商会のお仕事 ②
自分で思った以上に身体は疲れていたらしく、テントでうとうとしているうちに寝てしまい、夕飯の載ったトレイを運んできたスタークに起こされた。
その後はもう一度寝ようにも、目が冴えていて眠れない。
これで一人だったら羊でも数えるところだが、スタークはまだ銃の手入れをして起きているし、少し話し相手になってもらおう。
「なぁ、商会って……いや、スタークの仕事ってどんななんだ。運搬って言ってたけど」
「なんだ急に。新入りくんは明日からが心配なのか?」
「心配っていうか、できれば荷運びよりも魔物と戦いたいなぁと思っててさ」
「あぁ、そういうことか。残念だが魔物は避けていくのが常識だ。荷物持って戦うような真似しないぜ」
言われてみれば荷物うんぬんの前に、わざわざ魔物と戦うなんてリスクしかない真似をする必要がない。魔物を避けられるなら避けるのが当然だ。
魔法使いが使う魔物除けの魔法なんてのは、まさにそのためのものだろう。
しかし、そうなると運搬をメインとするスタークの手伝いでは積極的に魔物と出会す機会はなく、俺が魔物を相手にすればと考えていたようなことはできないな……。
「──なんて言っても、もちろん運悪く出会したら戦いもするぜ。だが、基本的に魔物の駆除は駆除で仕事が別だ」
「なんだ、魔物と戦う仕事もあるのか。で、その駆除ってのは?」
「言葉通り魔物が出たところに行ってそいつを狩るんだ。ウチはあちこちに支部があって、頼まれれば魔物の駆除も仕事として請け負ってんだ」
「なるほど。なら、俺はそっちをやりたいんだけど」
良かった。積極的に戦うことをメインにする仕事もあった。
経験という意味では運搬も学べることは多いだろうが、今必要なのはそっちの経験だからな。
目的の第一歩である自分の力を把握するためには、是が非でもそっちをだ。
「どっちみち一度本部に戻らないとだな。駆除の仕事は情報が集まる本部から用意して出向くもんだし、明日行くムサシの支部では駆除をそもそも請け負ってねーしな」
あのスライムの数を見れば、この国で魔物が駆除されていないのはわかる。だけど、それは商会が依頼を受けないから?
……いや、そんなものなくてもカレンなら一人で魔物を倒せたはずだ。つまり、また貴族って名前が出てくるわけか。
「やっぱり理由は貴族なのか?」
「ああ……貴族って言えば理由は貴族なんだが、割りに合わないって理由の方がデカい。増えに増えた魔物を駆除するのは大変で、この国の魔物は特に割りに合わないんだ」
「この国の魔物って、昼間のスライムじゃなくて?」
スタークは何というか渋い顔をするばかりで、反応からスライムとは違うのだろう魔物について語ろうとしない。
あからさまに様子が変だとは思うが、何やら言いたくないことを聞き出すのもな……。話を変えるか。
「じゃあ運搬って、具体的には?」
「主に貴族様の荷運びだ。品物の仕入れも全部ウチでやってて、お客様のご所望の品をどこにでもお届けすんだよ。その為の人員と道具、安全な道を確保してるのはウチだけだ。おかげで貴族のいるところには必ず支部があるし、貴族のいないところにも支部がある。今や支部は全国に及ぶはずだ」
「全国って、壁の中全部ってことか?」
スタークは普通に頷くけど、日本中に支部があってどこにでも品物を運んでるって。
それはもう流通を独占してるってことなんじゃないのか?
