仲間を得て 黒崎 編 3
♢23♢
この白い場所にも慣れてきた。
魔法も使えるし、体も思ったより動かせる。
そう思ったのもつかの間。
視界から相手を見失い、倒されて首筋に剣が突きつけられる。
「何がダメなのか分かったか。火神ってヤツにあって、自分に無いものがなんなのか」
「分からない。劣っているとは思わなかった」
そのはずだ。互角。
いや、無理をすれば殺せていたはずだ。
「アスカちゃんよー、全然足りてねーだろ。同じなのは魔力量だけだ。他は全部負けてる」
「異世界で他に何があるんだ。魔法が常識。それを使える僕の方が勝ってるはずだ」
「オレ様に手も足も出ないのに? オレ、魔法なんて使ってないけど。オマエは単純に扱えてない。自分を」
レンの言っている意味が分からない。
自分を扱えてない?
日常生活も魔法も、自分を扱えてなかったら行えない。この鎧男は馬鹿なんだろうか。
「出来ない動きがある時点で劣ってる。火神ってヤツはやべーぞ。魔法が常識の世界で剣を振り回して戦ってんだ。イかれてるか、そう覚えされたのかのどっちか。イかれちゃいないから、覚えさせられた。自分の日常に剣を振り回す場面があるか? 異世界じゃなくてだぜ」
「……それこそイかれてるだろ」
「ソイツはそのイかれた環境で、それが当たり前として育ってきたんだ。並以下の身体能力で敵うわけねーだろ。やり合った時は、たまたまオマエに利があっただけだ。勝負は運も大事だからな」
火神は闇雲に剣を振っていたわけじゃない。
そういうことか……。
そう言われればおかしいと思う。
現実で剣を振る場面なんてあるはずない。
剣道とかのスポーツとしてならあるだろうけど。
「あれはスポーツの剣じゃないぜ。人を斬る剣だ。その傷口はギリギリで止めた結果だ。良かったな、三枚に卸されなくて」
「……なんで火神の話ばかりするんだ」
「比較するヤツがいないからな。それにオレはソイツを買ってる。出来る事ならチェンジしてほしい」
「なら、火神のところに行けよ」
「だけど、オマエにはオレが必要だろ? アスカちゃんの力は特殊だからな。同じ特殊な力を使うオレだから教えられることがある。誰も教えちゃくれないが、オレならアドバイスくらいはできる」
それは納得しなくてはならない。
鎧男は剣士としてだけでなく、魔法使いとしても優秀らしい。認めたくないけど。
「才能だけじゃダメだ。努力も必要だぜ? 足りない体力辺りから鍛えるか。魔法はどーにでもなるからな」
「……具体的には」
「筋トレかなー。身体能力はスカーレットやアオバ以下だしな。ガリ勉野郎に異世界は辛いな!」
異世界でそんなことしたくない。
それこそ時間の無駄だ。
「なら、駒を増やすしかないな。それに戦略か。魔法使いだけを極めるのも面白いか?」
「そっちの方がいい。運動は得意じゃない」
「好みのタイプじゃないんだけどな。まぁ、本人がいいならいいか。ただ、覚えとけよ。オマエ以外の四人は何て評価されていようと並じゃない。ケンカを売るなら覚悟してやれよ」
「もう、やらないよ……」
「やれよ! その方が熱い。 ……まぁ、また闘うんだけどなオマエら」
「決まってることみたいに言うんだな」
「──未来が見えるって言ったら信じるか?」
この鎧男はそんなことを言う。
♢
ここ何日かレンがアスカに絡んでいかなくなった。
諌める必要がなくなったから楽ではあるが、あやしい……。
アスカもレンに接する態度が変化しているように見える。
「それで先生。コイツの傷はどんな具合なんだ。そろそろ物理的にしごきたいんだけど」
物理的にって、なに。
この鎧はおかしなことが多い。発言もだけど。
ただ、何があっても不思議には思わない。
「今日一日おとなしくしてればいいでしょう。縫った糸は消えるから」
「え、抜糸しないんですか」
「必要ないからしないわよ。その糸は魔法よ。時間が経てば力を失って消滅する」
「これも魔法……」
「風の魔法よ。術者によって魔法の形状はいかようにも出来るけど、私の魔法は縫うのに向いてる」
針も糸も必要ない。魔法を使えさえすればいい。
魔力を針のように形状を整える術式はカレンが教えてくれた。
あの子の魔法は持続性に長けている。
それに形あるものを作り出す魔法を使う。
難しいはずの魔法をだ。
教えたこともあったけど、魔法に関しては教えられたことの方が多い。
