侵攻 ③
♢17♢
多勢に無勢。勝ち目など無い。
勝ちの目がないサイコロを転がして何になる。
出目がどうとかいう次元ですらない。
サイコロを振るまでもなく、結果は見えているというのにだ。
それなのに……。
「いいか、もう一度だけ言う。敵の数は五百。その内の百は人形だ。残りも全員が魔法を使う。これを聞いて、どうしたら戦うなんて言えるんだ?」
ここへはマナから聞いたことを伝えに来たはずだった。逃げろと。村を捨てて生きろと。
だが、話はさっきから平行線のまま……。
「なら、儂も同じ台詞を言おう。儂らは逃げん」
何て話の分からない奴だ。
まったく忠告を聞き入れやしない。
「正気かジジイ。老い先短いのを悲観して死ぬにしても、やり方は他にいくらでもあるだろう。賢く生きろよ」
「お前は変わったな」
「……現実を見ろと言ったんだ」
時代が違う。歯向かうことすら無意味。
まともに戦う事すら出来やしないんだ。
「儂らにはこの村が全てだ。今さらどこに逃げる? お前が匿うと言っても限界があるだろう」
ジジイの言葉に、他の連中からも賛同の声が上がる。こいつらも全員、ジジイと同じ意見とは。呆れ果てるしかない。
「……なら、わざわざ殺されるってのか? 逃げなきゃ、村ごと皆殺しにされるんだぞ。何も馬鹿共の道連れで死ぬことはないだろう」
急な侵攻。今回のこれは、貴族の取り巻きの人間たちが馬鹿をやった結果だろう。そんな奴らのために死んでやる必要などないだろう。
「だから、戦うと言ったんだ。むざむざ殺されてやりゃしない。死ぬのは貴族に一矢報いてからだ」
「ジジイ……当てがあって言ってんのか? お前の妄言には付き合えない。虚勢をはるのも大概にしろ」
この年老いたジジイの、いったいどこからこんな自信がでてくる。未だに自分は昔のつもりでいるのか。それは過去の栄光でしかないと分からないのか。
「当てか。無論、当てならあるぞ。儂の目の前にな」
そう、ジジイは俺を見て言いやがった。
こんな奴しかいないのか?
何で。こうも愚かでいられる。
どうして。そんな可能性の無いことを信じられる。
このジジイにしても……ユウにしてもだ。
俺には、希望などというまやかしを信じ、触れれば壊れるような脆い理想を語り、見たくないと現実から目を背けているようにしか思えない。
世界には希望も理想もなく、あるのは残酷な現実だけ。それが、俺が得た真実だ。
「皆……悪いが二人にしてくれんか? 時間が惜しい。此奴は儂が説得する。女子供にはいつでも逃げられるように用意させてくれ。戦うものは準備急げ」
「「──応」」
イかれてる。戦力差を理解することすら出来ないのだろうか。戦って死ぬ事に意味など無いとすら分からないのだろうか。
それに、たとえ今向かって来ている奴らを退けたところで、貴族が出てきたらどうするというんだ。
貴族が直接出てきたらどうしようもないんだぞ。
「何故、偽名なんて使ってる?」
「…………」
「答えぬか。ならば聞くまい。ただな、一度世界を救ってみせた人間が目の前にいて、それに期待するなと言うのか?」
俺がやったわけじゃない。
アイツに付き合っていたらそうなっただけだ。
やろうと思ったわけでも、やりたかったわけでもない。それに……。
「ジジイ。アンタの言ってる奴はとうの昔に死んだんだ。そんな奴は、もう世界のどこにもいやしない」
「それが答えか。なら、商会とは何のための組織なんじゃ? 貴族のいいなりに動いてる訳ではあるまい。衝き動かす何かがあるんじゃろ?」
俺は、誰にも何も語るつもりはない。
これは俺だけのものだ。
「そこまで死にたいと言うのなら勝手にしてくれ。俺たちは手を引かせてもらう。せいぜい悔いが残らないように死ぬんだな」
俺はこんな所で死ねわけにはいかない。
やっと道筋が見えてきたんだ。もう少し、あと少しで手が届くところまで来たんだ。ここで台無しにされてたまるか。
『…………本当にそれでいいの?』
ユウを貴族にぶつけるのは、まだ早い。
十分と思う奴もいるだろうが、まだダメだ。
貴族を一匹二匹を殺せればいいわけじゃない。
魔王まで、たどり着いてもらわなきゃならない。
いくらユウでも、今戦っては楽勝とはいかないだろう。リスクは減らせるだけ減らす。
魔物相手にでも経験を積ませればいいだろう。それには時間が必要だ。今すぐには無理だ。
──いや、何を考えてるんだ俺は?
「人間は簡単には変わらんよ。ここで、儂等を見捨てるお前でもあるまい。カレンのことでも分かっておった。そこにつけ込むようで申し訳ないが、もう一度、この村を救ってくれ。頼む。この通りだ」
そう深々と頭を下げられる。
だが、何と言われようと手は貸せない。
シナリオにない戦いなどする用意はない。
この村を見捨てて、シナリオ通りに事を進める。
それが間違いのない選択肢だ。
『何もせずに見捨てるの?』
不意に、俺に語りかける誰かの声が聞こえた気がした。幻聴か、あるいは化けて出てきたのか。どちらかは知らないが、懐かしいものであることだけは確かだ。
『──そんなヤツじゃないでしょう』
どうしろと言うんだ。勝算なんてあるのか。
アイツなら……何て言うだろうか?
不利な状況の戦いなんていくらでもあった。それを切り抜けこられたのは、周りが優秀だったからだ。先導するヤツがいたからだ。
『違うでしょう。諦めなかったから。抗い続けたから。だから私たちは、無理と言われたことだってやれたのよ?』
俺は……。
『あなたは今でもそれを続けている。なら、分かるでしょう? どうするべきなのか。このくらいで諦めるような男じゃないはずよ』
ずいぶんと懐かしい声が聞こえた。
あの魔道書をカレンに見せられたからだろうか。
「俺は利己的な理由でやってるんだ。商会もその為の手段にすぎない。利用できるものは全て利用する。それがなんであれな。ジジイ、一つお前の口車に乗ってやる」
「何をするつもりだ?」
「──試すのさ。これから世界を救ってもらわなきゃならない奴を」
※
賭けてみよう。
試してみよう。
果たして目論見に至れるのかを。
ジジイに唆されたわけじゃない。決めたのは俺だ。
この地は俺にとっては出会いの場所らしい。
始まりは、この場所だった。
ならば、今日は再び始まる日なんだろう。
勝てば全てを手に入れ。
負ければ全てを失う。
やる事は変わらない。




