偽りの魔王 4
体が何かの力で押さえつけられている。
一切、身動きが取れない。
この力はなんだ?
アルハザード様は人を選んだ……。
しかし、これは間違いなく我等と同じ力。
どうなっている?
片方しか選べないはず。
反する力を手にする法などあるはずが……。
「流石と言ってやろう。一度にこれだけの数を生成か。まあ、無駄だがな」
押し付けられる力に人形も魔法も地に落ちた。
上から掛かる力は少しずつ強くなっていく。
強すぎる力を受け、初めに音を発し始めたのは仮面。ピシピシと音を立てていく。
「……その力はどうされたのです」
「あの忌々しい封印の鎖に囚われていた間、答えに至ったことがあった。顔も知らぬ、母が語ったことしか知らぬ、男のことだ」
仮面は音を立ててひび割れていく。
「狭間と呼ばれる場所にいた時から考えていた。母の言うような男だったとして、其奴はどうしてここにいない? 何故、母を助けに来ない? そう思っていた」
仮面が砕け散り、魔王の顔があらわになる。
「もしや、今の自分ように母の元へ行きたくても行けなかったのではないか。だとするなら、狭間であっても母が生きていたのは、男が守ったからなのではないか。そう考えるようになった」
砕けた仮面は落下しさらに力を受け続け、平らな形になる。それでも力は加わり続けていく。
「男がいないのはそのために死んだから。我をとは言わぬ。しかし愛した女を、母を想って死んでいったのだろうと至った。間違いがあるか? 口が聞けるうちに答えろ」
「……ぐおっ……」
力はさらに増していく。
もう手をついていることも出来なくなった。
無様に地に顔を押し付けられる。
「答えろ」
これ以上はマズい。
既に身動きが取れないのだ。
このままいけば、仮面のように押し潰され、平らになるのは明らかだ。
……地に手が付いていたのは幸いだった。
地の魔法は使える。背後から串刺しにしてやる。
右手に魔法陣が輝く。
漆黒の色の魔法が発動し、現象が起きるはずが、その魔法が発動する前に体が宙に浮かび上がる。
「答えろ」
「なっ……」
そのまま下に叩きつけられる。
浮く直前までと同じ力で。
「──ガァッ」
「貴様、口が聞けんのか? それとも、まだ何か出来ると考えているのか? もはや貴様に出来るのは質問に答えることだけだ」
もう一度体は浮かび上がる。
まるで重さなど存在しないように。
「──まっ……」
また叩きつけられる。
体のどこかが壊れる音がした。
「────」
声を上げることもできなかった。
「最後だぞ。答えろ」
アルハザード様は一歩たりとも動いてすらいない。
最初から同じ位置にいる。
周りの人形も押し潰されてきている。
砕けるのか? あの人形たちが?
……何で作られていると思うのか。
「わ、分かりました。おっしゃる通りです。だから……」
「そうか」
再び体は浮かび上がる。今までより高く。
「まぁ、別に答えたからどうということはない。貴様が死ぬまで続けてやろう」
冗談ではない。その前に、──死ね!
「……無駄だと理解できないのか?」
人形は弾け飛ぶはずだったのに。
それすら押し潰される。
「貴様は全てを間違えた。王になりたかったのなら人の手を掴むべきだった。それが出来ずとも統治し君臨すれば良かったのだ。それを貴様は! ……味わえ。その報いを」
辺りに凄まじい音が響いた。
♢
これだけの力を受けているのに、人形は砕け体の中も砕け始めたのに、そこ以外は何も壊れない。
……どう、なっている。この力のカラクリは?
体はもう動かせない。
それどころか指一つ動かせない。
それでも、のしかかる力は強さを増す。
「まだ半分ほどだぞ? 上手く制御できるようになった。失敗を経てだがな」
星を堕とすのに一度失敗した。
思った以上。全力に近い威力を出してしまった。本人は意識せずに。
ギリギリと掛かる力は尚増していく。
あるものがピシッと音を立てる。
黒い石が。人と貴族の違い。
その石が音を立て割れていく。
魔王の前に投げられてきたのはこの石。
それが五つ。つまり、五人貴族が死んだことを意味している。
「父のした事を理解できた時、鎖が軽くなった気がした。そこから鎖を引き千切るのに時間はかからなかった。そして見た。変わり果てた世界を」
自分よりも石が壊れる方が早い。
ピシッ、ピシッと音は増えていく。
「……酷い有り様だった。何が貴族。何が魔王だ。貴様はただ繰り返しただけ。いや、それ以下だ。母が願い、父が望んだ世界にはもう出来なかった」
黒い石は全て砕け、黒い光が全てを覆う。
この世界は自分のせいだ。
この男に任せた自分の。
♢
「私は幸せだった。だから何も恨まないで。彼らの業も本当は悲しいもの。だから、出来るなら、もし──が私たちのためにと思うなら、お願いを聞いてくれる?」
どうしようもないくらい理想。そんな願いだった。
誰も傷つかない、誰も争わない。
誰もが幸せに、誰もが当たり前に。
そんな世界を願った。
自分たちのように疎まれ、悲しい結末を迎える人がいないように。
「外見なんてもので人は測れない。私たちは心を通わせることができた。みんなにだってできるはず。そんな世界を作りたかった」
それはもはや不可能。
人は貴族を許しはしない。
貴族が人を認めないように。
……そして自分のことも。