偽りの魔王 6
鎖に繋がれたアルハザードをここに。
世界の中で一番高い場所に運んだのは魔王。
この場所は魔力が、世界を巡る力が生まれる場所です。
彼はこのことを恩に感じている。
しかしですねー、この男は自分のためにアルハザードを、彼が母の墓標にと考えたこの場所に連れてきたんです。
自分の城に居られては困りますから。
遺された鎖の封印を使ったのもこの男。
狭間に出入り出来ると知ったから。
アルハザードは殺した人間を弔うつもりでした。母と同じように。
しかし、鎖は身動きを封じます。
彼は狭間に亡骸を押し込めることしか出来なかった。
鎖を引き千切り、再び訪れた狭間に亡骸はそのままあった。時間などありませんから。
……彼は一つ試します。
母の力。全てを癒す、まさに魔法のような力を。
死者すら蘇らせられると信じて。
残念ながら彼にもそれは出来なかった。
肉体は治せても魂と呼ばれるものは戻ってこなかった。
それは当たり前。この世界では死んだ人間は世界を巡るものに変わるのだから……。
天国も地獄も有りはしないのです。
もはや身動き……というか、アレは生きているんでしょうか?
少し目を離したらこうなっておりました。
もはや、身動きどころか痛みすら消え失せた。
身体中の骨は砕け、臓器も無事なのは心臓だけ。
死ぬまでとアルハザード様は仰られた……。
このまま、嬲り殺しになさるつもりのようだ。
まさか、あの封印を自力で解くとは。
そこまでの化け物ではなかったはずなのに。
……何があった? この十数年間の間に。
私が知らぬ間に。ここを訪れるべきだった。
それに、何故こんなにも似ている。
父であったあの方に。
現し身のようだとは思っていた。
最初は本人だと、見間違いではないと思ったほどだ。
力は父以上。我らが敵わぬと思った存在より。
魔王様を殺した勇者より。
やはり、スメラギ様の言葉は正しかった。
我らは次代で完成したのだ。
それが目の前にいるのだから、認めるしかない。
アルハザード様の仰られた、人と手を取る道。
それがあったのは今になれば理解できる。
かつては有り得ないと思ったそれが、正しい道であったのだと。
だが、目の前にある王の椅子に座りたかった。
王になど興味のない、スメラギ様やカムイ様と違い、私はその座が欲しかった。
しかし、小間使いには過ぎた椅子だったということか……。
王とは、成ろうとして成るものではなかったのだ。
「どうやら、この封印とやらからは逃れられないらしい。父と母の目指した世界にするのは不可能なようだ」
そう言ったアルハザード様に、ならば私がと言って許しを得た。
きっとそんな世界にしてみせると嘘をつき。
本当はただ全てが自分に従う。
そんな世界にしたかっただけだ。
人間から力を取り上げ同胞を世界に放ち、自分は城のある大陸で、王としていられれば良かった。
今更、過去を思い出す。
アルハザード様の父であった方の最期を。
「悔いはない。妻と子を守って死ねるのだからな。約束を違えるなよ。もし違えれば死したとしても貴様らを皆殺しにしにいく……よく覚えておけ」
今ならば、この時の言葉の真意が分かる。
父親であったのだと。父としての言葉であったのだ。
自分も親とならねば分からなかった。
気づいた時には、もう遅かった。
親が子を守る。当然だったのだ。当たり前だった。
人が人を救うのも助けるのも当然だった。
そんなことにさえ気がつかなかった……。
支配者など必要なかった。
訪れた当初のこの国が、完成された世界だったのだ。
初めから自分は器ではなかったのだろう。
王になど成れなかった。
偽り玉座に座っただけだった……。
♢
「もはや、貴様に許される道も引き返す道もない。あるのは破滅すると分かっていながら進む道だけだ。もしくは貴様の言う支配を完全なものにするかの、どちらかだ。逆らう者を全て消し去り、残った者を恐怖で縛り付けるしかない」
アルハザード様は私の前に下りてきて言葉を掛ける。
「分かっていると思うが貴様に手は貸さん。そして手も出さん、貴様にだけはな。残りの屑共は、我の機嫌を損ねれば……残らず皆殺しにしてやる。覚えておけ」
父親と同じことを言う。
対象が人そのものである以外に違いはない。
「この消えない感情は後悔というらしい。やり直すことができたなら……あの時、死ぬべきだったのは貴様であり我だった。世界を狂わせた。英雄たちなら世界を正しく導けただろう」
……後悔。確かに後悔というのだろう。
自分が死ぬと理解できて、初めて認めることができたこれは。
♢
魔王は、ただ息をしてそれを吐き出すことしか出来なくなっていた。
あと少し力が加われば、その命は終わりを迎える。
「この程度で死にかけるとは……」
押し潰す黒ではなく、全てを癒す白。
澄んだ青色が魔王を包む。
力は善も悪も関係なく、あらゆる傷を治す。瞬く間に。
「起きろ」
体に何の傷も痛みも残っていないことに、魔王は恐怖した。
こんなに恐ろしいことがあるだろうか?
壊す力と、治す力が同じく存在していることが。
人の使う力とは比較にならない力がだ。
「さて、今のを我が飽きるまで永遠と繰り返そうと思うのだが……どうだ?」
何と答えればいいのか。
……正しい答えなど無いだろう。
気まぐれで殺される人間のようだと魔王は思った。
「うっかり殺さないようにしなくてはな。貴様には恩がある。そんな男を我は殺したくない」
「──お許しを!」
魔王は、こう言う他はない。
他の選択肢など有りはしないのだから。
「そうだな。貴様の話を聞いてからにするか……」
「これ以上、何を?」
「貴様、まだ何も話しておらんぞ。ここに来た理由すらな」
やはり殺しませんか……。
真実を伝えられたらいいのですが。それもできない。
このあとの会話は省略いたします。
魔王のへこへこしている様なんて、皆様見たくないでしょう?
まぁ、この残念な男が現魔王。
名を……なんと言ったか。
──魔王でいいでしょう!
どうせ魔王としか呼ばれませんし。
さて、アルハザードの物語は少しだけ明らかになりました。
ワタクシ、さっぱり忘れていましたが一人。アルハザードを殺したい男がいます。
死んだはずの英雄。
五つなければならない墓に含まれていない男。
現在は商会という組織で会長と呼ばれる男。
……彼の話はもう少し先。
しかし、運命とは残酷です。
アルハザードが最初に出会ったのが、勇者達であったなら世界はこうならなかった。
今のここであり、もう一つの世界も含まれております。
出会いとは順番です。
あの人より、あの人の方が、先に後に出会っていたら物語は違っていた。
魔王は勇者に倒されます。これは決定していること。
ただ、これだけは物語では変わらないし終わらない。
さて、その勇者のお二方どうなりましたかな?