一騎打ち ③
遠かった音が少しずつ近づいてくる。
同時に感覚も戻ってくる。
熱が失せ、視界を覆う暗闇が晴れていく。
「──くん、ユウくん!」
誰かが俺を呼んでいる。
「よがっだですーー。あのままじゃ二人とも、下手したら村ごと、地図から消えてしまうんじゃないかと思いましたーー」
「マナさん?」
どうやら俺は意識を失っていたようだ。目を開けると、何故だか泣きじゃくるマナの顔がすぐそこにあった。
「よく制御しました! 大爆発してクレーターしか残らないとかシャレにならないからー、本当によかったですー」
身体を起こした俺にマナさんが抱きついてくる。そして、もう必要ないと思うのだが激しくゆすってくる。
「何かを掴んだんですね! 会長がやりすぎたのが功を奏したんですね。優しく教えるとか、手加減するとかできない人なんですよ。あの男は!」
自分の中で何かを掴んだ。
マナさんの様子からも、それは間違いないと思う。
「何にしても良かったですーー」
それと意識を失う直前に誰かの声が聞こえた。
しかし、それが誰かも聞いた言葉も思い出せない。
何かを言われたことは覚えているのに、何を言われたのかは覚えていない。変な感じだ。
「マナさん。その手、どうしたんですか……」
ふと目入ったマナさんの掌が、火傷でもしたかのように痛々しいことになっているのに気付いた。
見ただけで痛い。そんな状態になっている。
「これは……その……」
マナさんは言葉を濁し、俺から視線を外す。
これが意味することなど言われずとも分かる。
「お前がやったんだ。あれだけの魔力に素手で触れればそうなる。マナ、行くぞ。手当てしてやる。ユウ、お前は村を離れる用意をしておけ」
「でも……」
「自分では包帯も巻けないだろ。手間を掛けさせるな──」
「──にゃ?!」
会長は俺からマナさんを引っぺがし、そのまま抱えて歩いて行ってしまう。情けなくて、その後ろ姿に声を掛けることさえ出来ない。
「いきなり持ち上げないでください!」
「いきなり抱きつくのはいいのか? 自分の歳を考えろよ」
「何をーーっ!」
マナさんの傷は俺のせいなのか……。
ずっと声を掛け続け、その間ずっと触れていた。
痛かっただろう。それでも身を呈して助けてくれた。
それなのに俺は……。
勝つどころか、一太刀すら当てられなかった。
想像よりずっと身体は動いていた。
力も速さも会長以上だったはずだ。
だけど一撃が遠かった。
足りないと思い知るだけだった。
どれだけ足りなくて、どれだけ遠いのかも分からない。
『平和な世界を生きてきた奴に──』
まさに会長の言葉通りだ。
少しばかり出来たから思い上がっていた。
そういうことだろう。
※
あれだけけちょんけちょんにされても、泣いたりしない辺りが男の子なのだろう。
会長のやりたい事は分かっていたが、やり方と手加減はやりようがあったと思う。
「会長、待ってください。ユウくんにもう少しだけ付き合ってあげてください。目論見は達成されているはずです」
あの場では、会長に意表を突かれて言えなかった。
急に抱き上げるとか、この男は何を考えているんでしょう! ああいうのには心の準備が必要だと思う!
