仲間を得て 火神 編 4
持っていた剣から嫌な音がした。
普通は絶対にしないような音がだ。
折れたわけではない。欠けたわけでもない。
亀裂が入った……。
材質の問題なんだと思う。
「しばらくは大丈夫だが、このまま使い続けていくのは難しいな」
本当の持ち主である会長はこう言った。
「お前の力に耐えきれなかったようだな……。これは試作品。しかも俺が使うことを前提にして作られた物だからな」
会長の真似事がまずかったみたいだ。
魔力を蓄積し放出する機構を使いすぎた。
直接の斬撃には及ばないが便利だったんだ。
離れた位置から攻撃できるし、何より自分には使えない魔法を使えている気になれたから。
「……少しこの先を変更するしかないな。自分に合う武器が必要だ。他の剣や刀では貴族相手は厳しいだろうし、カレンに頼りきるのも定石ではない」
異世界に来て二本目の剣を壊した。
そんなに壊れたりしないはずなんだけどな。
最初の刀は貴族に折られ、今回は自分でヒビを入れた。
「魔力を使うのはなしにしろ。普通に剣として使え」
そう言われたのが昨日。
会長とトモエさんは、昨夜帰ってしまった。
来た時と同じように二人だけで。
「ユウ、用意できた。そろそろ出発するよ?」
馬車に最後の荷物を載せていたリックが近づいてくる。
「他に手伝うことあるか?」
「こっちは終わったし、あとはカレン待ち」
「そうか」
少し険悪な雰囲気になりはしたが、会長は普段もあんな感じだし、トモエさんはあの時だけ貴族らしかった……だけだった。
貴族相手にも闘える人なのに、残念な感じの女の人だった。
「気にしたってしょうがないって。ユウが無茶したら壊れちゃっただけでしょ?」
「──それを気にしてるんだよ! 無茶してると思ってなかったんだよ」
「……もっと細かく制御できるように練習しないとね」
力の制御は俺の課題だ。
出来てるつもりが出来てなかった。
少しはマシになったと思ってたのに。
ムサシの時には及ばない。
俺一人じゃ……そういうことか。
「おまたせ。難しい顔してどうかした?」
「ユウが剣を壊したことを気にしてるんだよ。ムダなのに」
遅れていたカレンが包みを持ってやってきた。
「カレン、それ何かいい匂いがするね」
「エバノさんが、みんなで食べなって。今日のお昼にしようと思うんだけど。どう?」
「賛成! お昼までにはイワシロに入るように行こう!」
リックは早々と馬車へと乗りこむ。
「カレン、ウサギが俺にしてくれたこと分かった気がする。あいつは一人になった俺を助けてくれたんだろ」
「絶対、気づかないと思ってたのに。 ……気づいたってことは一人にも慣れてきた? 本当はムサシを出る前から気づいてた。チグハグになってることに。無意識に二人でやってたことを、一人でやらなくちゃいけなくなったから。だけど、私には何もしてあげられなかった」
スタークに、出来てたことが出来なくなってる。そう言われたな。
その通りだった。
消えてしまった自分の分まで力を制御するのは難しかったんだろう。
ウサギはどうやったのかは分からないが、そのチグハグさを、感じていた違和感を無くしてくれたんだ。
「慣れたは慣れたけど力が増えたんだろ? リックに言われたけど練習が必要だな」
「なら、ちょうどいいじゃない。イワキまでの道行きも魔物を狩りながら行かなくちゃだし」
「三人しかいないのにな……」
スタークはいない。
ここからの旅は俺たち三人で進んでいく。
♢
姉さんの暴走が止まらない。
付き合わされている哀れなチンピラたちに、優たち。
あー、もう無理だ。付き合いきれない。
会長とばあさんは、自分たちだけとっくに逃げやがった。
俺も若い奴らに任せて退散しよう。悪いな、お前ら。
いなくなった会長は最もらしいことを言ってたな。だとすると……。
予想通りの部屋に二人ともいた。
「あんたも逃げ出してきたのかい……」
「あたりめーだ。あんなのに付き合いきれるか!」
「俺は毎晩のように付き合わされているがな」
そう言われるとな……会長もよくやるよ。
心からそう思う。
「何の相談だ? 地図まで出して」
机には地図が広げられている。
地理に詳しいはずの古参の方々がだ。
「ウチのガキ共を雇ってくれるとさ。お前にしたら残念だったね。そういうわけだから、よろしく頼むよ」
「──ぶざけんな! あんなチンピラいらねーよ」
「あたしが決めたんじゃないよ。文句は会長に言いな」
会長だって見たはずだ。
あんなチンピラたちをどうして。
「何の役に立つんだ。あのチンピラたちが!」
「この国も平和ってのになった。それにこの国はちょうどいい」
ちょうどいいだぁ?
