一騎打ち ④
何かが違った。直前まで捉えられなかった会長の動きがハッキリと見えた。スローとはいかないまでも遅く、逆に自分は速くなったような錯覚のような感覚にあった。
その中で今度こそ会長の剣に合わせただけ。だが、起きた結果は予想できないものだった。
でも、確かに何かを得た。さっきまでとは違うと自覚できる。これが、マナさんの言った制御ということなのかもしれない。自分で掴むしかない力の制御法。
しかし、その為に大きすぎる代償を払わせてしまった。自分にではなく会長にだ。
「及第点。いや……上出来だ。完全にコントロールとはいかないようだが、これならやれる」
「あっ……あの……」
自分に起きたことを気にしたふうもなく語る会長に、何と答えたらいいのか分からない。謝ったところで意味があるとも思えない。
「どうした? マナならとっくに逃げたぞ。スタークの奴を起こしてくると、それらしい事を言ってな。まぁ、そのまま指示も出してくるだろうから心配はいらない。 ……おい、本当にどうかしたのか?」
「いや、だって……腕が……」
自分の刀が斬り落とした腕。持っていた剣を握ったまま地面に落ちている会長の右腕。
会長は俺の視線に気が付いたのだろう。斬り落とされた腕を持ち上げ言った。
「これは義手だ。生身と変わらず動かせるが、痛みも触れた感触さえ感じない。作り物だ。ただ、人間の腕より軽くて丈夫なはずだったんだが、こうも簡単に切断されるとは思わなかったな」
「義手? とてもそうは見えなかった。普通に動いていたじゃないか」
「動く作り物の腕。自分たちの世界にだって似たものはあるだろう? 精度と実用性はこれの方が上だろうがな。生産性には乏しく作れる人間も一人しかいないことを考えると、どっちもどっちというところだろう」
気が動転していたのか義手だと言われるまで、一切血が流れていないことにも気が付かなかった。
義手だと言われても目の前に切断された腕があって、ようやく作り物だったのだと分かるくらいに精巧な腕。
「義手……」
素材もよく分からない。何か黒い素材から出来ているとしか。思えば会長の剣も同じような黒い色をしていた。
あれもただの鉄ではなかったのだろうか。
「お前は義手を斬っただけ。だから気にするな。それより悪かったな。精神的に。肉体的に追い込めば、楽に力を引き出せられると思ったんだ。人の真価は、生き死にの間際にこそ発揮されるものだからな。しかし、まだ不完全。制御も同じく。だが、それでやるしかない」
さっきの暗い感情とは違う、決意のようなものを会長から感じる。初めて、この人から戦う意思のようなものを感じた。
「やるとなったからには勝つぞ。それも、何一つ失う事なくだ。やると口にしたからには全力で臨め。勝ちは拾うんじゃない。己で掴み取るんだ」
「もちろん勝つし守る。それで参考までに聞くけど、向かってきている奴等は強いのか? その……会長より」
一人一人がどの程度の強さなのかが不明。
参考が会長しかいないから比べられるものではないが、この人レベルの兵士がゴロゴロいるとなると、苦戦は必至だ。
「そんなわけないだろう。装備は整っているし訓練もされているが、ほとんどが若い兵士たちだ。実戦経験ならウチの連中のほうが上だ。オマケに指揮官も素人同然だろう。問題なのは数だけだな」
実戦経験。その差は力と速さで上回れる。
俺と会長とにあった技術による差。それを凌駕できるものが自分にあると自覚できた。無様な姿にも意味はあった。
この人より強い奴がいないなら、俺の頑張り次第で不利な戦況も覆せる。そう信じたい。
最大の味方も得た。やる事も決まった。あとは実戦があるだけだ。
「それなら何とかなるか? そっちの子頼みになってしまうが……」
「ジジイ。何か分かったのか?」
俺たちの前に出てきたのは、刀を貸してくれた村長の爺さんだ。この爺さんは最初からずっと様子を見ていた。会長とは知り合いのようだし、どんな関係なんだろう?
「偵察に出した者から連絡がきた。人形が先行してるようだ。おそらく兵士たちの士気は高くない。道中休みを取っているのがその証だ」
「相変わらず仕事が早いなジジイ。流石は元指揮官殿だ。やはり昨夜か。そこで何かがあって急遽侵攻しなければならなくなった。で間違いないか?」
「そのようだな。それに何かしらの誓約があるな。でなければ、こんな強行軍はありえないだろうからな」
会話に割り込むことも、話についていくこともできない。何より。僅かだった時間と少ない情報とで、敵の分析が進んでいくことが驚きだ。
「ユウ、この機を逃す手はない。馬鹿な奴等が機会をくれた。今日、貴族を討つぞ」
会長のその言葉は思いつきもしなかった。
目先の脅威ではなく、その先の大元を断つだなんて。そしてそれは、村に注意が向いていればこそ可能なんだ。
「やはりそう考えるか。少年。儂はさっきの戦いに、いつかのような希望を見た。大きすぎる力には恐れを抱く者もいただろう。力を持たない者から見れば、少年と貴族は同じものに見えるのかもしれない。だが、儂はそれを信じる」
一気に話が大きくなった。そのせいで決めたはずの決意は簡単に揺らぐ。
貴族という存在と、いつかは闘わなくてはいけないとは分かっていたが、それが急に決まったから。
「貴族って……勝てるのか? もしも負けたら……」
弱気な言葉が口から出た。
いくつもの、「もしも」が浮かんでは消える。
これが消える間はいい。消えなくなった時が恐ろしい。
「何回だろうな。さっきの闘いで、お前を殺したと思った回数は……。それでも生きてる。傷一つ負わずにだ。そのお前が勝てないなら、他の人間には絶対に無理なんだ。今の俺たちは頼るしかない」
あれだけの攻撃を受けて傷一つない身体。それに地面を抉るほどの力。何か一つでも間違えれば、簡単に人を殺してしまえるだろう。力。
俺は正直この力が……自分が怖い。
ちゃんと扱えているのかも分からない。
どこかで何かを間違えば、簡単に奪い去るだろう。奪わなくていいものまで……。
自分ですらこう思い、恐るんだ。
そんな力を持った奴が近くにいたら、恐怖でしかないだろう。周囲に人たちが怯えるのも分かる。だけど、そんな俺にすら頼らなければならない相手なんだ。貴族っ奴は。
「ユウ、自分だけが恐怖を感じていると決して思うなよ? 誰でも一緒なんだ。その感情は大事なものだ。普通なら逃げればいい。だが、逃げたくても逃げてはいけない場合がある。ここの奴等にとって、それは今なんだろう。力を貸したいと思ったなら、守りたいと思ったなら、お前の恐怖や不安は押し殺せ。弱さを見せるな」
「そんなことが簡単にできたら……」
「恐怖は動きを不安は思考を簡単に狂わせる。誰かを救いたいなら、何かを本当に守りたいと思ったならできるはずだ。震える己を押し殺して戦うと言った奴等がいた。お前のように強くもない連中がだ。お前はそいつらの先に立つんだろ」
この村の人たちは俺なんかよりずっと強い。
俺もわずかでもその強さを手に入れたい。
それはきっと求めたもののはずだから。
「それと。一人で戦うんだと思わないことだ。志を同じくするヤツはいるもんだ。どんなところにもな。一人だと思うから恐ろしいんだ。俺たちが一緒に戦ってやる。だから力を貸してくれ。俺はこのくだらない支配を終わらせたい」
俺が頼んだはずが、いつのまにか逆に頼まれてしまった。
「ああ、やろう」
一人じゃないか……。
そうだな。今の俺は一人じゃない。




