ムサシの国。その後。 2
♢2♢
一夜が過ぎ、いよいよ出発となった今日。
「忘れもんはないな? 忘れ物取りに戻ってくんのとか嫌だからな」
スタークがそんなことを言う。
持ち物といっても俺は手ぶらだし、カレンはピンクのポシェット一つだけ。とても旅立つ人間の装備ではないが、それには理由がある。
「俺、何も荷物なんてないけど……」
「私も大丈夫」
唯一の荷物は背中の剣くらいだ。
「いちお確認だよ。それと優。お前さんの荷物ってのは届いてたぞ?」
俺の荷物? そんなのあるわけが──。
「さっき届いたらしい。この鞄、そうだろ?」
それは確かに俺の鞄だった。
学校に持ち歩いていた鞄で、異世界に来る直前まで持っていた物だった。
「──どうしたんだ。これ?」
「女の子がずいぶん前に届けにきたらしい。マヨイビトの人のだから。って言ってたらしいな。思い出した村のやつが、さっき届けにきた」
俺は鞄を最後の瞬間に持っていたか? 分からないけど、目の前にあるってことは持っていたのか?
「最初に届けにきたのってムサシの国の子か?」
「そこまでは分かんねーな」
中身も変わりない。財布に携帯。学校からのプリント類。携帯は、流石に充電切れてるか……。
「どうすんだ? 邪魔なら支部に置いてくか?」
使えそうな物はない。あっても邪魔なだけだし、置いていくか。
「まだポシェットに余裕あるし、持っていったら?」
──その手もあった。
「いいのか? 本当に使い道ないけど」
鞄はカレンに預かってもらうことになった。必要にはならないだろうけどな。
♢
カレンの持つピンクのポシェットの話をしよう。
女の子の旅には入り用な物が多い。そうマナさんが言った。しかし、大きな荷物なんて持ち運びできない。
それをあのポシェットは解決した……。
俺たちに用意された移動手段は馬車。荷台がある商会のやつだ。
馬車を引く馬は生き物ではなく人形。つまりはゴーレムだ。今のこの世界で生きてる馬を使うのは、金持ちと貴族だけだと聞いた。
俺とスタークは荷台で寝てもいいけど、女の子であるカレンはそんなわけにはいかない。
カレンはテントでもあればいいと言ったんだけど、マナさんが難色を示した。
「野郎たちはともかく、カレンちゃんは心配です」
カレンだけを心配するマナさん。
「テントがあれば、私は別に……」
「ダメですよー、カレンちゃん。野郎たちを信用してはー」
そう言ってピンクのポシェットを持ってきた。
「──だから、これを貸してあげます!」
効果音がつきそうな感じで、マナさんはそれを高く掲げる。しかし、ただのポシェットじゃん。と思う。
「ユウくん。ただのポシェットじゃんって思いましたね? しかーし、違うのです!」
マナさんはおもむろにポシェットを開き、手を突っ込む。
……んっ? 手を突っ込む? あの大きさに?!
「まずは、お土産を移動させないと……」
そう言って、お土産の袋が比喩ではなく山のようにポシェットから出てくる。そして山が形成される。
見たことのあるブランドの袋たち。中は洋服だろう。
他には様々なお菓子に、お酒。日用品。電化製品。オモチャ。本当に多様なものが出てくる。ポシェットからだ。
「──いや、おかしくないですか?! そんな小さなバッグに入る量じゃない!」
それもおかしいのだが、この後さらに驚くべきことが起きる。
「お土産はこれで全部かな? ──スタークくん。全部馬車に載せ換えて〜」
「なんで最初から馬車に入れねーんだ!? 二度手間じゃねーか!」
最もなことを言われている。それでもやってあげるスタークは良いやつだと思う。
「実演ですよ。実演。見たほうが早いから」
「確かに驚いた……」
「あぁ、ビックリしたな」
俺とカレンは、すでに引くくらいに驚いているんだけど、更に驚くことが起きる。
「──んしょ。ちょっと、さがってください」
お土産の山より、はるかに大きいものがポシェットから引っ張り出される。それは……家。家?!
