決意
♢19♢
私はどちらを信じたらいいのだろう。自分か。他人か。
自分を信じるといえば聞こえはいいけど、私は自分に絶対の自信なんてない。私は都合の良いように忘れて、無かったことにしていたんだから。
なら、他人の語った都合のいい話を信じるのか。
そんなに甘い世界じゃないと知っていて、そんなに都合がいいことがあるわけないと思っているのに……。
何が正しくて、何が間違っているのだろう。
誰が正しくて、誰が間違っているのだろう。
どちらが、より楽な方なんだろう。
もう十年も前の記憶。正しく思い出せないくらいに歪んでしまっている記憶。忘れて無かったことにして、消したかった記憶。
これが私の記憶であり、私の真実でいいんじゃないのかな? これなら期待して裏切られることもない。
この現実を受け入れて生きていく。それが正しいんじゃないのかな。
私一人が知らぬふりをして、これまで通りに生きていく。これが一番正しい……でも……。
その都合のいい、何の確証もない話を信じてみたいと思う自分もいるんだ。そうすれば苦しまなくていいと思っているのか。そんな夢を見ていれば楽だと思っているのか。なんて愚かな……。
だけど──。
それでも……。
信じてみては駄目なんだろうか?
忘れて消し去ろうとしていのは、そうじゃなくてほしかったからだ。間違いであってほしかったからだ。
今更で、本当に今更で、でも違っていてほしいんだ。
『でも、けっきょく、きめるのはわたしよ?』
分かっている。大丈夫よ。
誰が何を語っても、最後に決めるのは私だ。
『そう』
私はもうあの時のような子供じゃない。
ただ泣いていた頃の私じゃない。
どんなに悲しくても辛くても、それを乗り越えるだけの強さも。たとえ不確定で望み薄でも、それを信じるだけの心も。今の私にはあるのだから。
先ほどの父の言葉は正しいと思う。ずっと、心のどこかでは思ったいたんだ。力があれば。そうすれば。ここではないところへいけると。
『そう』
私の知る外にも世界はずっと広がっている。
昨日。そう聞いた時、本当はドキドキしていた。
世界とは私の思うより、私の知るよりずっと広い? あの壁の向こうにはどんな世界が広がっているのだろう? それは夢に出てくるような場所なんだろうか? それとも、この国と変わらないのか。
もし叶うのなら、その世界を見てみたい。
こう思うのはどうしてだろう?
そっか……。
それはきっと、私もお母さんに生きていてほしいと思うから。いつか会える気がするから。
──そうだったんだ。
自分の部屋に閉じこもっていても。
自分の村に、自分の国に閉じこもっていても。
自分をどれだけ誤魔化し騙しても、何も変わらなかった。
変わるわずなかったんだ。
変えたいなら自ら行動しなくてはいけなかった。
『そう……。わたしはどうしたらいいの?』
あなたはわたしね。過去の小さい頃の私。
『うん……』
ねぇ、小さい頃の私。そこで泣いていても何も変わらなかったでしょう?
あなたのことをずっと見ないふりをしてきた。悲しいから辛いから。でも、それじゃあダメだったんだ。向き合わなきゃダメだった。
『うん』
今までごめんね。あなたも私だったのに。
だから一緒に行こう?
もう逃げるのは終わりにしよう。
見つけに行こう。お母さんを。
見に行こう。大きな世界を。
『──うん!』
私は一人じゃないはずだ。
私には家族もいる。村のみんなもいる。
そして、手を貸してくれる人達たちだっているはずだから。
※
目を開けたらすぐに陽の光が当たった。
陽が出ていることに、いつの間にか自分が寝てしまっていたことに気付いた。
「──あれっ? 私、いつの間にか寝ちゃってた? 悪いことしちゃったな。起きて聞いてたのに……」
いつもなら賑やかとはいかなくても声が聞こえるはずなのに、なんの声も、なんの音も聞こえない。
不自然なくらいに静まり返っている。家の中も、家の外もだ。
「お母さん」
母に呼びかけてみても返事がない。
何か様子がおかしいと不安になり、急いで起き上がり部屋から出ると、母は椅子に座っていた。
「──なんだ居るんじゃない。心配したよね。ごめんなさい」
話しかけても母から返事は返ってこない。
怒っているのかとも思ったが、たとえ怒っていたとしても、この母に限って無視するなんてことはない。
なら何で? そう、不安は急に膨れ上がる。
「──お母さんってば!」
返事がない母の肩に手を置きゆすってみる。
それでやっと気付いたようにビクッとして、母は恐る恐るといった様子で振り返った。
「……カレン。あのね……」
「本当にどうしちゃったの。何か変よ?」
口にするまでもなく本当に何かが変だ。
時間は七時過ぎ。外は晴れている。いつも起きる時間とたいして変わらないはずなのに、やはり物音一つしない。
まだ七時ということは、彼が来ていたのは何時くらいだったのだろう? 外は明るくなってきてはいた……。四時では暗いから五時くらいだった?
時間にすると二時間と少し。
その間に何かがあったのだろうか?
「カレン。大変なことになってしまったんだよ……」
こんなに狼狽えた母を見たのは初めてだ。
その普段との違いに、只事ではない気配を感じてしまう。外の様子も関係しているのだろう。
「何があったの。村の様子と関係あるの?」
「あ、あのね……落ち着いて聞いておくれ……」
ゆっくりと母が語り出す。その話が進むにつれて、その内容に困惑を隠せなくなっていく。
有り得ない。不可能だ。そんなことが真っ先に思い浮かぶ。
この村で戦いが始まる?
