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できそこないの勇者 『ツイノモノガタリ』  作者: KZ
 火神 優(かがみ ゆう)
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異世界にて

 眼の前には魔物だという生き物の群れ。

 背後には泣いている幼い兄妹。

 周囲の植物は色も形も現実離れしていて、生えている木の一本一本ですらありえない高さに見える。


 この現実離れした状況はいったい何で、この睨み合いの状況はもうどのくらい続いているのだろう……。


 周りの木々の隙間から差す光から、始めは薄暗かった辺りが明るくなってきているようだとはわかるが、正確な時間まではわからない。


 それがどうしてかと言えば慣れない状況と緊張に時間の感覚は曖昧で。

 外した腕時計が入った荷物の類は全て向こう(、、、)に置いてきてしまったようだからだ。


「……(ゴクリ)」


 魔物だという生き物がこちらにジリっと一歩迫る。

 魔物は半透明でプルプルしていて、まるでゼリーのような身体をした生き物。

 子供たちいわくスライムという魔物であり、人を丸ごと飲み込む生き物だと泣き出す前に聞いた。


 とても現実だとは思えない生き物。

 さっきまでの日常ではありえない場面。

 まるで物語のような展開。

 初めて体験するこれらに、「本当に自分は異世界にきたんだ」と実感が湧いてくる。


「だけど、いきなりこれをどうしろって言うんだ。難易度としては高すぎるだろ……」


 先ほどから恐怖による喉の渇きとは逆に、身体からは冷たい汗が出ている。

 加えて膝も震えていて子供たちのように泣いていないだけマシでしかない。


 もし自分も子供たちのように動けなくなってしまえば、そこで全員が終わりだと思うから、どうにか踏み止まれているだけなのかもしれない。


「だい……」


 不安だろう子供たちに「大丈夫だ」と言うつもりが、驚くことに言葉が最後まで出ない。

 勢いがあった最初なら言えたはずがスライムをどうすることもできない今、気休めの言葉を口にするのを無意識にためらってしまったようだ。


 意識を取り戻したらこの森の中に倒れていて、静かすぎる中で聞こえた声に誘われるように歩いた。

 そして近づくにつれ声は助けを求める子供の声だと気づき、スライムに出会してしまった兄妹を見つけ、とっさに間に割って入り子供たちを庇い、近くにあった大きな木を背にするところまではよかったのだろう。


 だが……よかったのはそこまでだ。


 強そうには見えない見た目だったし、スライムと聞いて何とかなるかもしれないと思った時もあったが、今はどうにもならないと知ってしまった。

 木を背にしたのは失敗だった……。

 それをスライムたちは知ってか知らずか、ズルズルと音を立てて、少しずつ少しずつ近づいてきている。


「──わざとやっているなら相当に趣味が悪いぞ」


 もうすぐそこまでスライムは近づいているが、何よりの問題はスライムが通ったところは地面が見えていることだろう。

 草も、植物も、石だってあったはずが今は土しか見えない。


 スライムが通った跡にはあったものが全て消えた地面がある。

 これが溶かしているだけか、食っているのかは不明だが、捕まったら終わりだというのは確かだ。


 近くにあった石を投げても無意味だった。

 石はスライムの中に入りはしたが何のダメージにもならず、少しすると消えてなくなった。

 それで素手では触れないと理解し、後は打つ手もなく時間だけがすぎた。

 残るのは逃げるという選択肢だけだ。


 しかし自分以上に怯えていて、泣いて座り込んでしまっている子供たちをどうする?

 ……動けないからと見捨てるのか?


 いくらスライムの脚が速くなくても、動けないのではスライムの方が速い。

 慣れない森の中でも走れば振り切れるだろうが、それは動けるなら、走れるならだ。


 何も知らない場所で、足手まといが二人もいて、スライムを振り切らなければならない状況で全員で逃げるのは無理だ。

 子供を二人も抱えては移動も不可能になってしまう。


 やはり俺に残る選択肢は限られている。

 このまま三人で死ぬか、自分一人でも逃げるか。選べるのはそれくらいだ。


「……(ゴクリ)」


 俺は自分にできることはした。

 その上でこんなところで全員で死ぬくらいなら、見ず知らずの子供たちを囮にして逃げるのが最善だろう。


 ここは人気のない森の中で他には誰もこれを見てない。

 俺は誰とも出会わなかった。それでいい。それでいいんだ。


 自分がどうしようもなく嫌になるが「ごめん」とすら口に出せず、子供たちを見捨てて一気に走り出す。

 後ろから聞こえるすがるような声には答えない。


 ああ、決断してしまえば後は楽なもんだ。

 振り返らずに前だけ見ていればいいんだから……。

 でも、どれだけ自分がすごいと言われようと。どんな力が自分にあろうと。それを使えないならないのと同じだ。

 だから、これは仕方ないことなんだ。


「──最低だ。でもさ。仕方ないじゃないか」


 急に異世界に行けと言われて。

 ろくに話も聞けずに。

 その聞いた事とも違うところで。

 いきなり魔物なんてのをどうしろって言うんだ。


「俺はこんなとこで死ねないんだ」


 そんな言い訳と保身だけを繰り返し、明るくなってきた森の中を俺は一人で走る。

 また、逃げるために……。


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