嘘と本当
嘘をつく理由があるとするなら、それは本当を隠すため。本当を見えなくするのに嘘で塗り固める。
けど、その本当すら真実とは呼べないとしたら? 塗り固められた中身すら嘘だったら? その本当はどこにあるのだろう。
『さっすが亮司くん。やるぅー』
呪いを斬り捨てた男に対する謝辞。
演じる必要がなくなったキャラクターは捨てた。
つまり、これが黒崎 優と名乗った男の本当。
「……まだいたのか?」
『いんや、もうゲートは越えたよ。声しか伝わんない。それも、もうじき終わるけどね』
「戻ったら覚えていろ。この落とし前はつけさせる」
『ははは、こわいこわい。でもきっと……亮司くんは感謝すると思うよ。鈍りきってたままじゃ、死んでたかもしれないからね』
目的は達成された。己と誰かと誰かとの目的が。
それはとても複雑で、一度には達成されないであろう全てを、男は一度に達成させた。
「このくらい鈍っていようとやれたさ。見くびるなよ」
『違う違う、その足元の一番くんじゃなくてだ。本番はこの後だよ。すぐに分かる。お互い生きて再会できたら飲みにでも行こうよ』
「一番君? そういえばこれは誰だ」
『見覚えくらいあるはずだぜ。いくら役に立たなそうでも。いくら捨て駒でもよ』
そして男には望まないものがある。それは死という誰にも訪れる終わり。
その終わりを嘘でも男は望まない。それは誰よりも生の意味を考えるから。
だから、死ぬはずの捨て駒を助けたのだろう。
「……そうか。最初から役に立ちそうにないとは思っていたが、役に立たないどころか、足を引っ張るほどだったか」
『イラついたからって殺しちゃダメだせ。そいつに価値はない。けど、それは死ぬだけの理由にはならない』
「すでに向こうにいるというのなら、もう手は出せないだろ? 口だけでなんとか出来るか?」
『もちろん出来る。そういうのは得意だ。理由を付けるなら、亮司くんがそこで殺すわけはないってのが一つ。殺す価値もないってのも一つ。後一つはお楽しみってことで! さっき亮司くんのデスクに封筒を置いといた。とりあえず中を見てほしいかな』
立場のある人間が直接手を下すことはないと。
必ず置いてきた資料に目を通すと自信があった。
「これは……尚更、彼を生かしておく必要がないような内容だな。これでは土神も黙ってはいないだろ」
『そう。そうなんだ! 死ぬはずの奴が予定通りに死にもせず、面子を汚すようなもんだからな。そんな恥晒しを生かしとくほどウチは甘くないんだ』
「手を出す必要がないというのは理解した。彼を土神に引き渡すのが僕のやることか?」
『それじゃあ消されちまうって。普通に警察呼んで、その封筒と一緒に引き渡してよ』
理解の早さも取るであろう行動も予測済み。
最も、それは一番合理的なやり方であるとも知っていた。火神 亮司がそういう人間だと知っていた。
「それに意味があるのか? 結局、土神からは逃れられない。檻の中でも塀の中でも、逃げ場のないのは変わらないと思うが」
『とっておきの免罪符があれば別だ。流石に封筒の中身のことは知ったこっちゃないが、今回のこれに関しては、この土神 乃亜が一切の責任を負う。ソイツがやらされたって言えば無罪放免。塀の中で安心して過ごせるってわけだ』
「それには僕の証言も含まれてる気がするが?」
『当たり前じゃん。四家の筆頭様が言ったことならって付くのはよ。勘違いしないで欲しいのは、これはお願いじゃないってことだ。既に亮司くんには貸しがある。その貸しを返してくれよ』
お願いであったなら、亮司は土神を敵に回すような可能性のある選択はしなかったろう。
言われたままにしたのは、貸し借りという言葉があったからだと思われる。それはこの場でのことではなく、もっと前にあった出来事に起因する。
※
「封筒は二つあるようだが……」
『そっちはオマケだ。下手するともう始まってる遊戯に関する資料だ。知り得た全部をまとめておいた。役立ててくれよ』
「ゲーム?」
『詳しい内容は資料を読んでくれ。もう限界らしい』
「なら、最後に本当の目的を聞こうか。あれやこれやと理由を付け。さも本当のことのように語り。こうして文字に残しているが、どれもが嘘にしか思えない。ノア、本当の目的はなんだ?」
『それは世界を救ってヒーローになりたいってやつに決まってんだろ!』
「嘘をつけ。お前はそんな奴じゃない。目的は優だな」
『……だとして、もう手は出せないよな。理由は知らないが、こうでもしなくちゃ接触できなかった。何も知らないのは本人だけだ。亮司くんこそアイツに生きてられちゃ困るのか? それとも逆か? どっちだ……』
「答える義理はない」
『はっ──、なら好きにやるまでだ。火神の秘蔵っ子に風神の姫。水瀬の魔女にとびきりのイレギュラー。ウチだけどう見ても役不足だったがこれで対等。あるいは一歩先を行くボクが優勢かね? 何人脱落するか楽しみにしてな』
「二人だな。脱落するのは二人だけだ」
『それは優ちゃんと一緒にいる風神の姫か?』
「一人は分からないが一人はお前だ。何をどうしようと起きる事は変わらない。入れ替わろうと入れ替わるまいと結果は同じところに行き着く」