戦い 4
魔導師と呼ばれる魔法使いが三人、一瞬と言っていい時間で地に伏している。
おそらくだけど死んではいないだろう。
確かに唖然としてしまった。
だって、あれだけの魔法が押し負けたのだ。それにしたって数秒だったはずだ。
どうして、このローブの男はこんなに近くにいる?
「効果時間が短いのがサラサの魔法の弱点だな。使用するまで、確かに時間は経過しているが、それを差し引いてもな。そこの魔導師殿はどう思う?」
男は、今の出来事をたいして気にかけるふうもなく話かけてきた。
完全に舐められている。
女一人どうとでもできると?
そう思っているのだろう。
「ずいぶんと卑怯な真似をするのね? 不意打ちだなんて……恥ずかしくないの?」
周囲も事態に気がつき男の周りを囲むのまで、時間を稼ぐ。
後ろに領主がいる、この状況は私に不利だ。
先ほどのような速さに私では対応できない。
「卑怯者はお前たちだろう? 何の前触れもなく、村一つ消そうっていうんだ。それでは戦争ですらない。ただの虐殺だ……」
今の発言はまずい。この一件、兵士たちには適当にでっちあげた話をしてある。
領主自らの保身の為だなんて、言えるはずもない。
「理由もなくこんなことをするとでも? 殺されるような奴等はね、殺されるだけの理由があるのよ」
「……そうだな……その通りだ」
「なんだ、アナタも否定しないのね? なら私たちは一緒よ。奪う側だっただけの話。それが許される。特別だったのよ、私たちは──」
「もう、喋るな」
男の何か触れてはいけない部分に触れたのだろうか?
纏う空気が変わる。それは私を威圧するのに十分だった。
「やはり加減などいらなかったな……。全員殺しておくんだった。お前たちのような奴等に、 ──情けをかける必要はなかったな!」
男の剣がこちらに迫る。
しかし先ほどのほどの速さはなく、これなら反応できる。
──魔法を撃てば当たる。
「どうやら魔力切れみたいね? そんなんじゃ避けられないわよ」
「知ってるよ……」
男は避けなかった。魔法が頭部へ直撃する。
それで、おしまいだったはずだ。
男はそれでもひるまなかった。
被っていたフードは頭から落ち、頭からは血が流れている。
嘘でしょ? 何の力も感じないのに。
生身で受けきれるわけが──。
「お前たちは貴族と同じだ。その慢心が、お前たちを殺す」
次はこちらが避けられない。
二つ目の魔法は用意していない。
次を放つのに、どんなに早くても一秒はかかる。
その時間は密着されているこの状況では致命的ではないか?
そもそも、障壁が機能していれば三人はやられなかった。何故、障壁は機能しなかった?
もしかして……。
「アナタ、ひょっとして……」
今度は私が避けなかった。
予想通り、男も剣は見えない壁に阻まれるように止まる。
「やっぱり。さっきのは魔法の効力によるものなのね? どんな魔法なのか分からなかったけど、アナタが使える魔法じゃなかったみたいね」
ギリギリと音を立てて刃が押し付けられるが、この程度では私まで届かない。
「正解だが、いいのか俺に構っていて?」
どういう意味? まだ何かあると言うのか。
「──何をしている! さっさとそいつを殺せ!」
領主がお怒りだ。
まったく、アナタの所為で私が怒鳴られないといけないじゃない。
まあ、狙い通りに気づいた兵が集まってきたし、もう後ろを気にすることもないでしょう。
苛つきを覚えながらも、上司からの命令では仕方がない。
問うべきことはあるがこれ以上の失態はできない。確実に仕留めなければね。
「残念だけどお別れね。アナタはよくやったわ」
「そうだな。自分でもそう思うよ。まったく難儀なものだな、被害を抑えて戦わないといけないというのは……」
先ほどから何を言って……。
「貴様、魔導師様から離れろ! 一人で何をするつもりだったのか知らんがもう終わりだ。もう袋の鼠だぞ!」
ぐるりと囲まれては逃げ道もない。だけど、顔色ひとつ変えやしないのはどういうわけ?
