仲間を得て 火神 編
♢20♢
「ボクも一緒に連れて行って!」
荷台で馬車に揺られながらの帰り道。
リックはそんなことを言い出した。
……一緒にってどこに? そう思ってしまった。
まさか、世界を救うなんて無茶だと思われることに、自分からついていきたいなんて言うとは思わなかったからだ。
「俺の抜けた穴には、ちょうどいいじゃねーか」
スタークもこんなことを言う。
最後までいてくれる。勝手にそう思ってた。
だけど、スタークは商会という組織の人間であり、俺やカレンのように目的があるわけじゃない。
今、こうしているのも仕事。
そういうことなんだろう。
組織の人間であるってことは好き勝手はできない。ましてスタークは、立場のある人間みたいだから。
「リックの申し出はありがたい。でも、いいのか? さっきみたいな戦いが続くぞ」
「なんだよー、イヤなのかよー。もう飽きたからお払い箱なのかよー」
「……誰もそんなこと言ってないだろ。リックがいいなら俺はお願いしたい。俺一人じゃ戦えない」
「なら決まり! カレンもいいかな?」
あるものを手に持ち眺めていたカレンにも、リックはお伺いを立てる。
「私は、優がいいならいいよ。勇者は優だしね」
「やったー! これからよろしくね、二人とも。あとスタークも」
「あとって何だよ……。俺もイワキまでは一緒だよ」
荷台の小窓からも話は聞こえていたらしく、運転手も返事をする。
この一件にも得るものはあった。そういうことか。
まだ、終わってないけどな。
黒崎はもう、この国にはいない。
あいつが貴族を殺しにいくことはない。
……なら、誰かがやらなくちゃならない。
盗賊たちを失った貴族の行動は読めない。
そのまま進むのか、あの村に留まるのか。
分かるのは、このままにしては進めないということだ。
「貴族との戦闘は避けられないと思う。俺も話して分かってくれるとは思えない……」
「やり方があれなヤツだからね。バックスってやつも絡んでるし、放置すればまた違う手を使うと思うよ」
「会長は大した奴じゃないと言ってた。鵜呑みにはできないが、ムサシの貴族から見たら力は格段に下だ。もしかしたら降伏するって場合もあるかもしれない」
「──本当か? それならいいんだけど」
「可能性だ。それにどうやっても、ただの人間よりは上なんだ。期待はしない方がいい。自分が上だと思ってる間は無理だ。殺す殺さないは別にして戦闘はあると思っておけ」
降伏を促せるならその方がいい。
ただ、そのためには戦わなくちゃか……。
「外から屋敷を魔法で壊しちゃう?」
何てことを言いだすんだろ、カレンは。
そんな卑怯なことできるわけが……。
「いいんじゃねーか? 屋敷が火の海になりゃ出てくんだろ。そこを袋叩きにする。悪くないな」
「向こうに戦いの用意はないしねー。冷静さを少しでも欠いてくれるなら、やりやすくなるよね」
誰も否定しないのか。
俺がズレているんだろうか?