実際には家というほどの大きさはなく、プレハブ小屋より少し広い建物。
──なっ、本当に無茶苦茶だな。この人。
「このマナの秘密基地を貸してあげます! 寝泊まりはこれでだいじょーぶ! シャワーもついてる優れもの!」
自慢の玩具を自慢する子供のようなマナさん。しかしだな……俺たちからは見えているけど、彼女はまだ気づいていない。
「ほう、これが噂の秘密基地か。どこから費用を出して、こんなものを作ったんだ? マナ……」
ギギギギッと音がするように、マナさんの首が後ろに向いていく。
「成る程。これならサボるのにも、さぞ重宝しただろう。ちょっと来い。話がある……」
「か、会長……いつからそこに? こ、これはですね?」
「──いいから来い!」
マナさんは首を押さえられ引きづられていった。
「あれっ? いいことしたはずなのに、アレっーーーー?!」
俺もカレンも無言になるしかなかった。
「おい、マナのやつはどこいったんだ? これ割れちまいそうだから、自分で持ってけって言おうと思ったんだが……」
「スターク。このポシェットの欠陥は?」
「一個作んのに馬鹿ほど費用がかかることだな。その道具は三つしかないぞ?」
「それでも三つもあるんだ……」
「作ってから報告しやがったからな」
こうして家となんでも入るポシェットを手に入れた。マナさんがどうなったのかは想像に任せる。
♢
そんなポシェットの中身の積み込みは、俺とカレンも手伝った。そのお土産の話だ。
「あの人、お土産にいくら使ったんだ? ちょっと考えたくない額なんだけど……。こんなに会長が買ってやったのか?」
「会長ならこんなに買ってこないな。これは全部マナが買ったんだろ……。金の出どころは偉いおじさん。って言ってたな」
会長は俺たちの世界で、誰とどういうふうに繋がりがあるんだろう?
偉いおじさん。親父も確か偉い人に会うと言っていたな。この人物が同じ人とは考えすぎか?
「はぁ、また怒られてしまった……」
ガックリと肩を落としてマナさんが帰ってきた。
そんなにへこむなら最初からやらなきゃいいのにな。
「──ちょっとカレンちゃん?! それ逆。逆だから! 割れちゃうから!」
珍しそうに眺めながら積み込みしていたカレンに、マナさんから注意が入る。
「こう? こっちが上でこっちが下……」
カレンが逆さまに積もうとしていたのは酒だ。箱に入ってるやつ。それもかなりの数ある。
一つ二つなら最後に積めばいいが、量が量だ。一番下にするしかないんだが、マナさんの言うように逆に載せて重ねたら割れるかもな……。
「あぶねー。うっかり割って文句言われるところでした」
「マナさん。誰がこれを買ってくれたんですか?」
「会長のお友達のおじさん。ダイジンって呼ばれてました」
ダイジン……──大臣?!
大臣と友達って、あの人もどうなってんだ。
もしかして国が関わってるのか? この異世界に。
「おじさんのくれたカードで全部買いました」
♢
もう少しだけ、お土産の話をする。
実質大半がマナさん自身のお土産だったわけだが、その中にはスタークへのお土産もあるはずだった。
だから、スタークはお土産の積み込みをやることにしたのだ。それを自ら回収しようと探す傍ら、馬車に入れていた。しかし、それを発見することなく荷物は全部積み込まれた。
「マナ。俺の煙草はどこだ?」
スタークは煙草が欲しかったようだ。
異世界でも作れはする。けど、それじゃないとダメらしい。
「スタークくん。本当に申し訳ないのですが、買えませんでした……」
「忘れたのか?」
「マナはそんなに薄情じゃないです。買えなかったんです……」
あぁ、俺は分かった。買えるはずがない。
「……どういうことだ?」
「──子供には売れないって言われました!」
だと思った。見た目小学生のマナさんが、煙草を欲しいと言ったところで買えるわけがない。
「お前、子供じゃないだろ……」
「スターク。マナさんの言ってることは本当だ。絶対に買えない」
そこの出身である俺の言葉は効果があったようで、スタークは狼狽える。
「……冗談……だよな?」
「「本当」」
「だけど、マナさん。それならお酒はどうしたんですか? 」
煙草が買えないなら酒も買えないだろう。しかし、酒は山ほどある。
「無いとトモエちゃんが暴れるので、会長に頼んでお会計してもらいました」
トモエちゃん。誰だ?
「──そうだ! 会長が一緒だったよな!」
「スタークは煙草吸いすぎだから買わないって……」
「──なんだそれ! 文句言ってくる!」
会長のところから帰ってきたスタークは、いつになく不機嫌だった。