侵攻 ②
「──こんなことしてていいのかよ。攻めてきてるんだろ!」
まだ平和なままのムサシの村の中。
この瞬間も村へと迫っている、侵攻という現実を知る三人は変わらず水場の前にいた。
現実を知ったところでどうしたらいいかわからないユウが問い、その意味をよく理解しているはずの二人はようやく動きを止める。
「そうですね。敵は武装した軍団に魔法使い。おまけに人形と、まるで戦争でもするような戦力です。会長、こんなことしてる場合ではないですよ」
ユウの背に隠れたマナは、自分に対しての態度が軟化しない会長という男に言う。
まだ余裕があるから男たちはこんなことをしているのだろうが、大きな危機を煽れば自分への危機は減るというマナの打算。
狙ったわけではないそれにはある重要な単語があった。
「待て、人形共もいたのか? 数はわかるか」
「うーんと。通りがかりに見ただけなので正確ではないですが百体ほどかな? それが一時間ほど先行しています」
「……ほぼ全て。それが先行か。俺は事態を知らせに行ってくる。お前らはここで待ってろ」
聞いたことから会長という男の脳裏に一枚の絵が浮かぶ。
危機は危機だがこれは利用することができるかもしれない危機だと、それならば早く動く必要があると判断した男は早速行動に移る。
「いや、待ってろって。訳くらい言って、」
「助かった。あーなったら会長はマナのことなどどうでもよくなるはず。それはそれでムカつくが今はいい……」
完全に置いていかれたユウからはもう姿が見えない男に「わかるように説明しろよ」という不満と、「助かった」と安堵するマナからは置いていかれたことにではない不満が出る。
一人消えて残されたのは悪戯した方とされた方。
「えーと、マナさん?。ただ待ってるのもあれなんで質問いいですか?」
「いいですよ。えーと……お名前は?」
男と一緒にいたのでからかっただけのマナと、何も知らないままからかわれたユウ。
初対面で互いに対する情報もほぼない二人は自己紹介から始める。
ユウが向こうからやって来たのだと言えば、その向こうから帰ってきたマナはだいたいの事情を察し。
マナを見た目通りの子供だと思っていたユウは、マナの年齢がスタークと変わらないと聞いて驚き。
自己紹介が済めば話は何もわからないユウが尋ねたいことに移る。
「どうして侵攻なんてことになるんですか。それも何の知らせもないまま、理由すら言わずに殺そうなんて普通じゃない……」
「ユウくんからしたら普通じゃないかもですが、マナからしたらそんなに驚くほどのことでもないです。どうせ理由なんてあるようでない。貴族の考えることなんてろくなもんじゃないのです」
「貴族が気に入らないからだとでも言うんですか?」
「それいい線いってる。そんなもんですよ、実際」
実際のところマナの言うことが正しく、理由を求めるユウが間違っている。
侵攻の理由は愚かさの結果であり、その愚かさがなくても結果はさほど変わらないのだ。
早いか遅いか。ここかそこか程度の違いしかないのだから……。
「ユウくん。もう止まらないのだから理由を考えてもムダです。今考えるべきはどうするのかと、知るべきなのはどうするにしても必要になることですよ」
「止まらないって、向かってきてる奴らも同じ人間なんだ。何も感じないわけじゃないでしょう」
「人形は何も感じないですよ。命令を実行するだけですから。兵隊たちもそういう意味では一緒です。命令に従わなければならないから彼らは侵攻に参加していて、従うということは命令を実行するだけということです」
二人の認識のズレは至極当たり前の違い。
生きてきた世界が違うから生まれるズレなのだから簡単にはいかない。
そして当たり前のことに従うのならば、今いるところの理屈に従うべきだろう。
「……人形ってなんですか?」
「うん、その方が現実的です。マナが教えてあげよう!」
人形とは魔法で作られ、魔法で動くもののことである。
今回の場合は土によって作られた土人形だ。
土人形は人の形をしており、まるで人間のように動く。
そんな土人形と人間の違いはというと、人形は疲れもしなければ人間のようなリミッターも存在しないということ。
加えて恐怖心はおろか心すらないまさに人形であり、戦闘に用いられる戦闘人形は練度の高い兵士に匹敵するか凌駕する。
戦闘人形が百体となれば村への侵攻ではなく、戦争でもするかのような戦力であるのは間違いない。
「──と、非常に厄介な代物になります。しかも今回のは魔王製の特別品。土なのに鉄くらいの強度はあるでしょう。殴られたら人間なんてひとたまりもないですし、鎧を着こんだ兵士たちもひとたまりもないでしょう」
「そんなのが今いるだけで百体も……。人形は魔法使いなら誰にでも作れるものなのか?」
「うん、まずはタメ口をやめましょうか。会長やスタークくんはまったーーく気にしない人たちですが、マナはそういうの大事だと思うんです」
本来とても礼儀正しいはずのユウだが、マナの見た目に引っ張られてところどころに現れるタメ口に、自分の見た目を自覚しているお姉さんからはニコニコしたままで怒りが滲む。
「……すいませんでした。人形は魔法使いなら誰にでも作れるものなんでしょうか?」
「はい、よろしい。礼儀正しい子は好きですよ。では講義を続けます」
ニコニコしてはいるがマナから発せられる何かを感じ取ったユウは敬語を意識することにし。
魔法を一発かましてやろうと思っていたマナは、素直に聞き入れたユウをいい子であると認識する。
そうなればお姉さんはお姉さんらしく振る舞ってくれ、ただでは済まなかった魔法による指導の危機も去る。
