次への旅立ち
♢24♢
いつもの変わらない風景。
行き交う人々も多い道。
どの学校も夏休みに入り、自分たちと同年代が町中に目立つ。
その多くが携帯を手に持ち、何事かを確認しながら移動している。
そういうアプリが流行ったのは覚えているが、その時とは様子が違う。
パトカーも多く走っているし、警察官も普段はいない場所に立っている。
その様子にも違和感を覚える。
「どうだ幽霊気分は。誰も気づかない、触れられもしない。世界には自分しかいないようだろ」
「レンはずいぶんと慣れてるわね。一人だけ浮いてるし」
「オマエらも早くしろよ。時間ねーんだから。地面蹴って飛ぶイメージだ。重さもないし痛みもない。この状態じゃ死なない」
レンの体を自動車が通り抜ける。
そこには何もいないと言わんばかりに、一切ブレーキもかけずに通り抜ける。
「……本当に幽霊みたいだな」
「そう言ってんだろ。行くぞ」
まどろっこしくなったのだろう。
僕とアオバさんの手を掴みかなりの速度で飛び上がり、そのまま進んでいく。
触れられた感覚はない。
飛んでいるわけだから風を感じると思うのだが、それもない。
まさしく幽霊。
自分はここにいると思っても、叫んでも、誰も気づかないだろう。
飛び上がり足元というか下の様子が見えた。
ありえないであろう現象が起きる。
「──えっ」
直前までいた場所から、携帯を操作していた数人が消える。裂け目のような場所に消えていく。
警察官は間違いなくそれを見ている。
……ただ、追おうとはしない。
周囲の人たちも同じく裂け目に近寄り消えていく。
「──レン。ちょっと待ってくれ。今そこで人が消えた!」
「……さっきからずっとじゃない」
さっきから?
自分が気づかなかっただけで人は減っていた。
「よくあることだろ」
「──あるわけないだろ!」
レンは止まるつもりはないようで、速度を上げ病院へと向かっていく。
今日は何日なんだ……。
異世界に行って二週間ほどだけど、こちら側の一ヶ月で異世界では半年くらいにはなると言ってたよな。
六ヶ月だから……。
つまりこちらだと十日間で、向こうだと二ヶ月くらい。
二ヶ月は八週間だろ。その内の二週間が過ぎた。
つまり誤差があっても、こちらだと二日、三日だよな。たったそれしか経過していない。
なら、今のはおかしいだろ。
あんな現象が起きるはずがない。
「ここか? ──アスカ、この病院か?」
「…………」
「テメェ、聞いてんのか……ダメだなこりゃ。ここだってことで行ってみっか」
「立派な建物ね。これが病院……。予想より驚かされるわね」
「ここは水瀬の……アオバに言ってもしょうがないのか。まぁ、普通よりはデカい病院だ。これが、この世界の基準じゃないからな」
「早く行きましょう! それとも勝手に見てきていい?」
「ご自由に。あんま離れんなよ。帰れなかったら幽霊の出来上がりだからな」
わかったー、そう声が遠ざかっていく。
♢
そこにいるはずなのに触れられないもどかしさ。
二つの意味で話しかけても声すら届かない。
最後に会った時と変化のない妹がそこにいた。
数日しか経っていないのだから、変化などありはしないだろう。
自分は何をしていたのだろう。
そんなことを思ってしまう。
来なければ良かった……。
どうすることもできないのだから。
例え、目的であった異世界の医者が一緒にいたとしても触診もできない。
快復手段など分かりはしないだろう。
「あら、私をみくびりすぎよ。触診できなくとも魔力の流れで異常は分かる。治せはしないけども、ここに来た意味はある。しっかりしなさいよ。お兄ちゃん」
「自分ももっとしっかりしろよ……。離れすぎんなって言ったよな? どこまで行ってんだ!」
「レンが、ご自由にって言ったんじゃない。私はやっぱりここに来たい。見ただけでそう思ったもの」
「……少しくらい遠慮とかしろよ。もう時間切れだ。まったく……」
アオバさんは触れることなく、魔力の流れとやらを見ているのだろう。
それを見ることのできない自分には理解できないよな……。
ふと思い出したことがあった。
「アオバさん。今思い出したんですけど、ムツの国で人に掛かる魔法を見たことがあるんですけど、それとは違うんですよね?」
「アスカ、オマエそんなこと言わなかったよな。アオバはそのまま続いてくれ。オレが聞く」
「それほど意味があることには思わなかったし、今まで忘れてた。サラサに言われてそんなことをした事があった」
ミネラに掛かる魔法を見た。
アオバさんの言う魔力を見るというのと、原理は同じなんだろか?