それでも、私には針を作り出すのがせいぜいだけどね。
「こんなふうにね」
「針だけありゃ、糸は魔力を伸ばすだけか。医者としちゃ便利だな。実戦じゃ役に立たないけどよ」
「医者は戦闘なんてしません。か弱いんだから頼らないでください」
「か弱いねぇ。まぁ、オレが百人力くらいはあるから問題ないな。アスカも回復したし、これからの話をしようじゃないか」
これから。ここじゃないところに、向こう側にある世界まで行くために。
「オレたちにはそれぞれ目的がある。アスカにアオバは一緒にいれば後は帰るだけ」
「……アオバさんは本当に現実の、向こうの世界に行きたいんですか?」
「改めて言っておくけど、私は向こうの医術が知りたいし自分のものにしたい。どうあってもたどり着くつもりよ。そのための道しるべがいるんだから、着いて行くし、協力する」
その先に目指すものがあるはずだから。
「んで、アスカは妹を診てほしいと。シスコンお兄ちゃんは妹が心配」
「……シスコンじゃない」
「自分で、シスコンです。なんて言うヤツいるわけねーだろ。周りがつける評価だ。オマエに違うという権利はない!」
実際に診ないと確かなことは言えないのよね。
「そういうレンは何が目的なの?」
話を逸らさないと喧嘩を始めそう。
シスコン? の意味は分からないけど、あまりいい意味ではないんだろう。
「決まってるだろ。魔王をぶっ殺して世界を平和にすんだよ。あと、目障りな壁も壊す」
……本気で言っている。
自分もそれに加担しようと言うのだからあれだけど、迷いとかないんだろうか。
「そうすればアスカは元の世界に帰れるの?」
「時間切れでゲームオーバーかもしれないけどな。その場合はアスカだけ回収される。アオバが一緒に行くためには時間切れになる前に、魔王をぶっ殺さなくちゃならない」
「魔王を倒すのは分かるけど、どうしてそれが必要なんだ?」
「邪魔なのは壁だ。あれが全てを狂わせてる。魔王があの壁を維持してんだ。術者を殺してからじゃなくちゃ壁は壊せない」
壁があり、魔王がいて、貴族がいる。
ずっとその世界で生きてきた。
だけど、壁の向こうにもずっと世界は続いている。
カレンが興味を持つのも理解できる。
旅をしているからこそ分かる。
十分この大陸は広い。
その先が、果てがあるというのなら私も見てみたいと思う。
♢
その日の夜中。真夜中に目が覚めた。
数日間、寝てばかりいたからだろう。
気づかれないように起き上がる。
実は狭いテントには仕切りがある。
何故なら隣にはアオバさんが寝ている。
スカーレットといい、どういうつもりなんだろう……。
仕切りだってアオバさんがではなく、僕が付けたんだ。
今はそれより……外からレンの声が聞こえる。
この声は誰かと話しているようだ。
こんな時間に人なんているわけがない。
魔物こそいないが、ここは街でも村でもない。見通しのいい平原だ。
「──あぁ、問題ない。成り行きで一緒に行くことになったが、黒崎 飛鳥は一緒だ。火神には接触できてない。水瀬、土神、両名とももな。 ……つーか、土神の件は本当か?」
やはり誰もいる気配がない。
レンは一人で話している。
……独り言ではない。
火神の他に聞き覚えのある名前が出た。
四家という、僕たちの世界で魔法を扱う者たちの名前が。
「こっちの落ち度じゃないな。ヤロウが上手だったってこった。何考えてんのか、機会があれば締め上げて吐かせておく。オレより、オマエは大丈夫なのか? 更紗」
──サラサ!? 今、そう言ったのか。
どうして彼女が、この鎧男と。
驚いて思わず動いてしまった。
何かを踏みつけたのか音がする。
「……アスカ。出てこい」
誤魔化すことはできないらしい。いい機会だ。
こいつは、この鎧男は、レンは、向こうから来た人間だ。
「盗み聞き……気づかなかったオレのミスか。聞かれちまったからには、死んでもらうしかないな」
レンは剣を抜き放ち戦闘態勢を取る。
「聞かれて困る話をするなよ」
「夜更かししてやがるとは思わなくてな」
「偶然、目が覚めたんだよ」
油断した。手元に銃はない。
狼を呼び出すよりも、レンの剣の方が速い。
後ろのテントにはアオバさんがいる。
こいつが本気である以上、彼女への被害も免れない。
それだけは避けたい……。
「問答はいい。 ──あばよ!」
襲いくる刃を防ぐことは出来なかった。