……確かに、ムサシ、コウズケ、イワシロ、と移動できりゃ便利だが。
「ルートに使うってことか?」
「それもある。これで何を運んでいても、何が移動していても気づかれない。そのためには、ここの支部の人員は増やさないとな」
「それでチンピラたちか。だけど、あれは使いもんになんのか」
「必要ならそうするさ。今は数が足りていればいい」
「今度は何をするつもりなんすか……」
以前なら移動するのが楽になるだけ。
だが今は違う。組織の増強が必要だとは思わない。理由は別にある。
「食料を買い漁る」
「戦ってのは兵糧あってだからね。それを押さえようってことらしい」
「名目はなんでもいい。気づかれないように集められるルートが拓けた。これを使わない手はない。保険だが、もしもの場合もこれで戦いは長引かなくなる」
どこも食料に余裕はない。
ある所。持ってる奴は限られてる。
「馬鹿なやつらは目先の金に目がくらむ。持ってる奴から買うのは簡単だ」
「そいつらが欲しいと思った時、手元にあるのは金だけだと……」
「悪くない手だと思うが、どうだ?」
……どうだって。
「性格が悪い。なんて言われてもいい返せないね。トモエの悪評に尾ひれがつくのは、お前のせいだね」
姉さんも似たようなこと言うが可愛いもんだな。
この人は容赦もないからな。
「もしも、って言うのは?」
「思ったより人間が味方につかなかった場合だ。ムサシの時も貴族に、その取り巻きに最後まで付き合う奴らがいた。全員が貴族の排除に賛成はしない。自分の地位が大事な奴らとかな」
いたな、全員生きちゃないがな……。
「そんな事企んでるのに、バックスの屋敷にいた貴族の取り巻きを見逃したのはなんでだ? ……また、殺しにいけってのか」
「使い道がありそうだから生かしてやったんだ。貴族が貴族に殺されたとは言えない。信用されないだろうしな。なら、誰に殺されたと言う?」
「そんなの……」
他の貴族たちと同じように。
ムツにムサシ、この国と同じように。
「そこで勇者様かよ」
「それでもいいが、奴らは勇者だなんて知らないだろ。他にも貴族が殺されてるのは、すぐに耳に入る。トモエの感は当たったわけだ。貴族を殺した奴。そう聞いて誰もが思い浮かべるのは誰だ?」
「……あいつを使うのか」
「悪いが呼んできてくれ。出番だと言えば喜んで来るだろう。ここからなら遠くない」
「俺が行くのか? あのクソ寒いところに?」
チンピラたちの方がマシだ。あいつはヤバい。
姉さんに次いで関わりたくない。
「優たちも連れてっていいか」
「駄目だ。イワキまでは変更無しだ。まさか剣を壊すとは思わなかった。ユウの武器は作らせる」
「──なら、いいじゃねーか。ほぼ同じルートを行くし!」
「もう一つ処理したい事がある。ユウたちにはイワキに来てもらう。お前はこのままエチゴに行け」
決定事項らしい。覆らない、な。
今度は雪山かよ……。