侵攻
泣くだけ泣いて落ち着きを取り戻した少女の手を無理に引き、少女の家まで連れていった少年は結局朝まで起きていた。
少女が涙ながらに語ったことはあまりに重く、聞いて間もなく眠れるだけのメンタルを少年は持ち合わせておらず、解決策はまったく見えないとなればそれも仕方ないだろう。
カレンの両親は娘を探しに出ないのではなく出れず。
カレンはカレンで今の親を責めることなどできず。
すれ違いをどうすればいいかのかは当人たちにも難しく、他人に踏み込めるのはせいぜいユウがしたところまで。
親元にカレンを無理にでも連れて行って安堵を与え、バツが悪い中で家に戻る手助けをすることくらいだ。
しかし、できることを全てしたはずのユウはそのことに気づいていない。
カレンの近くにいてやることだけができたことであり、できることだったことに。
感じた無力さは誰であっても感じるものであるのだが、責任感が強い少年は必要以上に無力さを感じ、必要以上に考え込んでしまう。
「はぁ……」
その結果。眠れぬままで朝日が昇ってくるのを見たユウは、寝床から起き上がり、気分転換に顔でも洗おうかと水場へと向かう。
力なく歩いて水場に着くまで一人の村人ともすれ違わず、まだ誰の姿も見えない早朝。
到着した水場で顔を洗っていると自分の前に人の気配を感じ、同じように徹夜した人がいたのかとユウは顔を上げる。
「──会長。ずいぶん朝早いですね」
「お前こそ。なんだその顔は」
「あー、ちょっと寝れなくて……」
「一日二日寝なくても人間死にはしないが、パフォーマンスは間違いなく落ちる。世界を救うんならまず体調に気をつけろ」
ユウは自分に気を使う眼の前の会長という男に、「なんか意外だ……」と少なからず驚き、ふと昨日のことが頭の中に浮かぶ。
カレンに話があると男は言い、その話というのがまさに母親のことで、つまり男はカレンを知っていたのだと思考が巡る。
「なぁ、俺がこんなことを聞いていいのかわからないんだけど、カレンの母親のことは本当なのか? カレンに話したのあんただろ」
「……そうか、聞いたのか。なら構うまい。カレンが言ったことに間違いはない。あの子はお前と同じところから来たマヨイビト。その際におそらく母親を亡くしている」
「やっぱそうなんだな……。待ってくれ。今、おそらくって言った? どういう意味?」
「あの子を見つけた時すでにカレンは一人だった。だが、母親と一緒だったとカレンは言ったんだ。そして辺りを探すと血痕と遺留品だけが見つかった。母親が子供を置いていなくなるか? どうなったかなんて馬鹿でもわかる」
「なんだよそれ、それじゃあ本当にそうなのかわからないじゃないか! なら生きてるかもしれない。なんでそう言ってやらないんだ!」
強い感情と共に男の胸ぐらに伸びたユウの手は、見聞きしたカレンへの思いが溢れた結果。
その言葉はあまりに都合のいい夢を見ているが、ユウは希望というものが有るのと無いのとの違いを理解しているから、例えそれがいちるの望みでもあってほしいと願うのだ。
「ずいぶんとおめでたい頭だな。平和な世界で生きてきたお前にはわからないようだから教えてやる。魔物が山ほどいる見知らぬ場所で、何の力も持たない母と娘だけで、生き残れるほどここは甘い世界じゃない」
「そうかもしれない。それでも俺は、」
「死体なんて見つからなくてもどうなったかなんて想像できる。ありもしない希望を語ってどうする。一時偽りで誤魔化せればそれでいいのか?」
「なんでそう決めつけるんだよ。何年経とうが可能性がないわけじゃないはずだ。死体がない人間を生きてるかもと思うことが悪いことなのか?」
「お前……。勝手にすればいい。お前の幻想をカレンに話すことも止めはしない。ただな、自分の言葉には責任を持てよ。見せた夢の責任はとてもではないが計り知れないぞ」
ユウに掴まれていたのを言葉と共に払いのけた男は、どうしようもなく現実しか見ることができない。
男はあまりに現実を目の当たりにしてきており、ユウが語るような都合のいい幻想を幻想としか思えない。
男はいちるの望みなんて存在しないと信じている。
「……都合のいいことなのは俺にだってわかる。カレン自身も母親は死んだと思ってるんだろう。辛くて、悲しくて、無かったことにしようとして。でも、向き合わなきゃならなくなった。それなら。わずかでも可能性があるなら、俺は都合のいい可能性でも伝えてやりたい」
