イワキの地を目指して ④
カレンの見つけた騒ぎの元は、飴細工の屋台だった。その屋台の店主と客が、屋台を挟み、何やら口論しているとのことだった。
初めは野次馬が多くて近づけず、見物している人たちからそう聞いた。大したトラブルではなくて良かった。
「ですから、お代を貰うわけには……」
どうにか人混みを進み、口論している二人の会話が聞こえるところまでこれた。
これは、カレンには待っててくれと言って正解だったな。一人でなかったら進んでくるのは無理だった。
「──なんです。ジャンプしないと台のところに手も届かないやつからは、お金を貰わないと? それとも……単に子供扱いしてんのか? おお、なんとかいってみんかい! われぇ!」
進んではきたが、この位置からは前にまだ人がいて、全体を見ることができない。店主の人の顔がかろうじて見えるくらいだ。
しかし、口論の相手の後ろ姿すら見えないのと、店主の視線が下を向いていることから、相手は背の低い人物。本人が言ったように、子供くらいの身長しかないのだろうと分かる。
そして、まさか今の声は……。
「飴一つでこんなにはとても貰えないですし、お忘れかもしれないですが、私は以前、貴女に身体を診ていただいたことがあるのです。こうして商売が続けられるのもそのおかげ。どうか、お礼と思って受け取ってください」
確信を得るためにも間に割って入るためにも、もう少し前に行ければいいんだけど。
もうちょっと。もうちょっとだ。よし抜けた! ようやく一番前まで出てこれた……。
「そのお金は快気祝いよ。黙って受けとらねーか。私に恥をかかせるんじゃねーよ。です」
屋台のトラブルと聞けば、金を払わない。難癖をつける。そのどちらかと思ったがどちらも違う。
まず、金は払われている。それも屋台の飴を全部買えるほどにだ。下手するとそれでも余るかもしれない。
その額を払って飴一つでは、逆に店主が困るのも無理はない。お釣りはいらないと言われてもだ。
「ですが、やはり受け取るわけには……」
「頑なですね。素直に受け取ればいいものを。困った……」
次に、互いの理屈がそれぞれ変なふうになっている。店主がお礼をしたい気持ちと、女の子が祝いだと言う気持ち。どちらも否定はできない。
互いに譲る気がない二人。これはもう、どちらかを折らせないと収まりがつかない。
なら、知っている方を折らせる方が簡単だ。
「何をやってるんですかマナさん?」
ようやく見えた後ろ姿で確信した。その青い髪と、子供くらいの身長と声。
屋台の店主と口論していたのは、この人だ。カレンは騒ぎの中に、マナさんがいたのに気づいていたんだ。
「んっ? ユウくん、久しぶりですね! 見てたんなら、何とか言ってやってください。このおじさんに!」
「マナさんが迷惑になってますよ。はっきり言って商売の邪魔です。こんなに屋台の前に人集めて。これ、営業妨害ですよ」
「本当だ! いつのまにかこんなに人が。これはいけない。また、怒られてしまう」
前にしか意識がいっていなかったらしく、指摘されて後ろを見て驚いている。
単なる野次馬にしては、数が多い気が確かにするが、原因はこの人なんだから怒られるのは仕方ないだろう。
「飴一個に金貨出してはダメでしょう。定価で買うか、その分買うかしないと。買わないなら金貨をしまってください」
「しかしですね。一度出したのを引っ込めるなどできないのです!」
「なら、その金貨の分きちんと飴を貰ったらいいじゃないですか」
「そんなに食べきれるわけねーだろ! あと、虫歯になる! 飴だからってなめんな!」
マナさんに金を戻す気はない。かと言って、店主は受け取らないか。だったら。
「だったら、その金貨で飴を全部買って、周りの人たちにあげたらいいじゃないですか。それで屋台を宣伝してあげれば、きっと営業妨害もプラスになりますよ」
「それだ! 事も収まるし、飴も全部売れるし、マナのめんつも守られるし、何より怒られない! 完璧です。ユウくんありがとう!」
大分、自分にとって都合が良いふうに考えているが、この騒ぎを収束させるにはいいはずだ。
「店主さんもそれでいいですか?」
「重ねて恩を受けてしまいますが、それで先生の気がすむなら。私はそれで構いません」
「じゃあ決まりで。ほら、マナさんは迷惑かけたんだから売り子してください」
「任せてください。看板娘の名は伊達じゃないと見せてやりましょう!」
これで飴は全部なくなり、騒ぎは収束を見せた。
マナさんの働きぶりは看板娘を自称するだけはあって、普段からこうだったらいいのにと思わせるほどだった。
※
飴を貰ったはずの人たちが散っていかない。
もうマナさんは騒いでいないのに。自分も貰った飴にかじりついているのに、それでも人が屋台の前に残っている。
「ユウくん、食べないんですか?」
「ちょっと気になることがあって。どうして、みんな残ってるのかなって思って」
全員が様子を伺っているようにも思える。だけど、その目的も理由も分からない。
……そういえばカレンはどこだ? 人はいるが囲いはなくなった。こようと思えばこれるはずなのに。
「うーん、飴がもっとほしいとか?」
「それ、自分がじゃないですか。はい、よかったら俺の分もどうぞ」
「くれるの? ユウくん、名前の通り優しい!」
マナさんには分からないようだな。
この店仕舞になった屋台は関係なさそうだし、野次馬は野次馬だけが目的じゃない? 他に何が……いや、それよりカレンだ。
「マナさん。また後で!」
「ユウくん、実は忙しかったんですか? なら、しょうがない」
ふとした瞬間、ある異変に気づいた。思い思いの場所にいたはずの人たちが二つに割れていく。
その間からは、明らかに避けられているのを気にしたふうもなく、マナさんと同じように知っている人が歩いてきた。隣にはカレンもいる。
「あっ、カレンちゃんだ! 飴食べますか」
「カレンと会長」
「──会長!?」
二人がこちらに歩いてくるにつれて、人集りは離れていく。俺たちの前にくる頃には、屋台の店主以外は誰も近くにいなくなっていた。
「──はっ!? これは違う。違うんです。マナのせいではなく、そう! ユウくんのせいです!」
「騒ぎの元凶はお前か、マナ。ふらふらいなくなるなと、何度言えば分かる」
「ごめんなさいーー」
誤魔化しも効かず、危険を察したマナさんは一目散に逃走した。だけど、会長はマナさんを追いはしない。
「まったく……」
呆れたようにそう言うだけだった。