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 ムサシの国。その後。 6

 自分の腕が千切れ飛ぶ。

 片腕。しかも利き手ではない残った左腕では、無様に大剣を振り回すことしかできなかった。


 これは昨日の出来事のような気も、遠い昔のような気もする。

 そこにあるのは痛みなどではなく、後悔と自責の念だけだ。


 あぁ、これは過去の光景。つまりは夢か。


 せめて、自分の方が先に死んでいたら。

 そう考えたことはある。


 大事なものを残して死ぬのと、大事なものに残されて生きるの。

 果たしてどちらがマシなんだろう。


 ……この考察に意味はないな。

 俺は残されてしまった。たった一人で。


 もしも……。


 これも意味はない。

 そんなものは有りはしないのだから。


 幻は消えていく。夢などそんなものだ。


「起きた? ……そんなに疲れてたの」


 無かったはずの右腕に感覚がある。

 何も感じやしないがあると認識できる。


 どうやら俺は寝ていたようだ。

 あんな夢を見るくらいには、かなり深く眠っていたみたいだな。


 今日はいつだったか。


 ハッと目覚めたはいいが、寝る前の記憶が不鮮明だ。ここ数日、まともに寝た記憶がないのが原因だろう。


「今日はいつだ?」


「本当に重症ね。変な夢でも見たの?」


 そうかもしれない。

 しばらく片腕の生活をしていたからだろうか。

 まさか、腕の無くなる場面を見るとはな。


「昨日、スタークが連絡をよこして、ワタシがマナと言い争いをして、カーナはさっさと帰宅。マナがぬいぐるみを抱いて帰った後、それを繋げたのよ。思い出した?」


「あぁ、そうだったな。ぬいぐるみの修理が昨日までかかったんだったな」


 最優先が聞いて呆れるとマナがキレた。

 それともう一つ。


「どうして魔王に知らせた。もう少し後でもよかったはずだ」


 揉めたもう一つの理由はこれだ。

 誰に相談するでもなく、勝手に行動を起こしたから昨日は揉めていたんだ。


「感よ、感。そうした方がいい気がしたのよ」


 当てにならないとも言い切れない。

 トモエは感覚が鋭い。

 俺なんかには理解できないものを感じたのかもしれない。


「ところで、もう動いていいのか」


「どうぞ。早く起きてベッドを返して」


「そうするよ」


 ベッドから起き上がり水でも飲もうとしたのだが、見える範囲にあるのは酒ばかり。


 下にいかなくちゃならないな。

 そう思いドアノブに手をかける。


「零、そのまま外に出る気? 早朝だけど気をつけなさい。 ……本当に大丈夫。どっか具合でも悪いの?」


 言われて上半身に何も着ていないことに気づく。


「気づいてなかったの……働かせすぎたのかしら」


 トモエの後始末は昨日までかかったからな。

 大いに関係あると思う。


「疲れてるのよ。もう一回寝なさい。ほら、こっちきて」


 自分の意思とは関係なく体はベッドへと向かう。


「やめろ。離せ! お前じゃないんだ。二度寝なんぞするか!」


 足は止まらずベッドに倒れこんでしまう。


「きゃっ、押し倒されちゃった」


「自作自演じゃないか。鬱陶しい、離せ!」


「ノリが悪いわね……」


 ここまで言ってやっと体の自由が戻る。

 トモエの視線は一点を見つめている。


「とっても綺麗よね……それ」


「こんな物のどこが……」


「どうして否定するの? それはアナタの力じゃないの」


 力か。その言葉に違いは無いが、肯定などできるはずがない。


 俺はこれ以上は口を開くつもりもなくシャツを羽織り、再びドアへと向かおうとする。


「話は終わってないわ。無視して出ていくなんて許さないわよ!」


 再びベッドに倒れこむのと、ガチャリとドアが開くのは同時だった。


「────!? し、失礼しました!」


 ドアが勢いよく閉められる。

 カーナが変な勘違いをしたようだ。


「おい、やはり執務室にベッドは邪魔だ。持って帰れ」


「えー、ここに住もうと思ってたのに」


 話が上手く逸れた。

 勘違いはあれだがカーナには感謝しないとな。


 ♢


 その日の午後だ。

 トモエがおかしなものが現れたと言いにきた。

 わざわざ起きて一階に下りてまで、言いにくるようなことなのだと判断した。


「スタークたちのいる方角。位置もおそらくそんなところね」


「貴族がいると言っていたな……」


 そいつという可能性もあるか。

 大した奴じゃないと思ったんだが、予想が外れたか?


