渓谷
♢12♢
「空振りだったのかい。残念だったね」
商会の支部に戻った俺たちに、慰めの言葉がかけられる。
「「──お疲れ様でした!!」」
そう元気だけはいい声もかけられる。
「テメェら、鬱陶しいから本当に帰れ! いいよな、ばあさん?」
「いいよ、今日はもうあがんな。今夜は静かにするんだね。スタークにシメられないように」
「「うす! 兄貴たち失礼します!」」
そう言い残しチンピラたちがいなくなり、一気に静かになった。
盗賊の件もあるけど、あの男の人は大丈夫だろうか?
「あら、みんな帰ってたのね」
奥からアオバさんが鼻歌交じりでやってきた。お気楽というか、楽しそうというのか。
「男の人は大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。経過も良好だし、すぐに良くなる」
良かった。
あとは盗賊たちか……。
「そういえばね。さっき思い出したんだけど、この国の西の端に渓谷があるの。シナノの国に近いところ。あの場所の洞窟なら、盗賊の潜伏場所になるんじゃない?」
「渓谷に洞窟か。川もあるし水にも困らない。洞窟ってのも盗品を集めるのにはありだな。アオバ案内できるか?」
「いいわよ。盗賊なんて許せないもの。役に立つなら案内する」
渓谷っていうのは、確か川のある山の間だよな。
「アオさん、どうしてそんなこと知ってるの?」
「シナノから来たからね。ずっと川沿いを通って来たのよ。水は大事なのよ? 歩いて旅するにはね」
調べてみる価値はある。
「それでいこう。移動に時間がかかる。朝一で出るぞ」
スタークも同じことを思ったらしく、新たな目的地になったようだ。
「それにしても、リックは遅いな。様子を見にいった方がいいか?」
「やめとけよ。単独だからいいんだ。ぞろぞろ行けば勘づかれる」
そういうものか。
リックは、バックスという男の屋敷に忍び込みにいった。盗賊に繋がる情報があるかもと言って。
一日無駄にしてしまったから、止めるに止められなかった。
何かしら掴んでくると信じるしかない。
「ばあさん。そういうわけだ。あの親子頼んだぞ」
「貴族に見られなきゃいいんだろ。しばらくはここに居させるよ」
剣を振り回すことしか出来ない俺だけじゃ、どうにもならないよな。
一緒に行ってくれるやつ。仲間ってのは必要なんだ。
一人で戦っていくつもりなのだろう、黒崎のことを思った。
♢
「カレンはお風呂。スタークは明日の用意。残る暇人どうし、ちょっとお姉さんと話さない?」
そうアオバさんに話しかけてられた。
「いいですよ。俺に出来ることなんて、これを振り回すことくらいしかないから」
手入れをしていた剣を鞘に戻し、アオバさんの前に座った。そして彼女に顔を向けた。
「あなたもマヨイビトよね?」
「あなたもって言うってことは、カレンのこと気づいてたんですか?」
「気づいてた。でも言わなかった。カレンは幸せそうだったから。だけど、本当のことを知って村を出て来た。あなたと一緒にね。どういう関係?」
どう、と聞かれても何て答えたら。
「答えられない関係だと……」
「違いますよ! 友達……仲間ですよ。仲間!」
「カレンと同じこと言うのね」
「何でそんなこと聞くんですか?」
「あの子は妹みたいなもんだから。お姉さんとしては心配しないと」
面白がってるように見えるが、そう言われてしまえば無下にはできない。
「あなたもカレンのように迷い込んできたの?」
アオバさんは、あの時いなかったのか。
「俺は、この世界を救うために来たんですよ。迷い込んだわけじゃなく人為的に」
「──本当に? それなら帰るわよね。向こうに!」
いつかは。魔王を倒せば帰るだろう。
もしくは時間切れで帰るのか?
確か半年くらいって言われたよな……。
その辺はどうなっているのか、更紗たちに聞いておけば良かった。
「帰ると思います」
「その時に、私も連れていって!」
「アオバさん。向こうに行きたいんですか?」
「行きたい! その方法を探す旅をしてるのよ。向こうの医術を自分のものにしたいの」
最初に思ったのは、会長に頼めばあるいはと考えた。ただ、勝手に話していいことなのか。それが問題だ。
やはり行き来できる人がいる。っていうのは話さない方がいいな。
「約束はできないですね。帰るのもいつとは言えないですし」
「その心配はいらない。そう分かったから、あなたたちについて行くから」
──えっ?!
♢
耳がいいのは役に立つ。
小さな話し声も聴き取れるからね。
──ふむふむ。
盗賊たちに深刻な被害が出ている。
潜伏場所は水場があるところ。
これ以上、被害がでない内に移動したい。
これは十分な収穫があったね。
それにしてもよく喋るね。
……お酒のせいかな?
スタークが届けさせたお詫びだけど、こんなに口が軽くなるなんてね。
貴族はもちろんだし、バックスってヤツも絡んでる。最初から貴族の息のかかったヤツだったんだ。
ロクなもんじゃないな。
悲しむ人。苦しむ人がいるのが、分からないんだろうね。
コイツらを裁くには殺すしかない。
クロサキは間違ってない。
自分一人でやりたいきらいはあるけど。
貫けるならユウの考えも間違いじゃないけど、ボクはクロサキ寄りの考えかな。
けど……世界を救うか。
そんなこと考えてもみなかった。だけど、もう貴族は死に変化は起きてる。まだ実感がないだけで。
一人旅にも飽きてきた。
ボクも一緒に連れてってもらおうかな。