なんでそんなことに……。
それに戦うだなんて……。
そんな無茶なこと。
「──お父さんは?」
父の姿が見えないのは、畑作業に行ったわけではない。だとすると。まさか──。
「行ってしまったよ。今頃、男たちは迎え撃つ準備をしてるはずだよ。あたしらだけでも逃げろって言ってたけど……」
嫌な予感というのは当たるらしい。
あの優しい父まで賛同しているとなると、いよいよ本気で戦うつもりなんだと思い知らされる。
でも、あの優しい父が。武器より農具を持つことの方が多い人たちに、戦うなんてことが出来るのだろうか。
村中から武器をかき集めても、正規の軍隊に立ち向かえるはずがない。そんなことは、みんな分かっているはずだ。戦って死ぬつもりなんだ……。
「村がなくなるのも、戦って死ぬのも、そんなの認めない。戦うというのなら私も一緒に戦う。そして誰も死なせない」
「カレン……」
「そんな顔しないで? 私だってこの村の一員よ。自分の育った村くらい守ってみせるわ。そのための力だって私にはあるんだから」
※
そうとなれば急がなければ。まずは母を安全な場所に連れて行かなくてはいけない。
父が逃げろと言ったのはそれぞれでではなく、まとまってということだろう。だとすると……村長さんのところかな? 時間が惜しい。とにかく行ってみよう。
「──行こう。村長さんのところだと……」
母の手を引き外に出たところで異変に気付いた。
村の周囲には魔物の侵入を防ぐ防壁がある。そこに魔法による結界と合わせて、二重に魔物の侵入を防いでいるんだ。
その防壁の高さが三倍ほどに高くなっている。
「──何あれ? 氷の壁。いや、あれはもう……城壁だ」
そう呼んで間違いはないはずの氷の壁が見える。
元々あった防壁を氷で覆ったのだろうが、とても即席とは思えない。
氷による造形の魔法。美しさすら感じる氷の芸術。
氷は形のあるものだから、こんな使い方も不可能ではないと思うけど、実際にこんなことが可能なの? それに誰が……。
「──よう。ちょうどお前さんの家に行くところだったんだ。そっちから来てくれるとは思わなかった」
氷の城壁を見上げていた私に、スタークが声をかけてきた。それとスタークの横にもう一人。同じ商会のローブを着ている男の人。
「スターク、どうして家に?」
彼らはすでに村に起きようとしていることを知っている。その彼らがどうして私に会いにくるんだろう?
「どうしても何も、戦争のお誘いにきたんだ。約二名から、お前さんには声をかけるなって言われたんだが、無理な戦いなんでそうもいかない。お前さんは申し分ない戦力だからな。そんなわけだ。カレン、悪いんだが力を貸してくれないか?」
力を貸してくれ。それは本当なら、私が言うべき台詞だ。言えるかは分からないけど。
「普通は私が頼むんじゃないの?」
「あぁ、その件は終わってるらしい。なんか大変だったみたいでな。まあ、俺は寝てたからまったく見ちゃいないが、一騎討ちで勝ったほうの案でいくとなったらしい。戦うのか逃げるのか。んで、ユウのやつが勝って、迎え撃つことになったというわけだ」
スタークは簡単に言うけど、一騎打ちって……。
「──それで二人は?」
彼等が村のために動いてくれるなんて、想像してなかった。だって、一緒に戦ってくれなんて。一緒に死んでくれなんて言われても普通は断るだろう。
「会長は村の男衆を連れて壁の上。ユウのやつは……流石にぶっ倒れてる頃かもしれないが、城門の辺りに二人ともいるな」
「倒れてるかもしれないって、そんなに酷い怪我をしたの? なんでそこまで……」
彼にそこまでする理由があるの?
見ず知らずではないにしても、命をかけるだけの理由があるのだろうか。
「いや、怪我してるとかじゃないんだが……。まあ、行けば分かる。協力してくれるんだろ?」
「もちろん、私の村だもの。その前に母を安全な場所に連れて行きたいんだけど」
「ああ、それなら村長のとこだな。戦えないやつは一箇所にいてくれた方が守りやすい。もう集まってるころだろう。悪いんだが頼めるか? 俺はカレンと城門の方に戻る」
スタークにそう言われた隣の男の人が頷く。これで母は大丈夫だと思っても、やはり母は心配そうだ。
何か安心させられるようなことを言わないと……。
「大丈夫っすよ。ウチの大将もやる気になってますし、期待の勇者様は言うまでもない。俺にはこの村に特別な思い入れや、何か理由があるわけじゃないが、一飯の恩がありますからね。ご馳走になった分くらいは働きますよ」
そんな理由で?
それが命をかける理由になるのだろうか?
「お嬢さんのことも心配いらない。何かあれば身を呈して守ってくれるのが二人いますから。ああ、俺には期待しないでくださいよ? こちとら普通の人間なんでね」
自分を数に入れない辺りがこの人らしいんだろう。
「ふふっ──」
可笑しな人たちだ。だけどこの人たちとなら、この状況だってなんとかできるんじゃないか。
不思議とそう思えてしまうのはどうしてだろう?