無償であれだけの配給をするくらいだから、商会の組織は小さくないと思ってはいたけど想像以上だ。
それは仕事も細分化するだろうし、割りに合わない仕事を請け負わないなんてこともあるはずだ。
「……あと貴族の取り巻きの人間たちが客だ。いちおうな。あいつらは上手いこと貴族に取り入って、街や村の管理と税の徴収なんかをやってる連中だ。そんなことを貴族が直接やりゃあしないから連中の存在は仕方ないんだろうが、オレは正直言って気に入らない」
「会長が言ってた、貴族の名前を使って私服を肥やす奴らか」
「あぁ、自分たちの利益のためだけに生きてる奴らだ。会長がいくら仕方ないと言おうがオレは気に入らない。同じ人間とは思えない……昔からな」
やっぱり人間の敵もいるんだよな。
会長の言うように仕方がないのかもしれないけど、他からすれば気分のいい存在ではない。
貴族の名前を使って好き勝手する、そんな奴がいると知った今ならカレンの怒りも理解できる。
そいつらは貴族がいなくなれば考えを改めるか? ……考えが甘いだろうか。
「昔って言えば商会はいつからあるんだ。かなり大きな組織だし、会長が立ち上げたわけじゃないだろ?」
「何言ってやがる。商会を立ち上げたのは会長って話だ。二十年も前のことだからオレも詳しくはないが、少なくともオレが入って十二年、もう十三年くらいは会長が会長だ」
「いや、会長の見た目はスタークと変わらないだろ。二十年前に立ち上げたって、あの人当時何歳だよ」
「そういや会長もずっと見た目変わんないな。まあ、貴族以外にも変なのはいるからな。そんなことで驚いてらんねーよ」
今、気のせいじゃなければ「会長も」って言ったよな。それは他にも見た目に変化がない人がいるということか。
そんな馬鹿なことと思いたいけど、魔法がある世界ならそのくらいのことはあるかもしれないなんても思ったりする。
「んっ、スタークの十二年ってのもおかしくないか。もしかして異世界は人間の寿命がそもそも違うのか?」
「オレが商会に入ったのは十三の時だ。寿命がおかしいのはごく一部の話だ。一緒にすんな」
「十三って、まだ子供じゃないか……」
向こうでなら中学生だ。とても働くような年齢ではない。
それは異世界だろう変わらないはずで、そんな歳から働くには当然それだけの理由があるわけで……。
「確かに子供だったな。オレは生まれ育った村を貴族たちの都合で焼かれた。それも一方的にな……。村の人間はオレを含めて十数しか助からなかった。親も、兄妹も、友達も、みんな燃えちまった。運良く助かっちまったオレは同じような思いをした仲間をつのり、貴族たちに復讐しようと考えた」
スタークの言葉はとても他人事には思えなかった。
それどころか、この男は同じだったのだ……自分と。
復讐というその言葉に心がざわつく。
その情景すら頭の中に浮かんでくる。
全てを焼き尽くす赤い炎が記憶の底で揺らめく。
◇◇◇
「運良く生き延びて一年と少しが経った頃だ。新しい街に引っ越すってんで、仇の貴族が大っぴらに姿を見せた。今じゃあり得ないことだが、オレたちは意図せず復讐の絶好の機会を得たわけだ」
今や貴族たちは自分の住むところから、わざわざ自分が動くこともほとんどないらしい。
貴族たちは誰もが満足のいく場所に住み、必要なものを必要なだけ用意する者が側にいて、不必要なものを排除する事もできて、何不自由ない暮らしをしているから。
「絶対にぶっ殺してやるつもりだった。人が集まると思った通り見物人は山ほど集まり、人混みを利用して貴族に近づくことも簡単だった。後は機を見て飛び出すだけで、一斉にオレたちは飛び出した……はずだった」
スターク以外の人たちは同時に飛び出し貴族に向かったが、スタークだけは飛び出すことができなかった。
会長が腕を掴んでスタークを止めたからだ。
たまたま近くにいた子供が何をするつもりなのか、結果がどうなるのかも予想できたから、会長はスタークを止めたんだろう。
「オレが会長の腕を抜けて前を向いた時には全て終わってた。十人いた仲間は眼を離した間に全員死んでたんだ。そんなことになるとは思ってもいなくて、オレは地面にへたり込んだ。その後は街の裏に連れて行かれて、会長に思いっきりぶん殴られた」
たかが人間にも勝てない奴が貴族に敵うわけがないと、立ち上がれなくなるまで会長に叩きのめされて、思い知らされたとスタークは言った。
だが、それでも諦めることはできなかったとも言った。
そんなスタークを会長は連れて帰り、そこからスタークは商会で働き始めたらしい。いつか必ず復讐の機会を作ってやると言われて……。
「今じゃ会長に感謝してるぜ。血反吐を吐く思いをしただけあって、何も知らなかったヤツが魔物相手に戦えるようになった。それに、会長の言った機会ってやつはもうすぐだと思うんだ。空に現れた魔法陣を見た時にそんな予感がした。ユウ、お前さんたちが現れたことが始まりなんじゃないかと思うんだ」
スタークは「お前さんには期待してるぜ」と言い、その後すぐに寝てしまった。
俺たちは似たような境遇だったけど、根本が違った。
俺たちの違いは一人は復讐を決め、一人は何もせずに諦めたということだ。
だけどそれは、ただ一切の感情を仕舞い込んで誤魔化し、無理だと諦めたフリをしてきただけだ。
誰にも悟られないようにしようと、気づかれないようにしていようと、何も消えて無くなったわけじゃない。
心の奥底に封じ込めたそれは、時折顔を出して囁いてくる。こんな話を聞いた時なんてまさにそうだ。
『オマエはアイツラを生かしておいていいのか?』
『どうしてオレだけがこんな思いをしなくちゃいけない』
『同じ目に合わせてやれよ。誰も彼も跡形も無く燃やしてやれ』
そんな囁きに耳を貸さず、湧き出してくる感情をその度に俺は押し殺す。幾度も幾度も繰り返すうちにそれすら日常になる。
とはいえ、こんな状態で眠れるわけもない。
「──ダメだ。眠れるわけがない。いっそ散歩でもしてみるか」




