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できそこないの勇者 『ツイノモノガタリ』  作者: KZ
 火神 優(かがみ ゆう)
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ムサシの村 ⑤

「──スターク。お前、もう少し行儀よくできないのか」

「あん? いつもいいもの食ってる会長とは違って、オレは久しぶりに美味しい食事をいただいたんだ。黙々と食うなんてできるかよ。残すなんて論外だ」


 カレンのお母さんがお弁当を届けに出ていってすぐに、後片付けが空になった皿から始まったのだが、一人だけ片付けに参加せずに食べ続けているスタークに、ずっと言うのを我慢していたのだろう会長がケチをつけた。

 会長が言うようにスタークの行儀がよくなかったのは確かだが、誰よりも美味しそうに食べていたのも確かで、どちらか片方を俺が味方するのは難しい。


「すぐだからそのまま持っててね」

「まさか魔法でお湯を沸かすとは思わなかった」

「普通は火にかけて沸かすけど、あれって思うより時間かかるじゃない」


 それにどのみちカレンの手伝いで手が離せないから無理だけど。

 しかしガスがないのはわかってだけど、一度火を落としてしまうともう一度つけるのは手間なんだな。炭から火を起こしたこともないし、そんな機会もなかったから知らなかった。


「そんなことだから盗賊なんかに遅れをとるんじゃないのか。荷を奪われたあげく隊の魔法使いは負傷。魔物に出会さず村までついたからいいようなもので、下手したら全滅もあっただろう。立場がある人間として自覚が足りないと言うしかない」


「うっ……」


「盗られた分とダメになった分、補償すると言っても貴族の取り巻き共は納得しないだろう。誰がその話をつけると思う。お前ではなく俺だ。余計な仕事を増やしやがって……。俺に不満があるなら代わってやるから、いいものとやらを食べて話をつけてこい」


 スタークは「うっ……」と言ったきり黙ってしまい、会長が言い終わる頃には粛々と後片付けに参加し始める。

 反論できないというのもあるのだろうが、二人の力関係は会長と呼ばれるくらいだから会長の方が強いようだ。


「くそっ、無事についたんだからいいじゃねーか。こっちが盗賊で大変なところに、自分は無茶を言いやがったくせに。そっちも森ん中走り回って見つけてやったってのによ……」


「えっ、もしかして俺の話?」


「ああそうだよ。こっちは盗賊とやり合って負傷者が出て大変な時に、お前さんを探せって命令が急に来たんだ。その上、最優先だとか言うしな。で、一人でも大丈夫そうなオレが探しに出たんだよ。 ……んっ、そういえば名前も聞いてないよな。なんて言うんだ?」


「気づいてたんだけどタイミングがなくて……。話の前に自己紹介するから戻ろう」


 スタークがテーブルに残っていた皿を一度で全部運んできたから片付けは終わり、「あー、そうだったな。飯食いに来たわけじゃなかったわ」と本来の目的を思い出し。

 沸いたお湯を運んでいったカレンが、「こっちのお茶も美味しいんだ」と再びお茶を用意してくれていて、落ち着いて話ができる環境が整った。

 来た順に座った席が変わって、俺とカレンの聞く側が隣になり、会長とスタークの話す側が隣になった。


「さて、ようやく落ち着いたわけだが、勇者様が何を知っていて何を知らないのかもわからない。質問に答える形式で話をするつもりだがどうだ?」

「その方が助かるけどその前に。自分だけ名前も言ってなかったので自己紹介を」

「……あぁ、そうか。そうだったな」


 俺の発言にカレンも「そういえば……」と手を止めて言ったのに対し、会長だけは変な間があった。

 まさかとは思うが「勇者様」でいくつもりだったのだろうか。


火神(かがみ) (ゆう)です。歳は十六で学生をしています。えーと、日本の東京というところから来ました。この世界のことは異世界ということしかわからないくて……」


 名前、年齢、職業、出身と言ったところまでで、他に言うようなことが見つからなくなった。学校なら好きな教科、部活、趣味の話なんかもできただろうがここは異世界。そのまま言っても通じるわけがない。

 そして自分はこの世界のことを何も知らない……。


「そんなところだろう。名前と年齢。ギリギリ出身地が伝わるかどうかというところだ。勇者様はこちらから見れば異世界から来たわけだからな。何も知らないとわかっただけで十分だ」


