スメラギ 4
♢36♢
「他に聞きたい事ある?」
スメラギについて。商会について。
この二つの話は聞いたし理解した。ムツから気になっていた商会は、やはり両方の世界を繋ぐものであると思う。
他に聞きたいことがあるかと言われれば、いくらでも質問するべきことはある。
正直言って地理すら危うい。同じ日本だとしても全然違う。一緒なのは大陸の形くらいだろう。
「あり過ぎるので、近くのことから。 ……その右腕の無い人形が人なんですか?」
秘書の女性。ここまで彼女になりきって案内してきた人形は、今は動かなくなり黒いマネキンのようになっていた。
「そうね。人間の体を作り出すこと自体は簡単だった。その上を目指した時、材質を考えうる限り最高の素材で作った。もちろん人間じゃない。そっくりに作れても、心とか魂と呼ばれるものは作れなかった」
「なんでこんなものを?」
「業かしらね。ワタシたち貴族の子は全員持ってると思う。スメラギの作りたかったもの。それがワタシにしたらこれだった」
力だけでなく、その業まで受け継ぐのだろうとトモエさんは言った。なら、彼の業とは何だったんだろう……。
「作り出したから満たされたのかは分からないわね。でも、これ以上はない最高の出来よ。それ」
義手として差し出された右腕を失った人形。
置物としては不気味でしかないが、トモエさんにとっては置物ではないのだろう。
「じゃあ次は……どうして執務室にベッド持ち込んでるんですか?」
何故だか執務室に天蓋のついたベッドが存在している。これを質問するなというのが無理だ。
「遊び歩くのにこちらの方が近いからです。夜な夜な遊び歩けて、寝るのに近いからです。執務室をこんなにしてしまって……」
……そんな理由なんだ。
そんな理由で城ではなく執務室で寝泊まりしてるのか。人と距離が近いと言えばいいことのように聞こえるけど、この人いちおう貴族だよな?
「いいのよ、ここ。飲み屋は近いし、遅くなっても誰にも文句言われないから」
それは単に言う人がいないだけで、何も言われないとは思えない。
もしかして誰も叱る人とかいないのか? トモエさんが貴族だし……。
「私の言うことなんて全然聞いてくれませんし。皆さんには、本当に早く帰ってきてほしい……」
秘書の女性が一番苦労してそうだ。トモエさんは自由奔放すぎるのだろう。
だけど、この国は自分のものだと言った時の彼女は貴族らしかった。その飄々とした雰囲気がなくなったから。
「もういいわよね? 眠いからワタシは寝ます。後はこの子に聞いて……」
そう言い残してスルスルとベッドに潜り込む。
寝る時に着ているものは邪魔なのか、毛布の隙間から今まで着ていた服が投げられる。
「はぁ……ああなるともう無理ですので、後は私がトモエさんに代わってお聞きします。ここではあれですから場所も変えましょう」
貴族らしいと思ったのは訂正する。やっぱり全然、貴族らしさなんてない。
♢
場所は変わり一階部分に下りてきた。商会と呼ばれる組織の中枢であるここは、とにかく人の出入りが多い。
一度全ての品物はここに集まり、そこから各地に振り分けていく。連携は密になっていて物だけでなく、あらゆる情報も入ってくる。
多分だけど、それが最も重要な部分なんじゃないのか?
この世界は魔王によって、貴族によって支配されているというけれど。本当はスメラギ……商会によって支配されているのではないか?
それも表だってではなく裏から。そうだとするなら、こんなに恐ろしい事があるだろうか。
支配者たちはある日突然地位を失い。いなくなる。ムツの国。ムサシの国のように。
「私も仕事がありますので片手間になってしまいますが、質問があれば遠慮なくどうぞ?」
「その前に……この書類の山はなんですか?」
彼女の机の上には山となっている紙の束。これも気にするなというには無理な量だ。
「本当ならトモエさんが対応しなくてはいけないのですが、一切手をつける気がないようでして。これらは私でも処理できないものばかりでして……」
「どうするんですか、これ?」
「会長が戻られたら、全部処理していただこうと思っています。 一日缶詰にすればなんとかなる筈です!」
自分なら絶対に嫌だ。こんな量を見せられただけで逃げ出すだろう。
「これは見なかったことにしていただいて」
「分かりました……」
聞かなければ良かったな。あの量は一日では不可能だろう。
「まずは地理からですね?」
「お願いします」
片手間にと本人は言っていたが、そんなことはなくきちんと質問に答えてくれた。
なんだか申し訳ない気分になったので、簡単な雑用を手伝ったりした。