仲間を得て 黒崎 編 4
……なんだこれは。
感じとしては白い空間に似ている。
ただ、あそこには何もない。
アンティークと思われる家具は並んでないし、部屋でもない。
真っ白なウサギがテーブルに腰掛けお茶を飲んでもいないだろう。
それに……。
「へー、本当にいろんなものが置いてあるのね。これとか面白いわね」
「下手に触らないでいただきたい! ちょっと、お嬢さん!」
「アオバは、お嬢さんって歳じゃねーだろ」
「──お嬢さん、投げないでください!」
ウロウロしていたアオバさんが、手にしていた食器をレンに投げつける。
それを俊敏な動きでウサギが横から奪い取る。
あのままだったらレンは食器を壊していたからだと思う。
「さっきのはなんだ。そして、ここはどこだ……」
「あんなの冗談に決まってるだろ。一回言ってみたかったんだ。秘密を知られたからには生かしておけないってよ!」
笑っている。この鎧男は……。
性格が悪い。性根から腐っているんだと思う。
「ここは本来は易々と入られては困るのですが」
赤い瞳のウサギが喋る。
間違いない、こいつは貴族だ。
「おっと、そうくるだろうと思いまして拘束してあります。ワタクシ、殺されるのは遠慮したい」
言われて自分が椅子に縛られていることに気づく。
「このウサギは大丈夫だ。無視しろ。ここは二つの世界の狭間。いるのはコイツだけだ」
「まさか、自分で連れてくるとは思いませんでした。出来れば二度とお会いしたくなかった」
「なんだとテメェ……。アスカじゃなくて、オレがぶっ殺してやろうか?」
「どれだけ経っても変わりませんね。そんなだから……」
「なんだ言ってみろ」
「なんでもありませんよ。彼らを連れてきた理由は?」
ウサギとレンは知り合いのようだ。
こいつは貴族とも関係があるのか。
「向こうに連れてけ」
「…………」
「意識だけなら出来んだろ。場所はアスカの妹の病院がある真裏の東京でいい。時間も掛けないからよ」
えっ……どうして。
「現在ゲートは閉じ世界間の移動は不可能。お分りですよね?」
「知ってるよ。ただ、ねずみ穴一つありゃ通れるともな。意識だけならできるよな」
有無を言わないレンの圧力がウサギにかかる。
「もしや……そこからいらしたので?」
「それ以外に手は無いからな。オレじゃ穴の位置は分からない。ウサギちゃんなら出来ると思って、わざわざ来たんだ。や・れ・よ」
「──待って。向こうに行けるの?」
「意識だけだし時間も限られてる。声もかけられないし、触れもしない。ちょっした幽霊気分を味わうだけだけどな」
それでも向こう側を覗けるのなら。
無事を確認できるのなら……。
「行ってみりゃ、無理かどうかもわかんだろ。それに愉快な催しも観れるかもな」
「ワタクシ、彼らには伝えるべきでは無いと思うのですが」
「そうもいかねぇんだ。事情が変わった。向こうのゲームは始まってんだ。コイツらには失敗するって道は無くなった。自分らがしくじったらどうなっちまうのかも教えておきたい」
「おっしゃる通りで。始まってしまった遊戯を止めるすべは現状ありません。駒の足りなさを補う策を用意しているとは思いませんでした」
僕たちには内容の分からない話だ。
反応しようもない。
「少々、お時間がかかります。少しお待ちを」
そう言い残し、ウサギはカーテンの向こう側に消えていく。
「レン。お前は誰で何を知ってるんだ。どうして話していないことまで知ってる!」
「残念ながら答えてやれることはないな。何も教えてやれない。オレは本当は干渉すべきじゃないんだ。ウサギと同じでな。だが、異世界での予定は狂いまくり。どうにか帳尻を合わせなくちゃいけなくなった。風神の穴埋めがオレだ。言えんのはそれだけだ」
風神。異世界に来た内の一人。すでに死んだ奴か。
「死んじゃいない。向こうに戻っただけだ。オマエらには、いろいろ仕掛けがしてある。現実への帰還はその内の一つだ。一人も死なせるわけにはいかないからな」
「何のために?」
「……それなら構わないか。単に人命第一とかじゃない。オマエらは捨て駒。誰も一人も帰ってくるなんて思っちゃいない。帰還方法も無いとなってるからな。しかし、連中は分かってない。異世界だけの問題じゃないんだ。間違いなくオマエらが必要になる。そんな未来を見た」
「またそれか。未来が見えるなら、全部答えは知っているんじゃないのか」
「見えるのは断片的なものだ。細かい流れまでは見えない。それを回避。もしくは、そうなるようにしていかなくちゃならない」
仮に未来が見えたとして、それだけでは予報であり絶対じゃない。
未来はいろんなものの積み重ねだとレンは言った。
未来が見えるやつが言うならそうなんだろうか……。
「未来なんか見えても役に立ったことはないんだけどよ。何も上手くはいかなかった。肝心なところで使えねー、そんな力だからな……」
「予報に絶対はないだろう」
「そうだな。絶対ってのがあればオレは間違えなかった」
会話の終わりを告げるように、カーテンの開く音がしてウサギが現れる。
「さあ、どうぞ。一歩でも向こうに入れば、お望みの反対側。お時間は十分といったところ。お急ぎください。戻るまででその時間です」
「短すぎんぞ。どうにかなんないのかよ」
「無茶ぶりはやめていただきたい。本当に針の穴のようなものなのです。これが限界です」
「──行くぞ! アオバは逸れないようにしろよ!」
この先が東京だと言われても実感がわかない。
ただ扉があるだけだ。
「行きましょう。時間は無駄にできない」
一歩を踏み出す。
当たり前の日常への一歩を。
さて、一人になりましたので少しお話を。
ゲートと呼ばれたものが無くなった、消滅した世界。
異世界とは呼ばれない、彼らのやってきた世界。
果たしてそこはゲートの現れる以前の姿に戻ったのでしょうか?
出会いの物語はもうすぐ終わり。
次に始まるのは現実世界の遊戯。
足りない駒を用意することに成功し、始まってしまった遊戯。




