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 捨て駒 ⑦

 呪いという治らない病に蝕ままれながら一カ月、二カ月と長い長い我慢の時間を過ごし、ついにその時が来た。7月20日。その日が異世界への扉が開く日と知らされた。


「これまでの観測結果と予知の結果を総合し、7月20日がゲートが開く日と判明しました。確率は、ほぼ100パーセント。ほぼである以上、数字に誤差はあるでしょうが、そこから生まれるのは時差程度の誤差です。他のメンバーにも────」


 しかし……そんなことはどうでもいい……。

 ようやく呪いから解放される。これの方が遥かに重要だ。

 時期も悪くない。夏休みと重なる。

 夏休み明けを待たずに海外に行くには丁度いい。


「──さん。聞いてますか? 重要な内容ですよ」


「もちろん聞いてますよ。続けてください」


 そんな意味の無い話なんて、聞いていてもいなくても変わらない。そんなことより、この吉報を早く喜びたい。

 ようやくだ。ようやくこの試練のような日々が終わり、やり直すことができるんだ。あと少しで終わる。あと少し我慢すれば0になる。


「報酬はこちらに前金で一億。戻られたらもう一億。一人十億ではなく、五人で十億となってしまったことはお詫びいたします」


 今日、待ち合わせにスーツの男が持ってきたアタッシュケースには一億という現金が入っていたらしい。

 流石に現金で一億もの金を見たのは初めてだ。


「ああ、あれは半分冗談だったんですが、まさか本当に十億用意してくれるとは思いませんでした」


「……安過ぎるくらいだと私は思います。口止め料込みで一人二億というのはね。しかし、この国のトップたちは事態を本気にしていないのです。この額が出ただけ良かったと思ってください」


 内容に対して報酬が安過ぎるのは間違いないが、この金も僕の手には入らないのだから、いくらでも同じだ。

 それに、どれだけ安全性に気を付けていても絶対なんてない。見ず知らずの奴が施す魔法なんて信用する気にならない。他の四人……いや、五人全員がいかれてる。


「では、繰り返しになりますが異世界と呼ばれるもう一つの世界について。これまで伝えた我々が知ることの確認と、あちらでの動きについての確認を。書面に残すことはできませんのでしっかりと頭に叩き込んでください。いかに支援の魔法が優れていても、敵は強大です。立ち回りは貴方がたの命だけでなく、世界の命運をも握っていることをお忘れなく」


「えぇ、分かっていますとも」


 黒崎(くろさき)というあの嘘吐き男も、異世界とかいう場所に行って死ねばいい。奴らが失敗し、日本が消えようと国外に出れば関係ない。

 そもそも、世界が無くなるとか終わるとか、漫画やゲームに影響されすぎているとしか思えない。魔法が存在しようとそんなことが本当に起こるわけがない。



 ※



 正体を明かし、呪いを掛けた犯人であるとすら自白した男は、その前後で何事もなかったかのように接してくる。初めて会った時と同じように接してくるのだ。

 普通に電話に出て、普通に会って会話して、普通に次会う約束をする。こいつはどういう神経をしているのだろう。ずっとそう思ってきた。


「やあやあ、一番君(いちばんくん)。一億っていうのは重かったかい?」


「まあ……」


 だが、この顔を見るのもあと少し。あと数回。そう思えば我慢できる。


「……嫌われたもんだ。時間を掛けるのもなんだし、早速取り引きといこうか。はいこれ。お代は一億となっております」


 アタッシュケースと引き換えに渡されたのは一枚のカード。真っ黒で何も書かれていないただの紙だ。

 こんなものが本当に使えるのかと思うのは当然だろう。訝しむ僕に向こうもそう思ったのだろう。口の減らない嘘吐きはすぐに喋り始めた。


「それ、見た目はアレだが制作に二カ月を要した。万が一に備えて加工してあるから、燃えも破れもしないんだぜ。それに、黒いのは塗ってあるからじゃあないんだ。真っ黒で何が書いてあるのか分からないほどに、びっしりと必要な情報が書き込まれている。それが、──って何してるんだい?!」


「燃えないと聞いたので、試しに燃やしてみただけです。本当に燃えないんですね」


 どんな仕掛けなのか燃えない。

 ライターで炙っても燃えも、匂いすらも発しない。

 握り潰そうとしても形も変化しない。


「おい、高校生。ライターって、煙草かい? あれはやめた方がいいよ。身体に毒だ」


「そんなことより。これだけですか?」


「ああ、それだけだ。あとはそれが魔力に反応して勝手にやってくれる。当日、君はそれを持ってるだけでいい。それで君に掛けられた支援の魔法は消え、何故だか君の異世界転移は失敗する。ついでに呪いもキャンセルされるというわけさ」


 魔法の失敗は僕のせいではない。行う奴の責任だ。

 ゲートが閉じれば次の機会もない。なら、異世界へなど行く必要自体がなくなる。

 この嘘吐き男にもここだけは嘘を言えない。絶対に。


「しかし、一応転移魔法は発動する。それで異世界へではなく、僕と君の位置が入れ替わるというわけだ。誰が見ても事故に見えるし、誰が見ても悪いのは君じゃない。我ながら実に上手く考えたもんだ! 君もそう思うだろ?」


「はい。そう思います、黒崎(くろさき)さん」


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