すり替わり
「対象の反応が消失。偶然、例の場所に迷い込んだと思われる。これよりその救助に向かう」
消えたのは一人の少年。
迷い込んだのは二つの世界の狭間のような場所。
偶然。迷い込む意外にはそこに立ち入る術は無い。
ならば、偶然なんだと思うのが普通。
『了解した。近くの警察に辺りを封鎖させる。こちらからも事後処理を考え、バックアップを派遣する。脱出したらまた連絡を』
男が少年の反応が消失したと連絡を受け、その地点に到着するまで三十分ほどが掛かっていた。連絡を受けるまでの時間を考えると、更に時間は経過しているだろう。
ここからバックアップの到着を待っていては、手遅れになると男は判断し一人で狭間へと足を踏み入れる。
「電波の類は通らないんだったな……」
男の目の前には空間に亀裂があり、その亀裂には驚くことに、向こう側が存在している。
今いる公園の駐車場と同じ風景が向こうにも広がっている。これでは分からずに迷い込む可能性は十分にある。
『ああ、以降一切の連絡は不可能となる。生物は存在しないらしいが、油断するな』
くぐるのは簡単だ。位置さえ分かれば。
戻るのも簡単だ。位置さえ覚えていれば。
しかし、どちらとも出来るならと言う他ない。
「了解」
通話を切ったわけではないが、一歩向こうに入った瞬間に通話は終了した。圏外の表示となっている。
背後には空間に亀裂があり、帰り道が残っていることが確認できる。男は帰り道があることに安堵し、意識を切り替え少年を探すべく正面を向く。
その時だった──
音は無く気配も僅か。だが、確実に感じた殺気。
それは今まさに見ていた背後から感じた。
まるで亀裂の裏。見ていた箇所の裏側に、誰か潜んでいたかのように感じた。
「ありゃ、不意打ちのつもりだったのに止められちゃった。やるねぇ、予想外の手練れだ」
紛れもなく不意打ち。防げたのに理由があるとするならば、経験という襲撃者には足りないであろうものが男にはあったからだ。
決まると思った背後からの手刀の一撃を受けとめられた若い男は、驚いたようなことをわざとらしく口にした。その顔には笑みが見える。
「お前は何だ。どうしてここにいる」
仮に答えたとして、「はいそうですか」とはなりはしないが、形式として尋ねる。
「ナイショ、僕は秘密主義なんだ。何も教えないよ。ただ、黙ってやられてくれればいいんだ」
男はその言いように降伏の意思は無しと判断し、掴んだ腕を捻ろうとして力を加える。だが、捻られる側がその方向に勢いよく踏み込む。
すると掴んでいた手は滑り、勢いに負け掴んだ手が離れてしまう。
「ちぃ──」
お互いに1メートルくらいの距離ができ、相手が次の行動を起こす前に互いに動く。一人は距離を取ろうとし、一人はそれをさせまいとする。
男が懐から取り出した拳銃を構え発砲するまでと、距離を取ろうとするのは実は嘘で、本当は前に出る構えだった男とがぶつかる。
「威嚇もなしで発砲。ここをどこだと思ってるんだ? まあ、その判断は正しいし、それじゃあ結局どうやっても同じだったんだけどね」
三発、銃声はした。そのどれもが間違いなく命中した。けれど、若い男の身体の当たったはずのところには何もない。
「ぐっ……馬鹿な。今のは……」
撃たれても無傷な若い男に対し、撃ち抜いたはずなのに勢い止まらず腹部を殴られた男は膝をつく。
殴られてからそれが狙いだったのだと気付いても遅い。もう致命的だ。
「見誤ったね。ちゃんと魔法を使うべきだった。残念だけど鉛玉で鉄は貫けない。次からは気を付けなよ」
膝をついた男は少し押されたら倒れてしまう。
その手から落ちた拳銃を若い男は拾い上げ、倒れた男に向ける。
「何者だ……何が目的で……」
男は計画された襲撃であるとは理解した。しかし、この男が誰で、何が目的なのかは分からない。
そしてそれは是が非でも知り、伝えなくてはいけない。例え自分が死んだとしても。如何なる手段を使っても。
「言ったろ。秘密主義だって。でも、名前くらいは名乗ろうかな。上手相手だったからと、少しばかり卑怯な真似をしてしまったしね。僕は黒崎 優と言います。よろしくね」
勝ち誇ることはせず、構えた銃を下ろそうともしない。そして平然と嘘を口にする。やはり、何も真実を言うつもりはないようだ。
「……なんだと……。何故、候補者の名前を知っている。最重要機密情報だぞ」
男は嘘の中に混じる情報から真実へと辿り着く。
それには本当のことを知っている必要がある。
「さあ、何故だろうね? もう分かってると思ってるけど、ここまで概ね全て予定通りだ。一撃目を防がれたのと、一番君が思った以上にクソな意外はね」
何が本当で、何が嘘なのか。
それを見極めるにはどうすればいいのか?
どこからが嘘で、どこまでが本当なのか。
「勘違いしないで欲しいんだけど、これは人助けなんだぜ。あの一番君では役に立たないよ。まさしく捨て駒。何をどうしようと死ぬ。それは可哀想だろ? いくらなんでもさ。だから、僕がその席を貰う。彼の代わりに世界を救うのを手伝うよ」
「そんなことを決める権利はお前に無い……」
「それはどうだろう。行きたくない奴と行きたい奴とは利害が一致する。足りないピースもこうしてうまった。あとはやり方次第だと思うんだけど?」
「私が協力すると?」
「するよ。間違いなくね。無理矢理そうさせることも可能なんだけど、自主的に協力してほしいかな。さて、どうする? 土神との繋ぎ役さん」
嘘の中から真実を見つけるのは難しい。なら、真実の中から嘘を見つけるのは簡単なのか?
答えはどちらも変わらない。同じくらいに難しい。
「一回しか言わないからよく聞いて答えてね。僕は────っていうんだ。もちろん知ってるだろ? 僕とあの出来損ない以下とを比べられるかい?」