異世界にて ⑥
火神 優という少年が、何かしら事情を知っているであろうスタークという若い男に声をかけたくても。その当人はカレンという魔法使いの少女と言い争いをしていて、少年は会話に割って入ることができないでいる。
怒った少女が恐ろしくて怯える幼い兄妹と共に、少年は先ほどから蚊帳の外。
(──炎が魔物を一匹残らず焼き尽くした。たったの一撃。それも加減してとは末恐ろしい……。いくら魔物でも餌と敵との区別はできる。あんなのがいるとわかれば近寄れない。しばらくは大丈夫だ)
そんな様子を隠れて見ているのはこちらも若い男。
初めから見ているこの男が少年を助けに入ろうとする度に、少年の前には不思議と次々と助けが現れ、男はタイミングを逃し続けているのだ。
(──火神 優から余計な気配も消えた。魔物を引き寄せている原因への対処も早い。彼女は魔法使いとして優秀だ。それに何処かで……。いや、まずはあれをやめさせるべきだな)
スライムという魔物を引き寄せていた原因は少年であり、そのことにすぐに気がついた少女は少年に魔法をかけた。
少女が使ったのは魔物から気配を隠す魔法。
この魔法は直接姿を見られてしまうと意味がないが、魔物たちはしばらくは近寄ってこないという判断から、魔物を除ける魔法ではなく隠す魔法にしたのだろう。
しかし、見事と言うしかない少女の手際と判断力ではあるが、その後のやり取りは年相応だと思われる。
少女の嫌いなものに対する敵意や不快感は、せっかくの手際と判断もムダにしてしまうというのに、敵意で曇った少女の視界ではそのことに気づけない……。
「お前ら長話しすぎじゃないのか。せっかく魔物を一掃した意味がなくなるぞ。だいたい、年長者がそんなことでどうするつもりだ。スターク」
収拾がつかないのを見かねて、ようやく少年たちの前に姿を現した男は、スタークと若い男の名前を口にする。
これは決して会話を聞いていたからではなく、男はスタークのことを知っているのだ。だって、この男がスタークに少年を探すように命令した本人なのだから。
「か、会長!? アンタ、どうしてここに……」
「会長?」
「ジーンズ?」
誰もいなかったところから突如声がして、思わず全員の顔がそちらを向き、現れた男そのものにスタークは驚愕し。カレンは男が「会長」と呼ばれたことに、ユウは男の格好にとそれぞれが反応を示す。
いろいろと不自然な男の登場に唯一、子供たちだけは新たに一人増えたくらいの認識だ。
「いくらなんでも都合がよすぎるだろ。まさか……。会長、ちょっといいスカ」
スタークは会長と呼んだ男を少年たちから離れたところまで、会話が聞こえないだろうところまで引っ張っていく。
男の現れたタイミングのよさが不自然に思え、どういうことなのかと問いつめるためだろう。
(アンタ、全部見てたんじゃねーだろうな?)
(ああ、見てたよ。助けようとする度にタイミングを逃してな)
(……いつから見てた?)
(少年が魔物とあの兄妹に割って入るくらいからだな)
(それはほとんど最初からなんじゃないのか!? なら、見てないでさっさと助けろよ。スライム共に喰われるとこだったんだろ!)
スタークの予想はまさにその通りで、会長という男はそれを特に気にしたふうがなく答える。
こそこそと話す二人の様子を横目に見ていた少年たちも何やら様子がおかしいと注目度を高めていて、「お前、デカイ声を出しすぎだ。続きは後でにしろ」と男が会話を切り上げ、納得いかなそうなスタークを待たずに少年たちの方にと戻る。
「何か言い争ってたよな」
「うん、『助けろよ』とか聞こえた」
「「あっ──、ごめん」」
自分たちのところに戻ってくる男二人の様子に、ユウは無意識に隣に話しかけ、カレンも無意識にそれに反応してしまう。
そして、悪いやつではないのだと互いに内心は思っていても、第一印象からか何となく話しにくい少年少女は、互いに相手から距離を取ってしまう。
できた距離はそのまま少年少女の今の距離感を示している。
「何をしている? ……まぁいいか。それよりも良くやったな。子供たちを助けるために魔物を相手にするとは、流石は勇者様だ」
全て見ていたのだから知っていることを、さも今聞いたかのように男は言う。そこに自分しか知らないワードを加え、少年たちからの興味を惹きつけることも忘れずに。
加えてこれは本当に男からのユウに対する評価で、男はユウの頭に手を置いて雑に撫でた。
しかし男から突然「勇者」と言われたユウも、聞いたカレンも「「勇者?」」と男の言葉を訝しむ。
ユウからしたら持っているイメージからの勇者という存在が浮かび、カレンはかつていたという御伽話のような存在を思い浮かべて。
「勇者……。勇者ってどういうことですか。俺が勇者?」
「そうだ。お前はこの世界を救う為に来たんだろう。そう呼んで差し支えないと思うぞ」
