渓谷 9
「優、二人に構ってばかりいられない。狼が残りの盗賊たちを追ってる」
駆けつけた俺にカレンはこう言った。
「もう、捕らわれてる人はいない。黒崎は加減する必要がなくなった」
──ゾッとした。
黒崎は、ちゃんと考えて戦っていたんだ。
全員が助け出されるのを待っていた。
あれだけの力を使って、まだ全力じゃないのか?
それに、こんなに冷静にいられるものなのか。
滲む狂気ですら、こいつの一部に過ぎないのか……。
「スカーレット、もう少し時間を稼ぐ。手を貸してくれ」
赤い髪の彼女。スカーレット。
彼女は黒崎にとって特別なんだろう。
カレンの誘いを断ったやつが、手を貸してくれと言うくらいには。
「いいわよ。私が前、あなたが後ね?」
直後にスカーレットの姿が消え、俺の本当に目の前に現れた。
その手に握られた短刀は、既に振りかぶられている。
「初めまして、カガミくん。私の届けた荷物は、ちゃんと手元に届いたみたいね? わざわざ持っていった甲斐があったわ!」
そう口では言っているが、攻撃に容赦はない。
──この子。ちゃんと訓練してる。
そう思わせる剣さばき。
……足さばきもか。
華麗で流麗。そんな表現になるだろう。
「上手く捌くわね。 ──これならどう!」
短刀だけでなく、体術も織り交ぜられる。
蹴り技か。いつまでもは受けらんないな……。
「……あなたも、いい子ちゃんなのね。女だから斬れないの? 情けない」
「あぁ、そうだな。女の子を斬る趣味はない。女の子は女の子に任せるよ」
燃え盛る矢が、俺の背後から射掛けられる。
スカーレットはカレンに相手してもらおう。
「──ズルっ! カレン、あなたずるいわよ。魔法なしにしなさいよ!」
「魔法使いだから無理かな。それよりちゃんと避けないと危ないよ」
黒崎のように操作された矢がスカーレットを襲う。
スカーレットは一瞬消え、また現れる。
転移の魔法ってやつか。よし、これなら俺は、
「黒崎、お前を斬ってでも止める!」
「僕をか。でも、いいのか? そんなことをしてる間に盗賊たちは全員喰い殺されるぞ。そこの奴以外はね」
「一撃で終わらせて狼を追うさ!」
盗賊頭は、まだ生きている。
カレンの強化の魔法がかかってる。炎の鎧が。
「カレンの魔法じゃないな。リックか。風の魔法……速さが付加されるのか」
狼が新たに現れる。そこら中にある影から。
前方を埋め尽くすくらいに。
「──どけっ!」
付加された風は、振るう剣すら加速させる。
この速度なら狼も躱せない。
「狼じゃ無理か。なら、やっぱりこれしかないか……」
届く。ここからなら後一歩で黒崎まで。
「この終わり方は本意じゃない。次があったら全力で戦おう」
……何を言って?
「──爆ぜろ」
閃光に目がくらむ。何かが弾ける。
それより……剣を止めきれない。
黒崎は構えた銃を撃たなかった。
また、相討ちになると思った攻撃が一方的な攻撃になってしまった。
弾けたものの衝撃より、剣が黒崎に届く方が早い。
「──ぐっ」
剣は障壁ごと黒崎を斬った。
軌道はそれで肩口から斜めに。
今度は衝撃が襲ってくる。
この場所にいる全員を巻き込んで。
♢
斬られるとはこんなに痛むものなのか。
左腕を動かせない。血も溢れている。
火神は鼠の弾けた衝撃で、派手に打ちつけられた。しばらくは動けないだろう。
最大の威力じゃ無かったから使えた手段だ。
フルに魔力が溜まっていたら、ここは残っていなかったかもしれないな。
……本当に痛みでどうにかなりそうだ。
「ちょっと何よ、今の! 私ごと巻き込むとか正気?」
スカーレットは無事か。
僕たちとは距離があったしな。
「はぁ、はぁ……仕方ないだろう。あれしか思いつかなかったんだ」
「その傷、結構深いわよ。すぐに手当てしないと」
「まだ終わってない。勝負は負けたが、こっちは譲る気はない」
盗賊は殺す。
火神たちがイレギュラーだったんだ。
そのイレギュラーも、邪魔する奴もいない。
「ちょっと待ってなさい……」
そう言ってスカーレットは、どこかに転移で消える。
「……黒崎」
火神、まだ意識があるのか。タフな奴だ。
「流石に動けないだろう? ゼロ距離だったからな。互いに一撃ずつだ。恨まないでくれよ」
「……まて」
「風の強化が仇になったな。カレンの魔法だったら立ち上がれたかもしれないのにな」
自分も火神と大差ないな。
立ってるのがやっとだ。
それに、魔力も随分と削られてしまった。
大蛇は消費が大きい。
それを幾度も作り直してはね。
外の二人にはしてやられた。
でも、ここでの目的は果たす。
盗賊を守るカレンの魔法は消えた。
術者が意識を失ったのだろう。
もう、お前を守るものは無い。
「やっとお別れだ。これまでを後悔して死ね」
一発の銃声が響いた。
♢
「お姉さん医者よね。アスカのこと診てくれない? 下手くそだから治癒を使うなって言われてるのよ」
アスカ。彼も異世界へのマヨイビト。
より正しく言うのなら、勇者様。
盗賊を皆殺しにしちゃうようなね。
せっかくの私の善意が、食べられちゃった。
黒い獣に。盗賊なんてどうでもいいんだけどね。
「彼は、その内帰るわよね。私も連れてってくれないかしら?」
「まだアスカには言ってないけど、貴女はアスカの探してるやつよ。向こうが頼んでくるわ。どう?」
「──本当に。だったら返事は決まってる! 行きます!」
怪我の治療に悲願の達成。
なんだろう。日頃の行いが良いせいかな?
「彼女たちは?」
「……そうだった。いちお任されてるし、私」
「貴女、さっきの人ね。お姉さん借りてくけどいいかしら? 盗賊は見ての通り全滅。後は彼らに頼りなさい」
カレンになんて言おう……。
あの子は、私が一緒に行くんだと思ってるわよね。
「あー、悪い人に攫われる。そして無理矢理治療させられるー」
「……なによ。それ」
「今の感じでお願い。攫わる程でお願いします」