渓谷 10
こちらからは見えない崖の陰から光がほとばしる。
衝撃を持って大地を揺らすほどの閃光。
思わず目を閉じるほどの光の強さ。
響く音は爆発と言っていい。
「おいおい、何だ。今のは……」
「──スターク、下ヤバい! 崩れるよ!」
ミシミシいってはいたが、とうとう限界を迎えたらしい。川の真ん中から地面が沈む。
地形が変わるのか。
勇者って奴らが戦うと……。
自分たちがやったことなど、ヒビ割れを大きくしたくらいだろう。
リックと二人巻き添えを避け、崩れてない部分まで飛び移る。
大蛇は飛べはしないし、ジャンプもできない。
あの、重量では下に落ちるしかない。
思い通りにはなったが、向こうが心配だな。
「蛇はもういい。優たちの方に行くぞ!」
「ボク、魔法使いすぎて疲れたんだけど……」
「それでも、俺と優の強化は維持してくれよ」
「こんなに暴れたの初めてだよ」
「そうだろうな。こんなのに遭遇することなんざ稀だ。愚痴は後にして行くぞ」
その俺たちが目にした光景。
爆発で砕けた崖。
そちらこちらに威力の大きさを思わせる破壊の痕。
その惨状で立ってるのは三人。
黒崎、スカーレット、アオバ。
どうして、アオバがいるのかは後でいい。
優は倒れていて、カレンの姿は見えない。
盗賊は……死んでるな。
「──カレン!」
離れた位置に倒れているカレンを、リックが見つけたらしい。カレンはリックに任せよう。
「黒崎、今の爆発はお前さんだな。まだ、やんのか」
「そんなに怖い顔しないでくださいよ。目的は達成した。もう、ここに用はない」
「お前を殺すんなら今なんだろうが、俺の役目は優とカレンを、イワキまで連れてくことだ」
「なら、これで失礼します。貴族を殺しに行かなくちゃいけないので」
流れてる血の量は傷が浅くないという証だ。
それでも、貴族を殺しに行くつもりなのか。こいつは……。
「アオバ。お前は、どうしてそっちにいるんだ?」
尋ねるまでもない質問をする。
「──助けて! 無理矢理連れてこられたの!」
「そんな嘘が、通じると思ってんのか」
「……思ってないわよ。カレンによろしくね。私は、この子たちと行くことにしたから」
「個人の自由だが、そいつに着いて行く意味は分かってんのか?」
「世界を救うんでしょ? 楽しそうじゃない。医者は必要よ。それに大人もかしらね……」
そういうことか。
掴み所のない女だと思ってたが、姉さんみたいな奴だ。
「黒崎、ウチの会長からだ。俺の邪魔をすれば殺す。トモエが何と言ったか知らないが、俺は勇者だろうと目障りなら容赦なく消す、だそうだ。気をつけな。姉さんより、会長の方がおっかないぞ」
「……忠告ですか。火神が邪魔をしなければ、今回だって何も問題なかったと思いますよ。邪魔をしたのは火神でしょう?」
「俺は、お前のやり方まで間違ってるとは思わない。ただな、そう思わない奴もいるんだ。覚えておけよ」
世の中がそんな奴ばかりじゃ、世界なんて狂ってる。
そうじゃない、他の道を探す、そんな奴らがいるから何とかなってんだ。
俺やお前とは違うやつもいるんだよ。
「準備できたわよ。三人で移動するとか……無理だからね。失敗しても文句言わないでよね」
地面に魔法陣を作成していた、スカーレットが口を開く。
「そういうわけだから──」
アオバが黒崎に一撃を入れる。
やはり限界だったらしい黒崎は、簡単にその一撃を受ける。
「医者としては、こんな怪我人に無理はさせられないからねー。ちょっと寝てなさいな」
「早く行くわよ! そのままにしてたら、アスカが帰っちゃう!」
──帰っちゃう?
「おい、どういう意味だ?」
「カガミくんも同じ。彼らには回収するための魔法もかかってる。本人が命の危機に陥ったりした時の保険ね。 ──本当に行くわよ!」
「スカーレットは、せっかちさんね。男の子って重いのよ?」
こいつらに構ってる場合じゃない。
優はどうなんだ? 意識はあるみたいだが……。
「ユウもカレンも大丈夫よ」
二人の状態は確認してやがったのか。
スカーレットの転移の魔法が発動し、三人は姿を消した。
アオバの口ぶりからすると、貴族とは闘わせないな。転移先は不明か。
……あいつらの後は追えない。
それに、こっちも貴族どころじゃねーな。
「リック、カレンを運んでこい! 俺らもここからずらかるぞ」
♢
黒崎を止められなかった。
それどころか、カレンすら守れなかった。
盗賊は全滅し生き残りはいない。
……それが結果だ。
何もできなかった。
足りなかった。力ってやつが。
攫われた人たちを助けたのも、俺以外のやつだ。
本当に何もできなかった。
もっと強かったら、違う結果になっていただろう。
あの盗賊の頭は、俺に何と言うつもりだったのだろう……。
その言葉を聞くことはできなかった。
黒崎が正しかった。
そういうことだったんだ。
俺のやろうとしたことは、偽善でしかなかったんだ。
「それ以上はいけません」
「進めば、彼のようになってしまいます」
「少し、ワタクシとお話しいたしましょう」
真っ白なウサギが立っていた。