「えっ、東京って通じるのか?」


「マヨイビトというのはポツポツいるんでな。そして、理由は不明だが東京からのマヨイビトが多い傾向にあるようだ。マヨイビトと接触した人間は皆同じような話をし、稀にあるそれを他の人間に話せば、東京という単語だけは広がる」


 言われたことに始めは驚いたが、聞けば意外というほどではないのかもしれないとも思う。

 親父は向こうからこちらに迷い込むこともあると言っていた。「どこから来たのか?」となれば「東京」とでる確率も高いはずだ。だって人口が一番多い都市が東京なんだから。


「お前さんユウって名前なんだな。改めてよろしくな、ユウ。それにしてもトウキョウか。東の京でトウキョウって言うんだろ? 確かにマヨイビトっていうとトウキョウって聞くな」

「あぁ、よろしく。スターク」

「よろしくね、ユウ。 ……トウキョウか。聞いたことあるようなないような……」

「よろしく。カレン」


 ようやく互いに名前を教え合って呼び合えるようになったし、スタークは東京の由来までも知っていて、カレンも初めて聞くわけではないようだ。

 そしてマヨイビトが多い東京がゲートの現れた真下というのは、おそらく無関係ではないのだろう。


「お前ら、東京について掘り下げても仕方ないだろう。自己紹介も終わったんだ。話を進めるぞ」


 俺はゲートとマヨイビトの関係に。スタークたちは東京にそれぞれ意識が向いていたのが、会長の台詞によって引き戻された。

 本当にその通りで今気にするようなことではない。自分がまさに今知りたいのは、聞きたいのは別なことだ。


「一から聞かないと何もわからないんだけど。まず、この村の話だ。この村の問題は解決できないのか? これが解決しないと俺は先に進めない」


「そうか。それはこの世界の仕組みを説明するのにちょうどいい。初めに、この世界は何をするにも貴族の許可が必要で、勝手をすれば報いを受ける。その報いとは概ねが死だ。自分の死。村の死。国の死と規模が変わるくらいで、大きな違いはない。貴族に逆らえば死ぬのがこちらのルールだ」


「……そんなことが理由?」


「知らないから言える台詞だな。今の人間は貴族には敵わない。従うことが生き残る唯一の方法で手段だ。人間は諦め、貴族の支配を良しとした」


 会長の淡々とした言いように「どうして誰も抵抗しないんだ。そんな理不尽を認める必要はないだろう!」と頭をよぎり、そのまま言いそうになってハッとした。

 それができないからこうなっているんだ。できないからきっと俺がいるんだ。


「例えば、畑を増やすにも貴族の許可が必要でその許可は下りない。何故かというと、貴族には側近の部下である人間がいて、それが貴族の名を使い私腹を肥やすので忙しいからだ。貴族も側近も自分さえ良ければいいわけだから、他がどうなろうと構わないし、金を生まないものは必要ないというわけだ。畑を増やすのにかかる金と時間と、生産性と人命を秤にかけ奴らは迷わず金を取る」


「……」


「支配者と支配者気取りの人間。それがどれだけ理不尽でも覆す力はない。どんな要求でも受けるしか選択肢がない。逃げる場所もない。さあ、どうだ。この現実を聞いてお前はどうする。火神 優」


 出会ってしまったのだから黙って見過ごす選択肢はない。

 この世界の人たちに仕組みを変える力がないのもわかった。

 そのせいでする必要もないような苦労をしているのも。

 変えるにはここにない力が必要で、自分にはその力があるのだということも。そのためにするべき行動も。


「俺は……変えたい。関わって間もないんだとしても、聞いただけしか知らないんだとしても、この世界を変えたい。貴族って奴らには話し合いでは何も解決しないのはわかる。変えるのに戦う必要があるなら戦う」

「どうして? 何でそんなことを……」


 俺の言葉に唯一、カレンだけが当然の反応をする。

 黙って聞いている男二人とは違い、カレンの反応が一番正しいだろう。どうしたって俺が関わろうとする理由が薄すぎる。命を張るだけのものがないはずだから。

 だけど異世界に異世界の理由があるように、俺には俺の理由が存在する。変えるために戦うというだけの自分勝手な理由がある。


「俺はさ、カレンたちの気持ちがわかるんだ。同じじゃないけど似てる。それから俺は何もせずただ諦めて逃げ出した。諦めて、逃げて、逃げて、逃げて。日々何かをすり減らして生きてきた。だけど、俺はもう逃げないと決めたんだ」


