貴族
そこはムサシの国の中で最も大きな屋敷。
いや、大きさから見て宮殿とでも言うべきところ。
もう夜も更けた時間にその宮殿に集まる人間たちがいた。
集まった人間たちは全員が高価な衣類を身にまとい、同じく高価な装飾品を身につけ、それぞれが馬車を引かせ、護衛を連れてここへきた。
そう、この人間たちは食べ物に困ったこともなければ、税に怯えたこともない。
彼らはこの国における管理者と言うべき人間たちだからだ。
「──貴族様。これで全員でございます」
そしてその人間たちが揃って頭を下げる男こそが、この国の支配者。貴族と呼ばれる存在だ。
玉座に座り威圧感のある眼で人間たちを見る男。
その瞳の色は血のように赤く、その身体は浅黒く強靭で、その顔は人間とは違っている……。
「貴族様。まずこの場にいない男について申し上げます。あの男。南の村を仕切る男ですが、顔も出さずに税を増やすなら畑を増やす許可も出せなどと言ってきております」
「まったく……。これで何度目でしょうな。その農地を増やすのにいくら掛かると思っているのか」
「その通り。農地を増やすということは作業する人間だけでなく、護衛の魔法使いに土地に敷く大きな魔物避けも必要。到底費用に見合うだけの採算がない」
男たちが貴族の元に集まってする話は金の話ばかり。
それも近頃は良い話などではなく悪い話ばかり。
いや、話をする男たちにとっては都合が良い話だ。
例えば貴族から厳しい御達しが出れば下は逆らえず、この場で御達しが出なくとも貴族の耳に入ってさえいればいい。
そのうち貴族の逆鱗に触れ、後悔することになるのだから。
「……しかしそれも事実なのでは? 何も我々が手を出さすとも、勝手にやれと言う分には構わないのでは?」
「よく考えろ。自分たちが食う分がまだあるだろう。それも金に変えれば税は十分に納められる」
「そう。今のまま搾れるだけ搾り取り、いよいよとなったら許可でも何でも出してやればいい。まだ大丈夫だ。それに老ぼれはともかく他は金に変えることも可能だ。金が取れないということはない」
男たちは五人の中で最も若い管理者の男に言い聞かせ、それに若い管理者は納得する。
あとは貴族の前で自分たちの素晴らしい働きの報告と、昨日起きた出来事の雑な調査結果の報告をする。
「──ああ、それともう一つ。到着するはずだった荷がまだ到着していません。そのためこの場に間に合うはずだった品は後日お持ちいたしますので」
「荷運びがその荷運びを真っ当できんとはな……。無能共が」
「まったくですな。何も難しいことを頼んでいないというのに。それと私からも一つ。我々が甘く見られているのか南の村からの徴収が済んでいません。ぜひ貴族様から直々のお言葉を」
「なら、それに合わせて商会の方にもお言葉を。連中にもそれなりの罰が必要かと。二度とこのようなことがないように、」
これがこの世界の今の現実。他の国と比べ多少の差はあれど、その差はどちらが下かという話になるだけ。
貧困はこんなふうに意図して作られており、真っ当に正す方法はもはや存在しない。
この異世界と呼ばれる場所は支配者たる貴族と、それに近い人間だけが得をし、それ以外は損することを強いられる世界。
しかし、この男たちは大きな勘違いをしているのだ。
男たちはまるで自分たちが支配者で、従う者だけが人間だという幻想を見ている。
心の底では目の前の貴族すら甘く見ている。
これはその正しい結果だ……。
「──コロセ。イマ名前ノ出タモノ全テダ」
普段と変わらぬ様子で男たちの話を聞いていた貴族から、男たちが望むものではない御達しが出た。
出てしまえば決して覆らないだろう厳命がだ。
ただ話をするだけではと男たちにより設けられた酒の席。
この貴族は酒好きで機嫌が良いということはないが、こうしておけば自分たちの要求が通りやすく、決して貴族の機嫌を損ねることはないと男たちは思っていた。
前回も大丈夫だったから、今日も大丈夫だと思っていたのだ。
「お、お言葉ですが、殺してしまわれては入る税も入ってこなくなってしまいますぞ。商会もなくなれば品物を効率よく手に入れる方法もなくなります」
「まったくその通り。ここは罰則で手を打ち、以後このようなことがないように厳しく叱責するのがよろしいかと」
「私たちが責任を持って対処いたしますので、どうかどうかお考え直しを──」
愚かなことに男たちは貴族の意にそぐわない発言をする。
男たちは自分の利益が損なわれることだけを気にし、眼の前の生き物がなんなのかを忘れ、自分たちを強い生き物だと錯覚した。
これはその全ての報いだ……。
「──を、を……を!?」
真っ先に異変に気づいたのは最後に言葉を発していた男。
男は急に頭が自分で意識せず傾き、何故だが視界が地面に近づいて、落下した先で自分の身体が見えた。
首から上がない自分の身体が男が見た最期の光景。
「ひっ──」
「う、うわぁぁぁぁ──」
それに気づいた横の男が二人、一目散に出口に駆け出すが声は風音のあとで途切れる。
そして残った二人の前に首が二つ転がってくる。
一歩たりとも動けなかった男たちの眼の前にあった貴族の姿は一瞬のうちになく、代わりに背後に立つ圧倒的なまでの存在感。
「全テダ。陽ガ沈ムマデニ片付ケロ」
生き残った男は二人。下った命令は無理難題だが絶対。
与えられた期限は一日もなく。しかしやり遂げるしか選択肢がない。
どれだけの無茶を言われようと、できなければ次は自分の首が飛ぶのだから。
◇◇◇
生き残った管理者の二人は無言のままで宮殿を出た。
宮殿にある人形に片付けられる同胞の死体を見て、「ああはなりたくないと……」と深く決意し、無駄にできる時間など一秒たりともないから急いでだ。
「……どうしましょう」
「どうもこうもあるか。やるしかないのだ。朝になり次第兵を出し夕刻までに戻る。これしかないだろ……」
「そうですね。それしかない」
そして外で待っていた部下に短く事態を伝え、急ぎ街へと戻る馬車の中でやっと男たちは口を開くことができた。
男たちは自分たちの愚かさを棚に上げ、やはり愚かな行いを繰り返す。
「時間がかかれば我々の命が危ない。故に圧倒的な戦力を持っていき殲滅する。貴族様にあの人形を借りよう。あれを先に走らせ我々は後を追う」
「なるほど。それは名案ですね。村の方はそれでいいとして問題は街の商会ですね」
「夜とはいえ街の中だ。戻ってすぐにでも兵を送り込む。先に商会を片付け、朝になったら村へだ」
こうして愚かさが生んだ事態が動き出す。
かくして少年は貴族と戦うことになり、その価値を試されることになる。




