渓谷 3
♢13♢
渓谷と聞いていたところは、真ん中に川が流れ、西側が崖のようになっていて、そこにいくつも穴が開いている。想像した場所とはだいぶ違った。
穴は高い位置にあるし、その穴は一つではなかった。中で繋がっているのだろう。
俺、カレン、アオバさんは東側。
自分たちのやって来た方向に隠れている。
コウズケの国側は崖のようになっておらず、木が生い茂っていて、そこの陰に隠れている。
「合図があるまで待機か。あの横穴は中で繋がってるし、時間かかりそうだな」
「洞窟というんじゃないのね」
「人為的に掘られた穴だからじゃないですか? どっちでもいいと思いますけど」
盗賊の潜伏場所にかわりはなかったんだ。
アオバさんのお手柄だし、それで救える人がいるんだから。
「あっちに魔法使いがいなければ、私の魔法で人の位置は把握できたのに」
「そうね。感知されなきゃ簡単だったわね」
盗賊内にも魔法使いがいる。盗賊頭と数人。
魔法使い同士なら気づかれるし、気づかせられる。
会話も可能らしい。
ムサシの国で、マナさんが用意した携帯型の通信機。あれは魔法使いなら道具がなくても可能らしい。
「まあ、用心するに越したことはないからね。ユウもカレンも、もしものときは私を守ってね?」
これは意外だったのだが、アオバさんは戦えないらしい。戦えない魔法使い。
彼女は、戦いのための魔法を覚えるつもりがないとの話だった。
「──なんか来たわよ。ぞろぞろと」
アオバさんが気がついた訳ではなく、俺からも見えている。向こう岸を馬に乗った一団が進んでくる。
盗賊たち全員分の馬はない。
そうスタークは言っていた。
実働部隊が馬を使うと。
盗賊内で役割は分けられていて、組織的に行動している。一人やられれば一人補充する。
勧誘はそのためだし、それにより人数は維持されている。
誰かを食い物にして。
「……また、どこかの村が襲われたのか。俺たちが盗賊を見つけられていたら……」
盗品を持ち帰る盗賊たち。
その光景は見たくないものだった。
「どうするの。洞窟内に人数が増えれば中の二人は動きにくくなる」
「でも、動くなって言われてるし」
──俺は。
「──全員片付けてくる! カレン、アオバさんを頼む!」
「そう言うと思った」
カレンは俺を止めない。
自分でもそうするだろうから。
「──行ってくる」
相手は二十人。
盗賊たちの数を数えて、背中の剣に手を伸ばす。
「止めないのね」
「優がいかなかったら私がいってたよ?」
「……大変ね。スタークも」
♢
最初から強化の魔法が使われる。
そのはずだ。馬の中に一頭毛の色が違うやつがいる。
あれは統率者が乗る馬だ。
「なんだ、仲間になりに来たのか? 兄ちゃん」
相手はそう言ってくる。
しかし、口ではそう言っても、
「そんな顔に見えんのか……」
見えないからこそ、最初から戦う気なんだ。
「んー、見えねぇな。それにしても、よくこの場所が分かったな。感心するぜ」
「お前らと話をする気はない」
「だとよ。馬は使うな、足元がこんなんじゃ役に立たない。やれ!」
盗賊頭は自分では向かってこない。
強化の魔法は術者が倒れれば消えてしまうから。
なら、こっちは魔法を使ってる奴を最初に狙う。
「兄ちゃん、本当に強いな。だからこそ勿体ない。どうしてその力を活用しねぇ?」
一人。二人。と盗賊たちを倒す。
その先にいる統率者を目指して。
強化の魔法があっても負けることはない。
「……答えないか。自分が正しいと思ってるなら違うぜ。誰かを救おう、助けようなんてのは、馬鹿のやることだ。結局は自分さえ良ければいいんだぜ?」
「そんなんだから、盗賊なんてやってんだろ」
「──違いねぇ」
こいつは俺の剣を受け止める。
やっぱり頭と呼ばれる、この男は別格みたいだ。
「見ない剣術だ。騎士のそれでもないし、我流ってわけでもなさそうだ」
それに自分を上回る力をいなすことができる。
剣士としても、魔法使いとしても並じゃない。
それなのに……。
「魔法はないみたいだな。こないだのは、その剣の力か。そんだけ魔力があっても宝の持ち腐れだな、兄ちゃんは」
新たに三人。盗賊が倒れる。
「オレ一人の魔法じゃ無理か……」
状況を見て、相手を見て、対応することだって出来るのに。
「……どうして。その力を奪うことに使うんだ。何で正しいことに使わない?」
「それじゃ、世の中は変わらなかったからよ。最初から盗賊なんてやってたわけじゃない。変わらない世界にウンザリした。だから奪う側に回ることにしたのさ!」
諦めたのだ。この男は。
そして、引き返せない道を歩んできた。
「兄ちゃん。世の中は変わらない。長く生きてきたヤツが言うんだ。間違いないぜ!」
「変えようとしない奴に変えられるわけが無い。それを自分を肯定する理由にすんなよ!」
この世界の人々は諦めた。
でも、ちゃんと生きてる。
諦めようと間違えてない。
諦めて間違った奴が、その人たちを傷つける。
世の中が悪い。世界が悪いと言って。
「吠えるねー、後悔しな。誘いを断ったことを」
「盗賊にならなくて後悔なんてするわけない」
「これを味わってから言いな。魔法ってのは重ねられんだ。知らねーだろ?」
新たに、男に三つ強化の魔法がかかる。
「これで四属性全ての強化がかかった。時間制限はあるが、時間内に終わらせればいいだけだ」
魔法使いが四人。それぞれの属性の強化の魔法。
一属性で倍だとするなら……。
「個人の許容量によるが、オレはここまでいける。他の奴らは二つがせいぜいか? これなら兄ちゃんにも負けやしない」
そう言うだけの力がある。
騎士と同じかそれより強い。
「上には上がいるんだ。死んで後悔するんだな!」
その盗賊頭の台詞に合わせ閃光が走る。
狙いは俺ではなく、倒れている盗賊たち。
全員を貫きトドメを刺した。
「屑に上とか下があるとは知らなかったよ。上下の差はなんだろうな。火神、君分かるか?」
──黒崎。
「新手か。それに兄ちゃんより容赦ないな……」
「火神。その屑たちを気絶させてどうするんだ。川にでも沈めるのかい?」
「おいおい、無視すんなよ。そっちの兄ちゃんよ」
「うるさいな。お前に興味なんてないから……さっさと死ねよ」