ムサシの村 ③
「ごめん。私一人で喋ってた……」
自分で煎れたすっかり冷めたお茶を飲みながら、カレンはばつが悪そうな顔をしている。一度始まると魔法の話が止まらず、我に返るまで一時間は話し続けたからだろう。
お昼を食べていきなと仕度を始めたカレンのお母さんは台所から顔を出さす、会長とスタークという男たちはどちらも現れなかったから中断することもなかったしな。
「専門的な内容はわからなかったけど、魔法が難しいんだとは知れたよ。魔法使いに憧れてたんだけどな」
「……私、専門的なことなんて言ってないよ。とても基本的なことだけしか言ってない」
カレンをフォローしたつもりが、とても恐ろしいことを言われてしまった。本当に一時間あった話の中に専門的な内容が含まれていなかったのだとしたら。
説明されても魔法への自分の理解はとても薄く、それでは魔法を使うなんて真似ができるようには、到底ならないのではないだろうか……。
「──こんにちは、お邪魔しますよ」
冷えたお茶を口に運び、軽くない絶望感を感じていると、スタークという男がようやく現れた。
挨拶したのに返事を待たずに入ってくるのはどうかと思うが、カレンが何も言わないのだから俺も何も言うまい。
「なんだ、会長はまだ来てないのか? 着替えにでもいったか」
そして単にドアから近いからか、流石に嫌われている自覚はあるのか、空いてる席の二つのうち俺の隣に座る。
この男は報告ついでに知らせるからと言っておきながら今の口ぶり。一時間以上もどこで何をしていたのか。
「んっ……この匂い。煙草か?」
「なんだ。お前さんもお吸いになるのか。一本いるか」
「いらない。親父が吸うからそうかなと思っただけだ。というか、まさかとは思うけど煙草吸ってて遅かったのか?」
「遅かったって。別に何も急いでないだろ。それに会長もいねーし、元からオレはいてもいなくてもいいじゃねーか」
言われると確かにそうだ。スタークというこの男がいなくても問題ない。どこで煙草吸っていようと何の問題もない。
でも、先に現れた方に聞けることもあるよな。ただ待っている必要もない。
「スタークさんでしたよね。私は少し尋ねたいことがあるんですがいいですか?」
「別にスタークでいいぜ。無理にさん付けすることない。んで、聞きたいことってのは?」
「ありがとうございます。遠慮なくスタークと呼ばせてもらいます。それで、これは商会の仕事のひとつですか」
カレンに先を越されてしまったけど、聞きたいことは同じだし問題ない。配給だという布袋について、配っていた当人に話を聞くのは効率がいい。
あと、俺も次からスタークと呼ばせてもらおう。
「いや、通常の業務じゃない。今回のこれはムサシの村からの要請に応じて用意した物だ。財政難に食糧難。どこの街も村も大して変わらないが、ムサシの国は他と比べても深刻だからな。通常の業務に隠してわからないように運んできた」
食糧難? この農業が盛んで畑が敷地の半分を占める村で。
待て待て、だから食料の配給なんじゃないのか。
もしかしてあの兄妹が夜中に村を抜け出した理由も。
カレンの「叱らないでという」言葉も。
兄妹の父親のあの表情も。
全部が食糧難という言葉に繋がるなら理解できる。
「こんなんじゃ一時凌ぎにかならないが、あと数回は同じ量を支給する予定だ。その間にどうにかするしかないな」
「……そうですか」
「いい方には考えらんねーだろうが、それでも頑張るしかないぜ。まあ、そういうのは本来大人がなんとかしなきゃならねーんだろうがよ」
カレンの表情はスタークの言葉の前より沈んでいて、支給を重ねたところで一時凌ぎにしかならないというのは本当のことらしい。
しかし、「この量を繰り返し支給しても変わらないのか?」と何も知らないからか思ってしまう。
「これだけの量を複数回支給しても食糧難は解決できないのか? この量なら切り詰めれば一カ月くらいは食べられるはずだ。それがあと数回、数ヶ月間あっても解決できない食糧難ってなんだよ!」
「おい、コメや野菜がどのくらいで育つのかわかるか。って言っても、今あるやつが育ったところで解決するってわけでもねーんだけどな。問題は貴族に税として持っていかれると、自分たちが食う分がないってところなんだ。食うにも困るし、金にも困るってな」
「税って……そんなに取り上げるのか?」
「七割ってところか。残りの三割で一年間暮らしていくのはまず不可能だ。あぁ、副業とか言うなよ。収入源は農業がほとんどで、それに嫌でも時間を使わなくちゃいけないってのが大前提なんだからよ。税を払えないってのは一番避けなきゃならないことだからな」
自分が何も知らないことを後悔するしかない。
スタークがこの村の人間ではないから、何も知らない勝手なことを言う奴に淡々と話すことができたのだろう。でなければ、冷静には語ることもできないだろうから……。
「税は人数に対して増えていく。けど、収穫量はほとんど変わらない。これじゃあいつまで経ってもよくなんてならない。どんなに訴えかけても畑を増やす許可すら出ないのだから、できるのは切り詰められるところを全て切り詰めること。でも、それも限界。この布袋がなかったら、食いつなぐことすらできなかったと思う」
そして、この村の人間であるカレンの様子は見ているだけで、それがどれだけのことなのかを語っている。発せられる言葉は飲み込むには重すぎる。
食糧難なんて言葉でしか知らない奴が、事情も何も知らないで踏み込んでいいことじゃなかった……。
「ごめん」
「謝んなよ。お前さんは知らなかったんだ」
「そうだよ。悪いのは貴族。税を払えなければその村ごと消すなんて無理を言う貴族なんだから……」
悪政と言うしかない行いを良しとする貴族という存在。
もしその貴族の無理に耐えるしかカレンたちに選択肢がないのなら、世界を救うためにここに来た俺がいる意味とやる事は、そこに関わることなんだろう。