「支部に連絡を入れてみましょう」


 エバノなら事情を把握しているかもしれないな。


「……貴族には違いないけど、どこか違うわね。距離があり過ぎるから確かなことは言えないけど」


「今からでは駆けつけるのも無理だな……」


 いや……いい機会かもしれない。

 あれを試してみるには。

 ちょうどいい奴もいるしな。


「会長、支部長さんです」


「カーナ、マナを呼んできてくれ。転移を試すと伝えてくれ」


「わかりました」


 これで、こちらの用意はいい。


「会長かい。少し面倒なことになってね……。ウチの馬鹿どもがやらかした」


「スタークたちか?」


「違うよ、見習いたちだ。そのスタークたちが奪い返した人に品物を見られた。貴族本人じゃないが、バックスの息のかかった奴にね。商会の手引きってことになっちまった」


 盗賊から助けた人間をか。

 スタークの落ち度だな。

 そういうことは、きちんと自分でやれと言っているはずなんだがな。


「スタークはどうした?」


「山みたいな巨人を止めにいった。ガキ共がそう口にしてね。そんな与太話と思ってたんだが……さっきから地面が揺れてる。まだ姿こそ見えやしないが、これも本当みたいだね」


 巨人? それが黒の気配か……。


「巨人と言われれば大きい気もするわね。そうなると、貴族ではないということになっちゃうけど」


 エバノでも、これ以上は知らないだろう。


「トモエの悪評などどうでもいいが、そこにいる貴族からの実害はあるのか?」


 なら、こちらの方が重要だな。


 どーいう意味!


 そんな言葉が聞こえているが今更だろう。

 盗賊から盗品を横取りしたと聞いても、人々は驚きやしない。


「あたしに屋敷に来いとさ。話をするだけだ、なんて信じらんないね」


「ちょうどいい。その呼び出し応じてやろう」


「……どういうことだい。お前、あたしに死ねってのかい」


「すぐに分かる。一度切るぞ」


 廊下からドタドタ音がしている。

 マナも来たようだな。


「トモエ、エバノの代わりに貴族とお話ししに行くぞ」


「……はぁ?」


 これから起こることを理解できていないトモエはこんな反応をする。


「──会長、やっと実験ですか!」


「俺とトモエを送ってくれ。こいつなら多少無茶でも死なん」


「さすがはトモエちゃん。体をはって人体実験に志願してくれるとは!」


「人体実験ってなに? なにするつもりよ」


「支部にあるこれにはですねー、いろんな機能が内蔵してあるんですよ。機械ごとに番号が振り分けてあって、その番号を結びつけて様々なことを可能にします。その中の一つが転移です! 実験は物では成功しましたが、人では危険があって許可できませんでした。ですが、志願してくれるならやっていいよね!」


「危険があることをワタシにさせるの! ふざけんじゃないわよ。あっ、零にカーナまで。その手を離して!」


 単独で貴族と戦える奴などトモエしかいない。

 それにこいつは貴族なんだ。


「トモエさんしか貴族とは戦えませんよ? 間違いなく揉めるでしょうから、最初から間違いない人選でいきましょう」


「ヒスイがいるじゃない! ワタシより下っ端を使いなさいよ!」


「もう魔法は発動します。今からヒスイさんを連れてくるのは不可能です」


「冷静に言ってないで、その手を離しなさい!」


 トモエはジタバタ暴れる。

 このままでは転移に支障が出るな……。


「分かった。俺が一人で行ってくる。マナ、戻るまでお前が俺の代理だ。トモエには期待せずにやれよ」


「いいんですか。トモエちゃんじゃなくちゃ……貴族と戦えないですよね?」


「トモエさんがいても役に立たないので、私は会長に残ってほしいのですが……」


 一人本音が漏れている気がするが……。


「……分かったわよ。行けばいいんでしょう。ワタシは貴族だものね」


 組み込まれた転移の術式が発動し、体に負荷がかかる。

 一度に二人飛ばすのは難しかったのか?

 そう思ったのだが視界が、見える風景が変わる。


 目の前には通信機の前いいるエバノ。

 当然だが、驚いた顔をしている。


「本当に一瞬ね。これ、実用化できるんじゃない?」


「もう少し実証実験が必要だ」


 こうして俺たちは、イワキからコウズケの国にやって来た。


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