ──そうかアイツらか! クソ! アレには私たちに指揮権がない!」
砦と呼ばれる国の境を守護する者たち。
国間の監視と治安の維持。それを目的とする騎士たち。まさか、貴族を討ちに動くとは思わなかった。
独断か? この国を守護する騎士たちの?
それとも……この男と関係があるのか?
「あれも、貴様の差し金か?」
「どうだろうな……。貴族を討とうとする者たちがいる。その事実だけで十分だろ」
表情からは肯定も否定も読み取れない。
だが、その言葉通りだ。この事実は重い。
騎士たちが勝てば私は地位を失う。
貴族が勝っても私は殺されるだろう。
──いや、私は生き残る!
急ぎ街まで戻り、貴族に味方すれば……。
これだ! これしかない!
「──貴族に敵うはずがない。見ろ! 何人倒れている? この瞬間にも哀れにも少年が倒れた! あの傷では助かるまい。残りも同じ目にあう!」
「黙れ。お前たちはあの光景を見て、それでもそんなことしか言えないのか? ……マナ、音声を切れ」
男は立ち上がる。
そして、馬車から出て行こうとする。
「何だ、逃げるのか? 無理だと悟ったか? 今らさだな。お前たちは皆殺しだ! 表の兵士たち。こいつを殺せ!」
馬車の扉が開き見えた外の様子に違和感を覚える。
兵たちは一人もこちらを見ていない。
ここにいる全員が空を見上げている。
外に出てその方向を私も見上げる。
そこには窓に映るのと同じものが空にもあった。
「なにをしている? 言ってることが分からないのか? 殺せ! でなければお前たちも死ぬのだぞ?」
何人が私の方を見た。だが、その視線はまた空へと戻る。
……何故だ。あの光景を見て、どうして諦めない?
貴族に勝てると思っているのか? この男の世迷言を信じるのか?
「──テメェ、さっきのヤツだな。不意打ちで勝ったつもりか!」
そう魔導師の一人が私の前に現れる。
「いいところに来た! こいつを殺せ! そして貴族を助けに行くぞ」
「言われなくても、ぶっ殺してやりますよ。テメェ、跡形も無く消してやるからな?」
残りの魔導師二人も男を囲むように現れる。
三対一では勝負にもなるまい。
私にたてついた報いを受けろ!
「……お前たちには理解できないのか?」
三人それぞれに尋ねたのだろう。最後にとでも思ったのか、それぞれが問いに答えた。
「テメェのご高説なんざ誰が信じる? 強いヤツが支配する。当然のことだろうが? 力のないゴミ共が、粋がってんじゃねーよ!」
「左様。弱者は従うことしかできないのだから……」
「無様な真似をさせてくれた礼はしよう。自分の言葉が正しいと信じるなら、私たちを越えていくしかない。そんなことすら叶わないのなら、お前の言葉はただの戯言だ」
魔導師に続き、高い金で雇った者たちも周囲を囲う。
──やはり私が正しい! 正しいのだ。
いかに偽善を口走ろうと、結局は力を持つ者が勝つ! 強い者が勝つのだ!
※
切れと言われた通信を彼女は切らないでいた。
正確には、そんな言葉は耳に入ってすらいなかった。
叫びそうになるのを必死に堪えた。
泣きそうになるのを必死に耐えた。
今すぐ駆けつけねばと思う心を、必死に押さえつけた。
自分がここを離れるわけにはいかないからだ。
全てが台無しになってしまう。
詰みの一手だったはずだ。会長は完璧にやった。
これなら、この国の人たちは味方してくれたはずだった。
一度は膝をついた貴族が、再び起き上がった。
彼等は失敗したのだ……。
攻撃は致命傷にはならず、手痛い反撃をもらった。
少年は壁に叩きつけられ、その体は刃が貫いた。
あの傷はマズイ。あれでは助からない。
私が今すぐ転移して治療してもおそらく無理だ。
……なら、ここを離れるわけにはいかない。
この光景を理解しているのは私だけだ。
他の人たちには、まだ戦う人は残っているように見えているのだから。でも、勝てない……。
いかに訓練していようと、貴族との差は絶大だ。
彼等では障壁を一枚壊すのが、せいぜいだったのだから。攻撃は貴族には届いていない。
まだ映像は映っている。ならスタークは無事なのだろう。
映像は彼の視点を映したものなのだから……。
きっとスタークくんは逃げない。
ユウくん一人を見捨てて逃げるような真似はしない。そうすれば彼も同じように傷を負うだろう。
どうしたらいいの? 会長は?
下を確認し、さらに絶望が襲う。
会長は周りを囲まれて身動きが取れずにいた。
あれじゃあ、逃げることも……。
何を間違えた? どこからおかしかった?
何も分からない。全て上手くいっていた。
いきすぎていたのだろうか?
「なに、泣いてるんですか? まだ終わってないですよ?」
紅蓮を纏う少女が目の前にいた。
「カレンちゃん? どうしてここに? てっきり、ユウくんのところに行っちゃったんだと……」
「だって、泣いてるから。本当は勝手にやろうと思ってたんだけど……」
「でも……今からできることなんて……」
諦めようとした私に彼女は言う。
「一人じゃないって言いましたよね? 私に。この国の人たちはそんなに薄情じゃありません。きっとあの言葉は届いています。だから、マナさんも諦めないで?」
纏う紅蓮が一つ一つ槍と化す。
その数はみるみる増え、数百はあるだろう。
それが勢いよく下に降下していく。
「ちょっと待っててください? 下を片付けてきますから。それが終わったらお願いがあります……」
「お願いですか?」
はい。そう言葉を残し彼女は槍を追う。
その姿はすぐに見えなくなる。