「人形は誰にでもは作れません。魔法使いでも土の魔法が得意な人に限られます。火人形、水人形、風人形なんてのも可能かもしれませんが、あまり現実的ではないのです。なら形を作るために材料を用いた方がいいというのはわかりますね」
「土の魔法というのは?」
「火、水、風、そして土の四つが魔法の種類となります。そして土の魔法は大地を利用するものであり、最も膂力に優れているものでもあります。土の魔法でできることは材料を用いて人形を作ってみたり、そのまま大地を割ったり持ち上げたり、場合によっては植物に干渉できたりもするでしょう」
「聞いた感じ強いですね。土の魔法。地味なイメージでした」
「人間が地面の上にいる以上は最強かもしれませんよ。相性で勝る風の魔法か、地の利が火や水に傾いたりすればその限りではないかもしれませんが。しかし、そこまでの魔法を現状では人間は扱えませんので、人形を作るくらいしか土の魔法に実用性はなかったりします」
火も水も相性で勝る風も、人が大地の上にいる以上は土に及ばないだろう。
そして得意な魔法は異なっているが、魔王と呼ばれる者が二人とも土の魔法を使うのは偶然ではないかもしれない。
壁を作って世界を区切り、人形を作って支配を強固なものにするという具合に魔法が機能しているのだから。
なら、魔王を討つ勇者には風の属性を持つ者が望ましいというのも当然の話になるだろう。
いかに強力でも魔法であれば相性は作用するものであり、勇者と呼ばれるくらい並外れた力であれば有利は大きくなっていくのだから。
しかし、勇者と呼ばれるユウは土ではなく火の属性。
土に対しての火は有利ではないが不利でもないし、ユウが秘めている力は大きいのだから不利にはならない。
だが、マナはすでに見抜いている問題がユウにはある……。
「魔法を実際に見て思ってた。更紗やカレンのように魔法を使えたらって。異世界、魔法、勇者とくれば、俺にも魔法使えるだろ!」
「…………」
「……あぁ、使えますかだ。俺にも魔法使えますか!」
マナの沈黙はいきなり乱れた敬語が理由ではない。
ユウが並外れているのもマナはわかっているし、同時に並外れた欠陥も見えてしまっているからだ。
信じて疑わない少年に何というべきなのかと考えてしまっているだけだ。
「……期待を持たせてもあれなんではっきり言いますね。すー、はー、絶対に無理だと思います!」
「な、なんで!?」
「ユウくんがすごーーーーく不器用だからです。まず子供でも無意識にできることができてません! 普通そんなに魔力を絶えず垂れ流していたら死にますよ!」
「死っ、いや、垂れ流してって……」
「ほら、そんなこともわかってない。それでは魔法なんて言うのもおこがましい。ユウくんは水道の蛇口が常に開きっぱなし、それも常時全開状態なんですよ!」
力はあるが制御がまるで効いていないから、それを理解する魔物が必要以上に引き寄せられ、簡単なはずの魔力の運動量への変換も難しく、自己の状態すら把握できていない。
これでは複雑な技術を必要とする魔法を扱うのはとてもではないが不可能。
どれだけ憧れようとユウに魔法使いは向いていない。
「あちらから転移する時に何かされましたね? それをきっかけに魔力を覚醒しはしたが扱いがまるでできてない。その状態では外に出るたび魔物に群がられますよ。かなり、いや相当に、不器用すぎます」
「な、何かコツとかないんですかね? 不器用な人って他にもいますよね」
「コツなんてないです。そもそも魔法使いになれる人はそんなこと言いません。ユウくん並びに不器用な人に魔法は扱えません。以上です。おつかれさまでした」
「そ、そんな……」
可能性を捨てたくなくても自分でも思い当たるところがあり、ちょっとやそっとではできないとなれば、異世界にいられる時間に限りがあるユウは諦めに心が向いていく。
同時に「なら、何のための力なんだ……」と思い、次に「今の状態は大丈夫なのか?」と不安になる。
「じゃあ、今の状態って大丈夫なんですかね?」
「普通なら大丈夫ではないです。でも溢れている魔力より生成される魔力の方が多いし、元々の魔力量も桁外れなんでそのままでも大丈夫です。生成量は幾重にもかかる支援の魔法の効果のうちの一つでしょう」
「更紗が得意と言っていた魔法。それは途中で消えたりはしないですか?」
「支援の魔法全てがユウくんの魔力を糧に動いています。ユウくんが死んだりしない限りは消えません。ただ、これはかなりの無茶をしています。術者のリスクが側からはわからないほどに複雑です。もし魔法が消えたら術者に何が起きてもおかしくないです」
通常。魔法が一つ二つなら消えたところでリスクはない。ただ魔法の効果がなくなるだけだ。
しかし幾重にも重なる複雑な魔法が一度に消えればその限りではないということ。
リスクを全て術者が引き受ける形になっているなら尚更にだ。
「……過剰なほどの魔法です。これに守られているユウくんはよほどのことがなければ死なないでしょう。逆にそれでも死ぬならもうどうしようもないということです」
「安全策ってことなのか……。そりゃそうか。これもありきでの異世界行きってわけだ。でも、更紗が負うリスクってなんだよ。そんなこと一言も言わなかった」
ユウたちに掛かる魔法は向こうにいる彼女の覚悟そのものだ。
同じように苦楽を共にするものであり、苦楽を共にできないからこその魔法。
「死ななければ問題ないのであまり気にしすぎないことです。それにしても、これだけ喋ってるのに会長が戻ってきません。様子を見にいきましょう」




