捨て駒 ⑤
途切れた意識が戻ったのは、なにかの薬品の匂いがする場所だった。室内からは分からないが、病院だと言われればそうだろう。
横になっていたベッドの近くには男が二人。何度も打診にくるスーツの男と、医者らしい白衣の男。
「目ぇ覚めたか? んじゃ現状を説明してやる」
短髪で彫りの深い顔の白衣の男。この男、よく見るとおかしな風体をしていると気付いた。白衣の下が和装なのだ。その上から白衣を着ているらしい。
「まずは彼から話を聞く方が先かと」
打診にくる男の方はいつもと同じスーツ姿。ただ、怪我をしているのか頭と右手に包帯が巻かれている。
「それもそうか? まあ、何でもいいけどよ」
男たちに「あの場所で何があったのか?」と問われ、覚えていることを包み隠さず答えた。何故かと言えば、最後の言葉が、とても記憶に残っていたからだろう。
それをひとしきり聞いて、白衣の男が口を開いた。
「簡単に言うとオメェは『呪われた』って状態なわけだ。それも、ほっときゃ三日で死ぬ呪いだ。見えるって言う、その黒い斑点が全身に回ったらあの世行きだ」
「治せないんですか……」
「オレは名医だが病気じゃねーから無理だ。出来るのは進行を遅らせることくらいだ。それにも限度があるけどな。まあ、諦めてすっぱり死ぬのもいいんじゃねーか? 死ぬほどのたうち回って、最後には死ぬわけだけどな」
「そんな……」
呪い。それも治せない。取り除けない。
それは言われても納得いかない。
けど、絶対ということが一つだけ理解できる。
それでは間違いなく死ぬということがだ。
「死なれたら困るから、こうして診ていただいたのですが」
「そうは言ってもお手上げだぜ。こんな強い呪いがこの時代にあるなんてよ。だいたい、呪う方も呪う方だが、呪われる方も呪われる方だ。こりゃあ、因果応報ってやつだな」
白衣の男の他人事だと言わんばかりの反応。
両手を上げてみせる仕草がカンに触る。
「他人事だと思って……」
「他人事だろ。オレに何の関係がある? 勝手に死にゃいい。だが一応、医者を名乗る以上は診るだけ診た。無理だと判明しただけだったけどよ。ご愁傷様です」
とても医者の台詞ではない。
こんな人間が医者であるはずがない。
「──ふざけるな! 何も出来ないくせに医者だなんて名乗るな! 僕を誰だと思ってる!」
「知らねーよ。オメェのことなんざ。診察は終わりだ。治療費はいらねぇから帰れ」
「このっ──」
掴みかかろうとした手は後ろから止められた。異常なほどの力で、諦めて腕の力を抜くまで握られ続けた。
そして交代と言わんばかりに、僕を後ろに押しのけ自分が前へと出るスーツの男。
「若いねぇ、だけどよー、ハシャグと寿命が縮むぜ? 3日ある命が3分になるかもしれないぜ。死ぬにしても他所でやってほしいねぇ。縁起でもねぇ」
「──海里さん」
海里というらしい白衣の男。
こいつが今言ったことも正しいようだ。
少しのことで簡単に息が上がり、全身に痛みが走る。立ってすらいられなくなりそうだ。
「なんだよ。悪いのはオレか? 呪われるような野郎じゃなく、そんなカスを診てやったオレが悪いのか?」
さっきも因果応報と言った。
今も呪われるような野郎と……。
「口が悪いです。もう少し、らしい言葉づかいをしてください。それでよく務まりますね」
「そりゃあ、普段は口うるさく言われるからな。基本的に無口も無口。余計なことはおろか、必要なことも喋らねぇからよ」
何一つバレる要素は無いはずだ。
上手くやったし、上手く抜けた。
でも、もしかしたら……。
「どのくらい進行を遅らせることができますか?」
「……このカスに何があるんだ? お上のお願いとあっちゃあ断れねぇから黙っていたが、そろそろ教えろや」
「分かりました。しかし、ここではちょっと」
「んじゃあ、オレの院長室に行くか? これは見張らせとくから大丈夫よ。オメェは死にたくなきゃ大人しくしてろよ」
勝手にいなくなってくれるのはありがたい。
一人で考える時間がほしかったから。
※
「──はぁ!? 土神はあんなのを向こうにやるつもりなのか? 冗談だろ、ありゃあ一般人と変わらねぇぞ」
「……それほどですか?」
「そうか、オメェには分かんねぇのか。ありゃあ出来損ない以下だぜ。土神らしいと言えばらしいけどよ。これは参ったな……亮司のヤツは知ってんのかい?」
「ええ、何か考えがあるとか」
「おそらくそれにアイツは含まれてねぇぜ。亮司のヤツはクソ合理的だからな。使えねぇ駒には、ハナから期待もしないはずだ。無いものとして進めるだろうな」
「……」
「うわー、どうしよう。オレはガチな面子が集まんだと思ってよ。もう娘に話をしちまったんだが! そんなヤル気のねぇ面子が集まるんだとしたら、ウチだけ気合い入ってるみたいでカッコ悪いじゃねぇか!」
「海里さん。水瀬は本気なんですね?」
「──あぁ?! 変なこと言うな……。世界の危機だぜ。捨て駒出してる場合じゃねぇだろうが。マジで取り組まねぇと本当に世界が終わんぞ。で……火神と風神はどんなヤツを出すのか教えて──」
「機密情報です。いかに貴方だろうとお答えできません」