ムサシの村 ④
できあがった昼食が運ばれてくるところに会長という男はやって来て、「ジジイの話が長くてな」と遅れた訳を言い、空いているところにと座った。
スタークの言った通り会長は全身着替えていて腰には剣。そして着ている服はどれも安物には見えない物だった。
俺は財政難に食糧難というこの村の事情を知ってしまったからか、一人だけいい格好をしている会長に良い印象は持てなかった。
用意してくれた昼食も今更断ることはできないけど、本当はその分も自分たちに回してほしいし。もっと自分たちのことを、もっと自分自身のことを気にかけてほしいと思ってしまう。
カレンのお母さんの対応は元を辿れば俺が配給の布袋をあげたから、マヨイビトだと知られてしまったからだが、見ず知らずの俺になんて優しくしてほしくなかった。
俺には何を貰っても返せるものが何もないし、いたたまれない気持ちを感じるばかりだから……。
「──本当いいところにきたな会長。こちらの奥さんがご馳走してくださるってよ。オレらもご相伴にあずかろうぜ!」
「そうだな。そうさせてもらおうか」
会長を勝手に誘うスタークは「いやー、ごちそうさまです」と初めから遠慮する素振りもない。
カレンのお母さんも増えた人数に「多く作ってよかったよ」と嫌な顔せず。
カレンも「運ぶの手伝ってくるから座ってて」と沈んだ表情を取り繕っていた。
「どうしてそんな普通にしていられるんだ……」
一人で焦っても、一人で考えても、すぐに何ができるわけではないとわかっている。ここで食べなかったところで何が変わるわけではないとわかってる。
でも、自分の中でどうしても納得がいかないんだ。
納得できないから自分が納得いく方を、誰も損をしない方に進んでほしいと思うのだ。
「……お前、何か自惚れてやしないか」
「えっ?」
「自分が食べなければいいなんて思ってるなら、それは自惚れだ。お前一人が増えたところで食糧事情は変わらない。あまりこの世界の人間を見くびるな」
俺が何かを言う前にカレンが皿を運んできてしまい、会長に言い返すタイミングを失ってしまった。
そして皿を置いては台所に戻るカレンをただ見ているのも申し訳なくなって、「手伝うよ」と動く気がない男たちの代わりに動くことにした。
「──ずいぶん賑やかになったね。作りすぎたからちょうどいい。久しぶりに腕を振るえてアタシは満足だよ。で、どうだい。美味しいかい?」
出揃った昼食を食べ始めた俺たちを見た、カレンのお母さんの言葉には何の嘘も偽りもなく、自惚れと言った会長の方が正しいのだと理解できた。
余裕がないはずの人たちがもてなしてくれる意味も、辛いはずの人たちが辛いと言わない理由も、俺は勝手に思って勝手に決めつけていただけだ。
「美味しいです。とても……」
嫌な気持ちがある人間はそもそもこんなことをしてくれない。一人がいいから他人からの優しさを受けたくなくて、俺はそんなことすら忘れていたようだ。
しかし思い出せば簡単なことなんだ。
受けた分の優しさは優しさで返せばいいし、助けられたなら助けてやればいい。
たったそれだけのことだ。何も難しく考える必要はない。
「──それはもう美味しいです! こちとら運搬の仕事中は携帯できるマズイ食料と、そこら辺の獣の肉くらいしか食えないんですよ。温かくて美味しい飯なんて何日かぶりっす!」
白米におかずという慣れ親しんだスタイルの異世界での食事は、コンビニ弁当とも冷凍食品とも違う。温度だけではない温かさを感じる。
この異世界の家庭の味に懐かしさを感じるくらいには、俺は家庭の味というものに飢えていたらしい。
隣で野宿では食べられないからか、誰よりも美味しそうに食べているスタークも同じようなものだろう。
この食いっぷりには作った人も嬉しいと思うし、上手いこと言えない自分の代わりに態度でも示してくれるのもありがたい。
おかげで心の奥底から込み上げてくるものを、溢れさせないようにすることができた。
「──じゃあアタシはお弁当を届けに行ってくるから。カレン、皿だけ片付けておいてくれればいいからね」
「いってらっしゃい。お父さんにもここ使うって言っておいて」
「はいよ。気を利かせるように言うよ」
「いや、私そこまでは言ってないけど……」
畑にいるのだろう姿が見えない父親に、お弁当を届けに行くのだと言う母親を見送るカレン。
それに「いってらっしゃいませ」と続いたスタークは調子がいいと言えばそれまでだが、「美味しい」と「ごちそうさま」の最低限しか言えなかった自分には、すらすらと言葉を出せるスタークは羨ましい。
もっと気持ちを伝えたかったけど、ボロを出してしまいそうだったからできなかった。
どうやら俺は魔法使いだけでなく、役者にも向いていないようだ。