偽りの魔王 3
アルハザードが世界へと初めて足をつけた場所は、彼と母親が狭間へと閉じ込められた、まさにその場所。
魔王と呼ばれた男の城。その玉座の間でした。
お分かりになりますか?
狭間の亀裂。魔王に起きたこと。
どうして強固な封印に綻びができたのかを?
魔王は倒されたのです。
倒した者は勇者と呼ばれ、その後も戦いは続いた。
アルハザードが現れたのは、そんなとき、そんなところ。
彼は初めて見る空を見上げていました。
空白の玉座。戦いのあったであろう辺りの様子には目もくれずに。
「……アルハザード様……」
そう自分を呼ぶ、正しくは父を呼ぶ声がしました。
人間の容姿であるはずなのに、声をかけた男は彼をそう呼んだ。
その様子は驚愕と怯え、そんなものが混じっていたのでしょう。
今現在も嘘を吐き続けている男がそこにいました。
「父を知るということは、その命を奪った者も知っているな。どこにいる……」
男はこの問いに、この少年に、価値を見出します。
ここから逃れるために利用できると。
口の上手い男はアルハザードに最初の嘘をつく。
その者たちは今ここに向かって来ている。
もう、現れるはずだと。
そして本当に誰かは現れる。
その誰かとは勇者であり、世界を救った英雄たちだと彼は知らない。
アルハザードは一つだけ、母が望まぬことをしようと思っていました。
母を閉じ込め、父を亡き者にした存在を消してやろうと。もういない二人のように。二人のために。
男を追い詰めたはずの勇者は、アルハザードに宿る微かな殺意を感じ取ります。
それに、その赤い瞳の色。
何より、男が様をつけて呼ぶ存在を見過ごすことは出来なかった。
最初に仕掛けたのは勇者。
アルハザードは男の言ったことは真実であったのだと信じ、その力を振るう。
貴族の黒ではなく人間の白の力を。
彼は母と同じものを選んだのです。顔も知らぬ父の黒ではなく。
結果は、皆様ご存知の通り。
勇者たちは皆殺し。
そして英雄は一人残らず帰ってこなかった……。
男は逃げるつもりが逃げられなかった。
魔王を倒しさえした勇者たちを皆殺しにした、アルハザードをもはや無視はできなかったのです。
覚えておいてください。
無視できなかったのだと。
決して、彼を王にしようとか、助けてもらったからとか、そんな考えは微塵もない。
この男、現魔王はそんな男でございます。
ここからは本人たちにお任せしましょう。
ワタクシ、戯言を聴き過ぎて気分が悪くなってまいりまして……少し休憩してきます。
♢
よくもこれだけの嘘をつくことが出来るな。
魔王は、我の言った世界であると語る。
そんな世界にはならなかった。
全てはコレを王とした我の責任だ。
「もうよい……その口を閉じろ。貴様、今の言葉に偽りはないな?」
「偽りなどありません。今日も、これからも、世界には平和しかありはしないのです」
白々しい。
その口、二度と開かぬようにしてやろうか。
……いや、それは出来ぬのだ。
今更、人間たちに味方することはできん。
自分は魔王と変わらない。
同じく消えるべき存在であるのだから。
「アルハザード様。どうかされましたか?」
「一つ思い出してな。貴様に渡そうと思っていた物があったのだ」
「私に……」
「──受け取れ」
誰も動きはしないが布袋が魔王の前に飛んでいく。
その袋は目の前に落ちて、中身をぶち撒ける。
カラカラと音を立てて、中身は転がる。
それを見て、魔王の仮面で伺うことのできない表情は変わる。
「──これ、は……。く、鎖はどうされたのですか?」
魔王は時間稼ぎと確認のために話をふる。
撒き散らされた物を見た時点で、この先の行動は決定されている。
アルハザードは鎖で繋がれていた。
封印の術が得意だった男が遺した、強固な鎖の封印に。
だから動けなかった。
だから知らなかった。
だから……気づいた。
「引き千切った」
「ば、馬鹿な、世界の壁と変わらぬ強度のアレを引き千切るなど……」
それは壁を砕くのと変わらない。
あり得ないこと。そう考えて間違いない。
しかし、最初からそう出来たわけではない。
アルハザードはずっと鎖に繋がれたままだった。
本人も諦めていた。この鎖は壊せないのだと。
だから、魔王は十数年訪れなかったし。
今もここに、同じ場所にいるアルハザードは違うのだと思い、嘘をついていたのだ。
「どうした? 仮面の内の表情が透けて見えるぞ? 魔王様」
その言葉が引き金になる。
アルハザードは自分を魔王と呼んだ。
そう名乗っていることは知らないはずなのに。
やはり、全て知られている。
……ならば殺すしかない。
時間を稼ぎ用意したものが、アルハザードのいる祭壇の上から出現する。おびただしい数の人形が。
土を使った量産品ではなく、鉱石に鉄に様々な金属を使った特別製。
自動人形ではあるが、強さは量産品とは比較にならない。
数で勝り、殺す。
それが魔王のとった戦略。
この男は王である。愚者であれども王と呼ばれるだけの力は持っている。
でなければ、他の貴族は従わない。
二つめ、三つめ、と魔法を放ち追い討ちをかける。確実に完全に殺すために。
口の上手さと、変わり身の早さ、その狡猾さ。
魔王はそれに秀でている。
そこに魔王と呼ばれるだけの力。
「堕ちろ」
しかし、それはたった一言で砕け散る。