一騎打ち ②
冷静さを欠いた状態で刀を、ただ闇雲に振り回すだけ。そんな無様をどのくらい続けただろう。だが、それを繰り返すうちに、纏わりつく恐怖は少しずつなくなっていく。冷静さも戻ってくる。
何故なら、避けられない剣が身体に触れても傷付かない。擦り傷一つ付きやしない。衝撃はあれど、痛みはない。
ピシピシと音を立てて、自分を守るものは削られてはいっている。けど、壊れるのはまだ先だ。
──その前にケリをつける。
本来ならとっくに決着が付いている立ち合い。
俺は会長の剣撃の数だけ死んでいるはずだ。
しかし、俺と会長との技術と経験の差を埋めるものが、存在している。魔法というものだ。
それも、自分では行っている自覚すらない魔法。
「その守りの強度は貴族のそれと変わらない。分かるか。今の自分の異常さと、この世界の現実が」
これは異常と言われても仕方がない。物理攻撃に対しては、チートと呼ぶべきかもしれない。
「人間が貴族に相対した場合、傷付けることすら不可能だということだ。その守りを破壊するか、抜くかしなくてはダメージにすらならない」
この防御力があれば、斬られても大丈夫なら、会長の剣を避ける必要はない。見切る必要も。
相手の攻撃の起こりに合わせて、こっちも刀を振ればいい。そうすれば互いに避けようがない。
「この差は絶望的だ。たとえ攻撃を捌いたとしても、決め手に欠ける。攻撃力が足らない……」
一撃。当たれば十分だ。俺の振り回した刀は、木を、壁を、容易く斬り裂いた。
この異常は攻撃力にも作用している。これが魔法であり、ステータスと呼ばれるものか。
それに真っ向から勝ち当たれる会長は強い。でも、攻撃力が足りていない。俺が優っているステータスを利用し、タイミングを合わせて剣を弾き飛ばす。
「貴族に触れるためには敵と認識されないか、物理的に障壁を破壊するしかない。そうなると必要なのは魔法だが、それすら弱体化している」
わざと一撃振り下ろし自ら隙を作る。
この人は絶対にその隙を見逃さない。
そこを下から斬り上げて、剣を弾く。
ただ、やられっぱなしだったわけじゃない。
動きも癖も、見ただけは理解した。
必ず会長は隙を突く。そう確信がある。
「準備と策は必須……──!」
そして会長は俺の思い描いた通りに動く。
──罠にかかった。
振り下ろした一撃は、手首の返しだけで真上に向く。俺はそこまで織り込み済みだが、会長からしたら予想外の展開。
──いける!
「成る程。意外と冷静だったわけだ。狙いはこれか? 目線が剣だけを追ってたぞ。悪くない考えだったが、残念だったな……」
「なっ──」
急に身体を逸らした会長に刀はついていかない。それどころか斬り上げた俺の刀は空を切る。タイミングを外され切り返しがくると思ったら、会長はニヤリと笑って後方に飛び退く。
今のを読まれたのか? それに飛び退いた?