「でも、だからって……。貴族と戦うなんて無理だよ」


「カレン、逃げ出した俺だから言えることがある。変えるには抗うしかなかったんだ。そして、この世界の抗うってのは戦うってことだ。諦めた俺はもう救われないだろう。でも、そんな俺でも誰かを救うことはできるはずだ。それはきっと自分を救うことにもなる」


 最後の「自分も救われる」なんてのはただのでまかせだ。

 そう思うことで自分を騙し、「どうして?」と言う彼女を騙すための嘘だ。

 救えるかもしれないけど、救われることなんてないのだから。だって、俺の場合はもう失くしてしまった後なのだ。

 失くなったら二度とは戻らないものを失くして、欠けたものを思い出さないように生きてきたのだから。

 それでも。そうだからこそ。俺は強く思うのだろう。


「──自分に何かを変える力があって、使えば救えるなら迷わず使う。この村を助けたい。これが俺の答えだ」


 もし次があったらこう言うと、たぶん自分の中で決まってた。

 後悔しか残らない選択と、後悔だけは残らない選択。どちらもに消えない傷が残るし痛みを伴う。

 しかし、どちらも不正解なら選ぶのは前に選ばなかった方だ。諦めて逃げるのではなく、立ち向かい覆す方だ。


「まあ、村一つ救えない奴に世界は救えないからな。勇者様の始まりとしてはありだろう。そうなるとやる事は簡単だ。貴族と戦い、討ち取ればいい」


 まるで俺の答えがわかっていたかのようにあっさりと会長は言う。自らがこの世界の現実を語ったにも関わらず、「出来ない」とも「無理だ」とも言わない。「難しい」とすら言わない。

 初めから不思議な人だとは思っていたが、この落ち着きようには余裕すら感じる。驚きもしないのは予想から外れないからだろう。こういう人は味方なら頼りになる。


「やる事はわかった。貴族ってのはどこにいる?」

「偉い奴ってのは大きな家に住みたがるものだ。貴族なんてのはその最たるもの。この国で一番大きな街の、一番大きな屋敷に貴族はいる」


 それにこの言いようがどこか親父を思わせる。

 必要なところだけ言うところも、皮肉が混ざるところも。

 きっとどこか似ている気がするから頼れると思うのだ。


「──おい、黙って聞いてりゃさっきからなんだ。貴族を殺しにいけってのも、はいそーですかってのもバカなのか!? カレンも言ってやれ。このバカどもによ!」


「黙れ。大人しいと思ったら急に何だ」


「うるせぇ、放っておいたらこのまま貴族のとこに乗り込みそうだったろうが! ものには順序ってのがあるだろ。やるにしたって真っ正面からやるわけいかねーだろ!」


 ずっと黙っていたスタークだが、黙ってはいられなくなったのかテーブルを両手で叩き、身をこちらに乗り出して声を荒げる。

 流石にこのまま乗り込みはしないのだが、傍から見ればそう見えたらしい。スタークがということはカレンも同じように思っただろう。


「スターク。そう見えたのかもしれないけど、いきなり乗り込みはしないって。このまま行って勝てるとも思えないし、俺にはもっとこの世界の情報が必要だ」

「……そうか」


 熱くなってしまったと自覚があるのか、スタークは乗り出していた体勢を戻し椅子に座り直す。

 しかしスタークは声を荒げはしても「無理だ」とは言わないんだな。実現したい。できたらいいとは思っているのか。


「スターク、馬鹿じゃあるまいし誰がそんな真似をする。手順を踏むのは当然だ。ここは始まりに過ぎないんだからな。俺が知りたかったのはユウの意思だ」


「俺の意思を?」


「そうだ、お前の意思をだ。今の世界には掲げる旗が必要だ。そして勇者って肩書きは掲げる旗になり得る。お前が貴族を倒せるんだと証明できればだがな」


 やることは貴族を倒すことで、貴族を倒すってことは証明すること。人間は戦えるということを。

 その証明はこの世界の希望になり、救えるのだと証明すことにもなる。


「……簡単にだが昔話をしよう。勇者と呼ばれた人間と、魔王と呼ばれた貴族の話だ。今を作り出した過去の話であり、今を変えるというお前には知ってもらいたい話だ」


 そう言った会長が語ったのは俺の知らない世界の歴史。

 それがどれだけ物語のような話に聞こえても、確かにいま自分がその場所にいるのだから、これは間違いなく本当の話だ。


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