医者
♢8♢
「ここじゃ治療はムリ。ベッドか何かあるところに連れていきたい。動かしたくないんだけど……これじゃあね?」
そう白いコートの女が言う。理由は周りに野次馬たちが群がり始めたからだ。
手を出さないのは当たり前にしても……。
「──テメェら邪魔だ! 見世物じゃねーぞ! 散れ、散れ!」
「スターク。口悪いよ? みんな心配なんだよ」
邪魔なのは同じだ。それで誰かを助けられるなら苦労はない。
「──場所はここん中を使ってくれ! 早く行くぞ!」
男を担ぎ上げ扉をくぐる。
そういや、この村の支部は初めてだな。貴族もいない場所にあるところなんざ、わざわざ訪れる理由がないからな。
「……ここって」
女がそう言ったのが聞こえたが時間が惜しい。助かるもんも助からなくなっちまう。
「──ベッドのある部屋か、横にさせられるところはどこだ?」
いきなり店に入ってきた俺たちに視線が集まる。そして絡んでくる。
「なんだテメェは? ここがどこだか分かってんのか? あぁん!」
「せっかく掃除したのに汚しやがって、殺すぞ?」
「商会、舐めてっと死なすぞ!」
なんだ、このチンピラ共は……。
こんなのに構ってる暇はない。
「お前らじゃ話んなんねーから、ここの偉いやつを呼んでこい! 早くしろ!」
いつからウチは、こんなのを置いとくようになったんだ?
「偉いやつだ? 勝手なことばっかり言いやがる。テメェを背中の男みたいにしてやろうか?」
「……何だと?」
「──うっ」
チンピラたちは後ずさる。
「やめないか! 悪ガキ共が。久しぶりだね、スターク」
奥から見知った顔が現れる。
「ばあさん! あんた生きてたのか? 最近見ねぇから、てっきり死んだんだと思ってた」
「……あとで覚えときなよ? 田舎に引っ込んだんだよ。部屋なら奥を使いな。 ──案内してやりな!」
ばあさんの一言で、チンピラの一人が奥へ案内するらしい。その途中で再びチンピラたちの声する。誰かが店に入ってきて、また絡まれているよいだ。
「お前らに用はない。スタークはどこだ?」
優か。あの様子じゃ、何であんなことしたんだ! とか言うな……。
「──まずはこいつだ。優に構ってる場合じゃない」
♢
商会の支部だというところに入ったら、いきなりチンピラみないなのに絡まれた。
こんなのの相手をするつもりはないんだが、後ろには女の子二人に子供。
「お前らに用はない。スタークはどこだ?」
注意を自分に向けておけば、二人が絡まれることもない。そう思っての発言だったんだけど……。
「知らねーな」
「あぁ。それより可愛い子連れてんじゃねーか。オメェはいらねーから女置いて消えろや?」
無駄だった。
「やったね、カレン。ボクたち可愛いってよ? 」
「そんなことより、中に入っていった人たちに会いたいんですけど」
「「──そんなことより!」」
リックはともかく、カレンのその一言にチンピラたちはショックを受ける。そしてキレる。
「「ちょっと可愛いからって調子にのってんじゃねーぞ!」」
カレンに摑みかかるつもりだったんだろう。そんなことさせないけどな。
「なんなんだ、お前ら……」
一人の手首ひねり上げる。
それを見た他の奴らは、今度こそ俺に注意を向ける。というか襲いかかってくる。
本当になんなんだ、お前ら……。
「ぐぉ」「うわぁ」「ぐえっ」
三人畳んだところで待てがかかる。
「入ってくる人間にいちいち絡むんじゃないよ!」
「……だけどよ、ババア」
「スタークなら奥だよ」
キツそうな感じの女の人がチンピラをとめ、スタークの居場所を教えてくれる。
「──優、ちょっと行ってくるから!」
「カレン?」
カレンは一人、急ぎ奥に行ってしまう。
あの白衣の人と知り合いみたいだった。
あの女の人、医者だと思うんだけど白衣は異世界にもあるのか?
♢
私が診る。そう言ったわりに、女は魔法を使う気配がない。手で触れ、何かの道具を使い、鼻歌まじりで男を診察している。
「……医者なんだよな? 魔法使いなんだよな?」
「医者だし魔法使いよ。ただし、あなたの思ってる医者とは少し違う。私は水の魔法使いじゃないし、魔法だけで癒しもしない」
そんなんで助けらるのか?
そう言おうした時に、誰かがこの部屋に入ってくる。
「──カレン? どうしたんだ。優たちは一緒じゃないのか?」
「スターク。それに、やっぱりアオさん」
「ん? ──カレンじゃない!」
知り合いなのか。この妙な格好の女と。
「カレン、久しぶりね! でも、あなたどうしてこんなところにいるの? 」
「アオさんこそ」
「私はフラフラしてるからね。たまたまだし偶然よ?」
「……知り合いなのか?」
「あぁ、彼女はアオバさん。医者よ。前に癒しの魔法と魔法を使わない手当てを教えてもらったの」
カレンは癒しの魔法を使える。手当ても一通りできる。
マナのように水の癒しではない魔法に、正確に手当てをする技術。それが出来るのは知っていた。珍しいとは思っていたし、不思議だとも思っていた。
この世界にそんな技術はほとんど存在しないから。まるっきり無いわけじゃない。
それでも、擦り傷程度の怪我しか手当てなんて使えない。薬もそれほどあるわけじゃない。
医者。つまり水の魔法使いは、いるだけで意味がある。癒しの術の価値は高い。
だからマナはイワキにいなくちゃならない。医者とは名乗らなくても、あいつは医者なんだ。
「……男ができて村を出たのね? 感心しないわね」
「──違うから!」
「嘘はいけないわよ。私は誤魔化せない」
カレンと喋っている間も女の手元は止まらない。
「ダメね。内出血してるしひどい怪我。外からじゃ助けられない。手術するからカレン手を貸して?」
「私で役に立つの?」
「助手はいてくれた方がいい。スタークだったわよね? 誰も中に入れないでくれる?」
「分かったが、手術ってのはなんだ?」
俺の質問に、アオバという医者は信じられないことを言う。
「簡単に言うと開くのよ。人の体をこう」
手に持っているのは銀色の刃物。
開く? 腹をか?
「……冗談だろ?」
手術とやらの内容を見ることはできなかった。部屋から追い出された。
アオバという医者だという女を見て、ひとつ思ったことがあった。魔法じゃない癒しの術。
それはこの世界の術とは違い、向こうの世界の技術なんじゃないのか? と。