避けられて明らかな隙だったのに。二重に策があると思われたのか? それとも何か別の……。
「物理攻撃では駄目だな。どれ、一つ面白いものを見せてやろう」
会長は剣を鞘に戻した。そして直ぐに抜き放つ。
その抜刀の際に、会長の剣の刀身が輝きを放つ。
それは魔法が使われる際の光に酷似していて、結果は一瞬のうちに現れる。
「ぐっ……あ……っ……」
これまでとは違い明確な痛みが全身に走る。特に腹部の辺りに鋭い痛みがある。
呼吸は変に乱れ、身体は勝手にうずくまってしまう。
「がはっ……何だ……斬られたのか?」
思わず痛む箇所を確認するが、血は出ていない。
しかし、生きてきて感じたことのない痛みだが、斬られるというのはこんな痛みなんじゃないのだろうか。
「どうやら魔力を帯びた攻撃なら効くようだな。斬れないのは変わらないが、これが多少なりでもダメージになるなら──」
「まっ──」
今度は会長は剣を鞘には戻さない。
だが、刀身に光が灯る。
剣が振り上げられ二撃目が来る。
「……あぁ、居合の動作が必要なのは遠距離の場合だ。この距離なら鞘走りを使う必要はない」
「もう一度、今のを味わうのか? ……嫌だ。どうしてこんな……」
「情けない事を言うなよ。無様を晒すな。刀を握れ。立ち上がって見せてくれよ……可能性というやつを」
無様に這いずって逃げようとする俺の足に、容赦なく剣は振るわれる。足が切断されたような痛みが襲いくる。
「あぁぁあぁぁ──」
それでも逃げようとする一瞬。
俺は振り返り会長の顔を見た。
「…………」
そこからはなんの感情も読みとれない。
代わりに会長の持つ漆黒の刀身の剣。それは冷たく暗いものを放っている。
だめだ……このままじゃ、本当に死ぬ。
漆黒の剣の輝きが増していく。その光が強くなるにつれて、逆にこの人からは暗く冷たいものを感じる。纏う輝きとは真逆の深い闇のような。
「次の一撃で終わりだ。おそらく死ぬぞ?」
──ドクン
心から本当に死ぬと思った瞬間、けたたましいくらいに自分の心臓の鼓動が聞こえる。それと感じたことのない熱いものが全身を駆け回る。
──ドクン ──ドクン
灼熱のような熱さが内から湧き上がる。
自分の意識すら燃えてしまうような熱を実感する。
──ドクン ──ドクン ──ドクン
「待ってください! 本当に、この子を殺すつもりですか! ……それとも自身を犠牲にするつもりなんですか?」
……マナ……さん?
増していく熱量の中に聞こえた声。後半になるにつれて弱々しく、今にも泣き出しそうな声。自分の前に割り込む姿に意識が反応した。
「邪魔だ。手を出すなと言っておいたはずだ」
「やり方が荒っぽすぎます。もう十分でしょう。それに、こんなやり方じゃ彼のために──」
熱い。これはなんだ?
この熱量はどこから来る。
この身体の中を暴れ回る力はなんなんだ。
『────』
えっ、何て言った。おまえは……誰だ?
『────、────ダロ?』
そうだ。
この力は壊すための……。
復讐するための力だ。
「──ダメですよ、ユウくん! ダメです。力に身を任せては。抑えてください。こんな場所では周囲にとんでもない被害が出てしまいます! 守るんでしょう! 自分でそれを壊してしまうつもりですか!」
…………守る?
『チッ──』
そうだ。俺はそのために──
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──」
「しっかりしろ! 抑え込め! 力に身を任せたら終わりだぞ!」
暴れ回り、膨れ上がる力は抑えなど効かない。
熱と力だけがどこまでも増していく。
抑え込めと言われてもやり方など分からない。
最後には全てを消してしまいそうな力だとしか分からない。
「しっかり──」
「アァァァ──」
叫ぶマナさんの声も薄れ、揺さぶられて身体に伝わる衝撃も遠くなってきた。もう抗わずこのまま身を委ねてしまえば、楽になれるのだろうか。
なら、いっそこの力に溺れてみようか……。
『そうだ。力とは使って始めて意味がある。とはいえ、確かに場所が悪いな。感謝しろ。少しだけ残して後は喰らっておいてやる』
この声。聞き覚えがある。更紗?
駄目だ。意識を保てない。
目の前が暗くなっていく。
『まったく情けない。己の力さえろくに扱えぬのか。すでに一人失った。これ以上、駒を減らしては何のために計らったのか分からなくなる。それなのに、この男は。まあよい、何か考えがあるのだろうからな』
熱が引いていく。
真っ赤な炎の熱が。
全てを燃やす紅い炎が消えていく。
ああ、この炎はあの時の……。
「──ユウくん。ユウくん!」
「……あの女。余計なことを……」
真っ暗になっていく……………………。