「──まて、更紗って言ったか? どうして……そういや、さっきもその名前に反応してたのか」
「レンもサラサって言ってただろ」
「オレたちの口にしてる更紗ってヤツは別人だ! ……参ったな。ムツの国で横にいたのも、オマエに魔法を教えたのもソイツか。どうなってやがる。あのウサギ、そんなこと一言も言わなかったよな!」
別人。偶然、同じ名前の人物がいるのか?
それとも、レンが狼狽えているように見えるくらいおかしなことなのか。
表情の分からない鎧の中を伺うことはできない。
「帰るぞ。アスカを連れて来たのは失策だったかもしれない。ソイツにこちらとの繋がりを持たすのはマズい……」
「繋がりを持つ?」
「……まさかだとは思うけどよ。そのサラサは妹のことを知ってたか?」
近くにいるのが原因だと言っていた。
黒は近くにいる同じ素養を持つ者にも影響するからと。
それは知っていたと言えるんじゃないだろうか?
「知ってた。僕が近くにいるのが原因だと言われた」
「──っ。そんなことまで知ってやがんのか? 狙いは動かせる体か」
動かせる体? それは誰のことを言っているんだろう……。
「おい、クソウサギ! 今すぐオレたちを引き上げろ! 強制的でいいからすぐやれ!」
レンの言葉により、すぐに変化は現れる。
僕たちの体は光となって消えていく。
「全部手のひらの上だったってわけだ。アルハザードのヤツも言いやしなかった。更紗と話したってのはどっちともって意味か! あー、やっちまった」
「ちょっとー、まだ途中なんだけど……」
「それどころじゃねーんだよ! これはどっかでひっくり返せんのか? 未来視に引っかからないなんて、とんだチートヤロウだ」
レンの声だけが響く中、再び異世界へと戻る。
アルハザードという男は言っていた。
その女とは手を切れと。
サラサは、何を、どこを、目指しているのだろう?
彼女の目的とはなんなのだろう。
♢
誰もいなくなった病室。
少女はよく知る気配を感じて目を開けた。
「──お兄ちゃん?」
その言葉は少年には聞こえなかった。
少年は一度も妹の名前を口にしなかった。
意味が無いと思っていたから。
しかし、意味のないことなどありはしない。
「アスカには感謝しなくてはな。まさか、潜り込めるとは思わなんだ。妾にも不可能なことをやってのける奴がいるとはな。世界とは意外と広い。そうは思わないか?」
「あなた、誰?」
「誰? ……難しい質問だな。自分が誰かなど誰にも分かるまい。ただ、与えられた名ならサラサという。お前は何という? 黒崎 飛鳥の妹よ」
少年たちの中には同じ名を持つ二人の彼女の分身とも言える力が宿っていた。
外からは誰も気づけない。気づかない。
本体には及ばないが、そこにあるということに意味がある。
これで二人分。
サラサという彼女は自分とは違う世界に分身を潜り込ませた。
一つ一つは小さくても、重なり合わせればどうだろう?
異世界に残る分身は残り三つ。
ワタクシのせいでしょうか?
……理不尽な扱いを受けるのは明白。
ここにではなく直接元いた場所お帰りいただきます。
しかし、微かにですが現実の方の変化を感じましたね。
変化とは、始まった遊戯に起因します。