スメラギ 5
一通りの話は聞いた。必要であろう装備一式も用意してもらった。
明日からは、近くのゴミ掃除からでも始めようと思う。しばらくはここら辺にいてほしいと頼まれたからだ。
「そうね、黒崎くんに協力する気があるのなら、お願いがひとつ。大きな戦いが近くある。それには手を貸して?」
これは、好きにしてくれて構わないと言ったトモエさんに、僕は勝手にやると伝えたからだろう。
「戦いですか。手を貸してってことは、トモエさんも戦うんですか?」
「まさか。ワタシはこの地の貴族として逆賊を討つ側よ?」
「……僕がその逆賊なんじゃないですよね?」
「そう。逆賊側についてほしいのよ。それでシモウサとシモツケ。どっちでもいいけど貴族の注意を引いてほしい。本命がやりやすくなるように……。どう、頼めないかしら?」
あくまで自分は貴族として、か。
「──本命っていうのは?」
「遺跡は見たんでしょ? あれが地上に出ている場所がある。人の力を制限してるところ。イワキの真下のヒタチの国にね。そこを守るために周りは貴族だらけ。攻略するには、邪魔者はどけなくちゃ──」
思わず身震いするくらいの圧を感じた。今度こそ、本当にこの人も貴族なんだと思った。
「うちで一人はどっちかの貴族の相手をさせるわ。制限が解除されれば、後はどうにでもできる」
「それって全部で四ヶ所あるんですよね。一ヶ所だけで、大丈夫なんですか?」
一つ潰してしまえば警戒は高まるだろう。同時に狙うとかしなくていいんだろうか?
いや、商会の戦力も詳しくは分からないが、トモエさんは無策ではない。道は見えたとも言っていた。それでやれるのだろう。
「ヒタチの国が祀ってるのは火。うちの魔法使いは火の魔法使いたち。最初にここを落とせば、後は簡単なのよ? 楽しみよね……どんな顔をするのかしら? 魔王様は……」
人の悪い。そんな笑い顔だった。
恨みや憎しみとは違うけど、この人の内面に巣くう闇を確かに感じた。
「分かりました。それまでは好きにやってますから、時期がきたら知らせてください」
「その笑顔の裏には、ドロドロしたものが詰まってそうね?」
「……それが人間でしょう?」
「そうね。そろそろいい時間だし、ご飯でも食べに行きましょうか」
そして何ら普通の会話に戻る。その内に隠したものを感じさせないくらい当たり前に。
「僕はお酒は飲めませんからね? 最初にこの部屋に来た時の匂いはお酒ですよね。匂いだけで酔いそうだったので」
これは断っておかなくてはいけない。絶対に誘ってくるはずだ。
「……えっ? 嘘よね」
「それに、僕たちの世界では未成年の飲酒はダメなんです。異世界だからといって飲んだりはしませんので」
「ここではワタシが法よ」
「ダメなものはダメなんです。分かってください」
なんとか飲酒は避けられた。
トモエさんは一人で飲んでもつまらないらしく、本当に普通にご飯を食べに行っただけだった。
♢
あの子は、なんでアレで成立してるのかしらね?
取り繕うのが上手なのかしら。それとも、ずっとそうだったのかしら?
別にどちらでもいいのだけれど……ただ、まるで誰かさんを見ているようね。けど、似てるけど違う。
彼は弱いけどアイツは強いからね。力でも魔法でもなく……心がかしらね?
そう言えば。そろそろ掛けてくるかしら?
結局、今日も一人でグラスを傾けてる。誰も構ってくれないし仕方ない。
その後、言った時間に通信が入る。
♢
絶句と表現するしかない。
何で? どうして? どうやったら?
「──どうやったら、あの義手が壊れるのよ! どいつがやったの! 生かしておかないから!」
喋っている自分でも分かるくらいキーンと音が響く。向こうの零には何割り増しかで聞こえていることだろう。
しかし、声を荒げずにはいられなかった。だって、あの義手を壊したとか……。
「──貴族がやった?! あの猪男ね。今すぐ息の根を止めに──」
そうだった。猪男はもういないのだ。
なんて忌々しいんだろう。とんだ置き土産だ。
「……もう寝る。ベッドを涙で濡らしながら寝るわ……」
本当に泣きそう。それ、誰が直すのよ……。
どのくらいの破損なのか……想像したくない。イヤーーーーっ! って叫びたい。
「だから、帰ったら付き合うとからしくない事言ってたのね?」
そんなことでワタシのご機嫌をとろうなんて甘いわ! お酒には付き合ってもらうけどね!
壊した奴がいないなら、アナタに八つ当たりするわ。そしていいこと思いついた。
「明日には帰ってくるのよね?」
呼び戻せばすぐに帰って来るだろう。
上手くお膳立てしてあげましょう。ワタシいい人。