というのはさておき──。
ユウくんはずいぶん落ち込んでいる。
包帯は巻けないが、手は自分で治せる。
特に問題はないのだが、彼の罪悪感は消えないだろう。
なら、私がしてあげられるのは、もう一度チャンスを与えることだと思う。今のユウくんならやれると思うから。
「──気づいてたのか」
珍しく驚いた表情をしてるが、アレで気がつかないと思っているのだろうか? 抱えられているこの状況も悪くないが、それでは頑張ったあの子が可哀想だ。
「あれだけ回りくどいやり方をしてれば、分かりますよ。彼に貴族を討たせるつもりですね。街から兵も人形もあれだけ出ていれば、無駄な戦闘は避けて貴族のところまで行けます。足りないのは……それが出来る人」
目算ではあるが彼は貴族よりずっと強いはずだ。
力を制御することが下手なので、今のまま戦わせるつもりはなかったのだが、どうやらそれも解決した。
でなければ、あの暴走した魔力の爆発で村くらいは無くなっていてもおかしくない。だが、それは起きなかった。
それどころか彼の魔力の流れは普通になった。
制御する術を掴んだのだろう。
「魔力を視ることが叶わない俺には分からないが、本当に大丈夫なのか? 戦うと息巻いていた周りの奴等の様子も、期待から怯えに変わってる。目の当たりにした死への恐怖が残ってる。今なら退かせることができる。これは本当に最後のチャンスだぞ?」
あれっ──、そう言われてみれば……。
明らかに様子が変わっている。
近くにいた誰しもが気づくレベルの異変だった。
みんな感じたのだろう。下手すれば死んでいたと。
「たぶん。おそらく。きっと。大丈夫デスヨ?」
言われて私も自信がなくなってきた。
これでは多数決なら負けである。
誰も彼を信じていない。
私だけはと思っても、もしも、と考えがよぎる。
「本当に大丈夫なのか……」
彼の力は間違いなく誰よりも強い。
邪魔しているのは、その優しさだろう。
戦いにおいては不要なものだ。
でも、私だけは信じてあげよう。
そうなると……──勢いで押し切ってしまおう!
「──ユウくん。会長が一緒に戦ってくれるそうですよ! 及第点だそうです。やりましたね。村の皆さんもこれで安心ですねー。ちょっと失敗しましたけど、彼は貴族にだって対抗できます! この機を逃す手はないです!」
どうせ最後には、この人は折れただろう。
早いか遅いか。違いはそれだけだ。
そして、そうなら早い方がいい。
「──おい、引っ込みがつかなくなるだろうが!」
「ししし、無茶しようとした罰です!」
この一戦はユウくんには必要な事でしたが、もっと時間がかかっても確実な方法があったはずです。
でも会長は最も危険な方法を選んだ。それが最短だと知っているから。
「……ユウ、構えろ。続きだ」
狼狽えた顔というのも珍しい。
私をいつまでも子供だと思っていたのだろう。
自分の考えが私には分からないと。。
まったく、何年一緒にいると思っているのか。
「──ちょっと!?」
抱えられていたはずが、突如として浮遊感を味わう。上手く着地することには成功したが、何も投げることはないと思う。
「というか……まだやるんですね。ああ、私が言ったのか」
ユウくんが構えを取るのを確認したのだろう。
今そこにいたはずの会長の姿が消える。
音の無い歩法術。名称を縮地法というらしい。
いつ地面を蹴ったのかも分からないくらいに速い。のではなく、いつから音がしていないのかを気付かせない技。もちろん動き自体も速いは速いが、これは速度というより気配の有無が重要であり、消えたように思わせる技術なのだと思う。まあ、マナには見えないから理解しようがないのだけれど。
「どっちも頑張れーー」
ユウくんは最初こそ反応できていなかったが、徐々に会長を捉えていた。でなければ、傷付けないように剣を狙うなど不可能だったはずだ。
一切、会長は力を抜かなかった。それでも、食らいつき追い抜こうとする。足りないものを凌駕するだけの力を彼は秘めている。
それに……剣を扱う技術を持っている。
闇雲に剣を振るわけではなく、技術として剣を使っていた。戦う必要がない世界で戦うための技術を持っている。そして会長は、彼がその技術を持っていると知っている。
「おっ、──おぉぉぉぉ!?」
消えた会長の姿が、剣がぶつかる音と共に現れる。力負けしたのか会長の剣が弾かれている。
「えっ──」
次の瞬間、真横を強風が吹き抜ける。それを追うように地面に亀裂が、斬ったような痕が通る。
ユウくんは先ほどと同じく、会長ではなく剣を狙ったのだろう。しかし、剣を弾くどころか会長の腕ごと斬り飛ばし、不必要な威力が地面を割った。亀裂はずっと続いていて、村を抜け、南側の森の方まで続いている。
「あー、これはあれだ。全く加減が出来てないというやつだ。力は正常に、扱える力は多くなったけど、制御は効いてない。これを見なかったことにして、知らんぷりをするべきか。怒られる前に逃げるべきか」
魔法ですらないただの剣撃。それが手元を離れて走り、地面を割り、遥か向こうまで届くのか。
これの制御が効かないのはマズい。会長はとんでもないものを起こしたのではないだろうか。そう、逃げる前に思った。




