偽りの魔王
♢18♢
魔王。現在そう呼ばれ、そう名乗る者がいます。
魔王亡き後、勇者を討ち新たにその位についた者が。
──しかし、それは偽り。
魔王はかすめとったのです。
それを出来ない男から。
ずっと欲しかった、その地位を。
男の言葉を無視し、どうせコイツには何も出来ないと高を括り、自分の思うように世界を支配した。
同胞を貴族と呼び、人間を虐げ、時には殺し、逆らう者を排除して支配を広めた。
そこに正しさなど有りはしない。
魔王は考えうる全てを間違った。
もう、取り返しはつきません。
すでに貴族は討たれ、支配など狂い出している。
……元より、最初から狂っていたのかもしれません。
もはや貴族は人間と変わらない。
美味しいものを食べ、面白い芝居を観て、遊戯にうつつを抜かす。
なんと無様。これで支配者とは笑えます。
愚者は気づかない。
もう、戻れないところまで来ているのだと。
この先に魔王に待っているのは避けられない破滅。
──ワタクシ、楽しくなってまいりました!
♢
手を貸してやろうと思ったが、必要無かったようだ。
ムサシの国を救った勇者は、ムツの国の奴。
黒崎 飛鳥より強いな。
ぶつかれば勝つのは向こうだ。
それにしても、スカーレットはまた戻らんつもりか。
使いは終わったろうに……。
「──様。アル様、聞いてますか?」
「なんだ、騒々しいぞ」
「掃除、終わりましたから報告に」
「そうか。いつもすまないな」
「いえいえ、ずっと気になってたんですが、あれは誰の墓なんですか?」
此奴にスカーレット。
もう長くここにいる二人ですら知らない。
聞かれなかったから答えなかった。
聞かれても答えなかったか。今日までは……。
「一つは母の。もう四つは英雄たちの墓だ」
「それは、あの人と関係が?」
「そう思うから、今になって尋ねたのだろう。関係はある。貴様には教えんがな」
「──なんで、スカーレットにばっかり!」
「貴様は口が軽い。もう少し……」
何かが結界を抜けた。そう感知する。
まあ、ここに自力で入ってこれる奴は一人しかいない。許可した者しか通れないはずの結界を抜けてな。
……考えていたより早かったな。
壊すではなくすり抜ける。
自分だけを通れるくらいに穴を開けて。
元に戻さねば、何を言われるか分からないからだろうな。
「客が来る。ここにいる全員を隠す。貴様もそこを動くな」
「ここに客ですか? 人形じゃなくて?」
「その主人が来たんだ。やっと耳に届いたようだな」
知らせた奴がいたのか。
でなければ、ここには来るまい。
「一言も発するな。陣からも出るな。黙っていろ……いや、殺せるなら殺してみろ」
スカーレットがいたら手を出した筈だ。
こいつはどうするだろう?
それが目の前に現れたら。
「殺せるなら?」
「話は終わりだ。来るぞ、支配者様が」
♢
顔を仮面で隠し、全身をマントで隠す。
男なのかも女なのかも分からない。
そんなヤツが現れた。
何の前触れもなく。
アル様が座っている祭壇の下に。
ソイツは膝をつき言葉を発する。
「お久しぶりでございます。アルハザード様。ご尊顔を拝し安堵いたしました」
そう口を開く。
男だ。この仮面の人物は男だ。
「久しいな。いつ以来だ。使いではなく貴様自身が、ここに来るのは」
「長く無沙汰をいたしましたことを、お詫びいたします」
「……外はどうだ?」
アル様の言葉に、男は間をおかずにあらかじめ用意していたように、答えを返す。
「何も問題なく。全てアルハザード様の望むように。人と手を取り、誰も争うこともなく、ただ平穏があるばかり。何も問題はありません」
本当にそうなんだと思わせるくらい、自然に言葉を発する。だけど……。
この男は何を言っているんだ?
平穏なんてどこにある?
それに、アル様の望む通りに?
「ならば良い。下におらずに顔を上げてこちらに来たらどうだ?」
「いえ、私などが恐れ多い」
「なら、無理にとは言わん。聞かせろ。外の様子を。貴様の言葉で」
「それを望まれるなら。私は貴方様の代わりに王を名乗っているのですから……」
偽りしかない男の戯言が聞こえてくる。