ユウの言葉は「そうしなければ俺のようになってしまう。俺はカレンにそうなってほしくない」と小さく続いた。
この言葉は誰にも届かず、その代わりに「もしダメだったときはカレンはオレがヨメにもらってしあわせにする! オマエはまちがっている!」と聞こえた。
ユウは違うことを言ったのだからそんなわけはないのだが、確かにユウの声で言葉は聞こえた。
責任という言葉の意味を違う意味に解釈した声の出どころはユウの真後ろ。地面に近い位置からだ。
「ちがっ、今のは俺じゃないからな!? 俺の声だったのかもしれないけど、俺じゃな……」
ユウが自分の声が自分に耳から入るわけがないと気づいたところで、脚元の方から必死に笑いを噛み殺すような声がしており、慌てて脚元の方を向くように振り返るとそこには女の子がいた。
女の子の長い髪は青く、見た目は小学生くらい。
自分の背丈よりはるかに長い杖を持っていて、その格好は魔法使いというより売り子。
身に付けているエプロンから何かの店の店員という見た目の女の子が、自己で立案成功したイタズラに笑いを堪えていた。
「よく言った! 責任とはそういうことですよ」
「い、今のをやったのはお前か!」
「おいおい、恥ずかしいからってひとのせいにするなよ」
「このっ──」
女の子は自分に手が伸びてきたのをひょいと躱し、持っている杖で逆の手も弾く。
そして安全な距離を取ってから、杖の先でユウの腹の辺りを突っついて「照れるな、照れるな」と悪戯な笑みを浮かべて言う。
「マナ、お前はどうしてこんな所にいる。俺は先にイワキに戻れと言ったよな?」
「うっ、そ、それは……。それより大変なんです。一大事ですよ!」
明らかに不都合な内容を誤魔化したマナという女の子は、迫る脅威のことを思い出したのか、自分は何をしにここへ来たのかを思い出したのか、悪戯モードから真面目モードに切り替える。
「自分の仕事を放り出すくらいに大変なことなんだな? 言ってみろ」
「明るくなったのと同時に街から約五百ほどの武装した軍団がここに向かっています。おそらくこの村への侵攻が目的だと思います」
「はぁ? ……侵攻って、ここに攻めてくるってことか? 何で、どうして?」
マナは事態を淡々と語り、会長という男は動揺なくそれを聞く。
理解が追いつかないのはユウだ。
侵攻という単語からその意味は理解できても、何故なのかもわからないし、どうしてなのかもわからない。
「ずいぶんな数だな。で、そんなことが起きているのに何の情報も上がってきていないのはどういうわけだ?」
「マナも詳しいことはわからないというのと、夜中に支部に襲撃がありいろいろ大変だったからです。ちなみに死者はいないですが支部は放棄しました。この責任はやったやつにお願いします」
「そうか。他の連中は?」
「ルート上の安全なところまで避難しました。暗かったんですが上手くいってよかったです。これもマナがいたからできたことであり、こうして朝一で知らせることができたのもマナのおかげ! どう、褒めたくなるでしょう!」
マナは自分の功績を上機嫌に語り、褒めろとばかりに男に近づいていくが、男は近づいてきたマナの頬をつまみ上げる。
いくらマナが抵抗しようと力が緩むことはなく、眼には涙が浮かんでいく。
「お前は何度言えばわかるんだ。命令違反はやめろと俺はあと何回言えばいい。お前がいなくても十分に機能するところで、さも自分がいたからだと言う根性も気に入らん」
「いたい、いたい、いたいれす。本当にいたいからー」
マナが本気で暴れ出したところでようやく解放されたが、しばらくは痛むだろう頬を押さえてしゃがみ込み、恨めしい眼を男に向ける。
「それで。お前は何で街に残ってたんだ? あちらから戻ったらこいつらの探索を各支部に通達。終わったら帰れと言っておいたはずだが」
「スタークくんがやらかしたと聞いたので。笑……慰めてあげようと思って」
「反省はないらしいな」
「してる、反省してます。助けて!」
再びの危機を察してユウの背に隠れたマナが、会長という男に同行していた魔法使い。
こいつらとはユウたち向こうからやってきた勇者という役割を与えられた者たち。
今起きていることも、これから起きることも、全てその勇者たちが関係する。
彼らは異世界という水面に投げ入れられた小石であり、小さな波紋はこの異世界中に広がっていく。
昨夜の出来事も元を辿ればそこに繋がる。
彼らが来たから歯車は狂い、または大きく進んだのだ。