「魔法使いとは、いくつ同時に魔法を扱えるのかが重要だと俺は思う。一つなら、難しくはないだろう。二つなら、経験が必要だろう。三つなら、それなりの技術も必要になる。それ以上なら才が必要。 ……さて、お前たちはいくつ使えるんだろうな?」
「アナタ、さっきから本当に何を言って──」
「相当お怒りだぞ? 今度は防ぎきれるかな?」
その言葉の直後、赤い閃光が降り注ぐ。
先の魔法が矢だったのなら、今度は槍だ。
雨などと優しいものではない。
命中すれば命さえ危ない。
それが圧倒的な数が落ちてくる。
威力も速度も先ほどとは比較にならない。
「各自、防御術式を……」
「己を守る障壁だけでは防ぎきれない。防御に魔法をさけば、これで二つ。このまま俺と戦えるか?」
膜のように防御の魔法が貼られる。
閃光は膜を破るが威力は確実に落ちる。
これなら、魔法使いは大したダメージを受けない。
だけど──
「ちっ……ダメよ。領主が優先。防御術式は展開。転がってる三人も守って」
これではコイツの相手など……なんて忌々しい。
「じゃあな。後は任せた。せいぜい大事な領主様を守ってくれよ?」
男はそう言って、領主のいる馬車に向かっていく。
素通りですって? どこまでも……。
「もっと密集しなさい! その方が強度が上がる。早く! じゃないと領主が殺されるわよ!」
閃光は降りやまず、それどころか数を増しているような気さえする。
今のままでは防ぎきれなくなるのは明白だ。
相手が何人いるのか知らないが、こちら以上とは考えづらい。それならこの判断は間違っていない。魔力はすぐに尽きる。
待ってなさい。すぐに殺してあげるから……。
※
「さて、これでやっと話ができるな。領主様」
男がそう言って我々の前に座る。
勝手に馬車に乗り込んできただけでなく、この言いように怒りを覚える。
しかし首筋には剣を突きつけられ、外には紅い雨が降っている。ただ事ではない。
こんな状況で相手を刺激するほど馬鹿ではない。
護衛もなく、馬車には私とラット。
同じ位であるが、この男は私より一回りは若い。
立場としては私の方が上だ。
そのために刃を向けられているのだろう。
「何が望みだ? 私にできることなら従おう……」
「特にないな。この状況を作りたかった。それは達成してるしな」
迷いなくそう告げられる。
その言葉に偽りはないのだろう。
なら、目的は私の命か……?
「私に手を出せば、どうなるか分かっているのか?」
「それも心配するな。俺は、お前たちを殺すつもりもない。もう少し待ってろ。雨が上がってからだ」
窓の外を見て淡々と答える。
これも偽りはない。あくまで剣は脅しのため……。
「質問を変えよう。何故、たかだか村ごときに手を貸す? それは貴族の意向ではあるまい」
「その通りだ。俺は逃げろと言ったんだが聞きやしない。一度は見捨てようとも考えたんだがな……」
「──下っ端が」
この男のローブは見覚えがある。
商会の荷を運ぶ連中が身につけているものだ。
上に伺いも立てずに、勝手に村に味方したということだろう。国に戻ったとしても命はあるまい。
おそらくは引くに引けなくなった。といったところか。
ラットの方からガタッと物音がし、隣を思わず向いてしまう。
そこには小刻みに震え、怯えているようなラットの姿がそこにはあった。
「……どうしたのだラット?」
普段から覇気のある男ではないし、見た目の通りひ弱だが、自分より下の人間に怯えるほどだっただろうか?
恐怖というのなら私の方が、遥かに感じていると思うのだが。
「一つよろしいでしょうか?」
「……何だ?」
ラットは首を横に振る。
ラットは、私にではなくこの男に言ったのだ。
「どうすれば……私を助けてくださいますか? 何をすれば許してくださいますか?」
搾り出したような声だった。
「──命乞いなど見苦しい! 第一、殺さぬとこの男は言った。信じろとは言わぬが醜態を晒すな!」
思わず怒鳴ってしまった。
……どうしたのだ? こいつは。
「なら、外の連中を止めてこい」
「──すぐにでも! 必ず戻りますので一度外に出ても?」
行けということだろう。
私の首から剣が下げられ外に出る道ができる。
「一分で戻れ。お前が逃げたら俺は予定を変える」
それは何を意味しているのだろう。
少なくても私は死ぬ。それは確かなはずだ。
ラットは急ぎ馬車から出て行く。
あの様子では戻らぬのではないか?
頼む、戻ってこいよラット。