そうじゃないと思いたいけど三対一だし。
「そんな卑怯な真似をしなくても」
「戦いに卑怯も何もないよ。やるかやられるか。ユウはその辺も考えた方がいいね。それは、優しいとか甘いとか以前の問題だ。綺麗に勝てるなんて思わないことだよ。さっきの巨人だってそうだったろ? 辺りをめちゃくちゃにしちゃった。もし、近くに村があれば巻き込んでたよ」
「そうさせない為に、あそこで倒したんじゃないか!」
「なら、今度も同じだよ。被害を最小限にするために、そうさせないために奇襲をかける。何にも間違えてないよ。加減する余裕はボクたちには無い」
「リックの言う通りだ。さっきは近くに村がなかったが、今度は村のど真ん中だ。守りながら戦えるほど自分たちは強くない。そう思え」
……カレン一人守れなかった俺には返す言葉もない。
「そんなつもりじゃなかったんだけど……」
カレンが口を開くが、リックはすぐに割って入る。
「カレンは黙ってて。これは言っておかなくちゃいけないことだし、カレンも覚えておいてほしい。キミたちには力がある。なんだって守れるだけの力が。でもね、その力を目に映る全員に使うことは出来ない。一人なら絶対助けられる状況で、欲をかいたら絶対助けられたはずの一人さえ助けられなくなってしまうかもしれないんだ」
力不足は十分に身に染みた。
強い奴が相手じゃ、他にまで手を回すことはできない。
「だから、一人だって多く助けらる方法を考えよう。屋敷には使用人もいる。その人たちを全員無事にとは考えちゃダメだよ。だけど、ボクたちは一人じゃないから、みんなでちゃんと役割分担すれば全員無事に助けられる可能性だって多いにある。スタークが火の海とか言ったからあれだけど、魔法使いはカレンだけじゃないしね」
「ムサシの時みたいに策を講じろってことだ。あの時は、策を考えてくれる奴がいた。おかげで非戦闘員の犠牲はなかった。優もカレンも策士ってガラじゃない。ちょうどいいのが仲間になったんだ。リックに頼れ。自分で出来ねーことは、出来る奴に任せろ」
俺もカレンもそういうタイプじゃない。
正面からぶつかっていくタイプみたいだから。
「もう村が見えてきた。ちゃんと準備してから、決行した方がいいな。先に行かせた奴らのこともある」
そうだ。守るべき人たちは大勢いるんだ。
念密に準備を整えて行動に移す。
そんなことを考えながら、スタークの言った景色が目に入ってくる。
馬車は坂の頂上に差し掛かった。
下ればもう村はすぐだ。
この位置からは村の中で一番大きなバックスという男の屋敷が。現在、貴族がいるその場所が見えていた。
しかし、その屋敷がサイコロみたいにバラバラに崩壊する。
「──なっ」
それしか言えなかった。
今までの話はなんだったのか……。
目的の屋敷は視界から姿を消す。
「魔物避け以外の結界がある!」
「だけど、今の魔法じゃないよね……」
スタークだけは誰がやったのか心当たりがあるように、
「……ありゃあ、まさか……」
こう呟いた。
♢
崩壊した屋敷の中で無事だったものがいくつかある。一つは応接室。自分たちのいた部屋。
もう一つは無関係の人間。
必要なく犠牲を出す趣味はないからだ。
やった女にも。隣の男にも。
「悪いな。剣を貸してたのを忘れていた」
「別にいいわよ。どっちみち要らないものね。住んでた人はもういないし」
「見晴らしが良くなったな」
「アナタたちもそう思うわよね?」
声をかけられているのは貴族の取り巻きの二人。
信じられないもの見た彼らは一言も発せない。
おかしな方向に首が曲がった貴族。
銃弾を体に受け倒れているバックスという男。
もはや動かない。
ものも言わない。言えない。
ただ、そこにあるだけのモノに成り果てた。
「お前らは見逃してやる。そこにいるのも目障りだ。とっとと消えろ」
「まぁ、こわいお兄さんね。だけど喧嘩を売ってきたのはアナタたちよね? 相手を考えて次からはやりなさいな」
次など有りはしない。
貴族が殺されたなんて、そのまま報告できるはずがない。
相手がスメラギという貴族であってもだ。
「零も大概よね。そんなに可愛い子たちなの? わざわざ貴族を殺しにくるくらいには」
「トモエ、お前が黒の気配があると言ったから来たんだ。これは成り行きだ。放っておくならそれで良かったんだ」
「またまたー、心配だったくせにー」
「帰るぞ……。転移の実験は成功したんだ。長居は無用だ」
「……ワタシを実験に使おうとするなんてね。一回、殺してもいいかしら?」
「俺も付き合ったんだ。互いに同じ条件だったんだから納得しろ。こいつらにやるはずだった品物ならくれてやる。大好きな酒もあったぞ」
「やった! 今日も寝かさないわよ!」
付き合いきれない男はため息をつく。
女は逆に楽しそう。
もう貴族に容赦はない。
邪魔になるなら排除する。
ただ、それだけ。もう隠していた爪は隠す必要がなくなったから。