「確かにそうだけど、それだけだ。まだ何もしてない……」
ユウが思う勇者とは物語の主人公であり、どんなに逃げたくても決して逃げ出したりせず、魔物程度には苦戦もしない強者である。
そんなイメージから自分が勇者なんて言われても、まったく自覚することはできないし思えもしない。
「そう謙遜するな。お前はもう二人も救っている。これは誰にだって出来ることではない。少しは自信を持て。さて、話はここらで終わりにして村まで移動だ。魔物を蹴散らしたのが無駄になるからな」
会長という男は見ていたとは語らずに少年を褒める。
ナイショ話の直後となれば、ナイショ話の内容がそうだったのだと誰でも思う。現に少年も少女もそう思った。
余計なことには触れず、無駄な争いをやめさせ、話を先に進める。会長というこの男はかなり食えない人物である。
◇◇◇
少年が魔物と遭遇した場所からも、少女が魔物を根こそぎ焼き尽くした場所からも、目的地の村までは距離があった。子供たちの脚ではさらに長い距離があった。
そんな村までの移動でも、人の手が入った道に出てからは楽になり、そうなれば移動の速度も上がる。
「こらっ、動くな! 落っこちるぞ!」
「もう少しだ。我慢しろ」
「それはオレに言ってんのか、ガキ共に言ってんのか。どっちだ!?」
「どちらもだ。やかましい」
だいぶ楽になった移動でも、気を抜けば転ぶから集中を乱せないユウは自分のことで精一杯で。とても動きにくいだろう格好をしているカレンは論外で。残るスタークと会長という男が、幼い兄妹を一人ずつ抱えて移動している。
その自分たちでは到底出せない速度に子供たちは喜び、「はやい、はやい」とはしゃいでいる。
「本当に無事でよかった……」
そんなふうに前を行く子供たちの喜んでいる様子を見て、子供たちからお姉ちゃんと呼ばれるカレンは半分安堵する。
カレンは子供たちがどうして、何をするためにいなくなったのかを知っていて、無事でよかったと思いながらも複雑な心境にあるからだ。
またこんな事はあるのではないかと考えてしまうのだろう。
それでも今は「無事でよかった」と自分に言い聞かせ、自分の危惧に無関係ではない前を走る男たちにも今は感謝し、隣を真剣な様子で走る少年には感謝しかない。
カレンがいくら魔法使いとして優れていようと、子供たちを一人で見つけるにはもっと時間が必要で。いくら魔物を魔法で一掃できようと、自分一人では子供たちを助けられなかったと思うから……。
「その、ありがとう。あの子たちを助けてくれて。それとごめんなさい。さっきは勘違いしちゃって」
「ありがとうはこちらこそだ。君が助けにきてくれなかったらヤバかった」
「うん。あっ、カレンでいいよ。キミは……どうかした?」
お礼を言うために隣に話しかけたことで、カレンはある違和感をユウから感じ取り。自分が言いかけたことよりも、何か自分の様子を伺うようなユウの方が気になってしまった。
「いや、結構スピード出てるのに涼しい顔でついてくるからさ。俺なんて脚元がよくなっても必死なのに……。それに魔法使いっていうのは魔法が専門で、こんなふうに脚まで速いとは思ってなかったんだ」
「なるほど。魔法が専門っていうのは本当だけど、私でもこのくらいはできるよ。魔法の力を運動量に変換してるから。この世界じゃ常識だよ」
「へー、それができるなら魔法使いは魔法だけじゃなく、前に出て戦えもするんだな。イメージと違う」
「できるならって、キミもやってるでしょう。できないとあの子たちみたいについてこれないよ?」
カレンはユウが「えっ?」と反応したことで、ユウのおかしなところに気がついた。できているから子供たちを助けられ、こうして隣を走っているのだと思っていたのに違って。
マヨイビトであるユウとの認識の違いなどではなく、本人にまったく自覚がないのだと気がついた。
「俺も魔法の力を運動量に変換してる。つまり俺も魔法使い?」
「うーん、ちょっと違うかな。魔法の力は誰にでもあって、誰でもそれを自分に足すことができるの。対して魔法っていうのはそれとは違い、使える人と使えない人がいる。向き不向きの問題であったり、その人の素質の問題であったりするけど、──────」
カレンは魔法など何もわからないユウには到底理解し難いことを、楽しげに長々と喋りだす。
しかしカレンに自らの知識をひけらかすつもりはなく、ユウのために説明しているつもりだが、ユウにはカレンの言葉が呪文にしか聞こえない。
「オレや会長みたいなのが魔法使いじゃない人間だ。魔力はあるが魔法陣が作れない。魔法陣とか意味がわからないってな具合だな。要は前衛しかできない人間ってことだ。カレンが言ってることがわからないってことは、お前さんもこっち側だぜ」
「だが、特に問題はないだろう。表側の人間の魔力量は平均五倍以上。何もしなくても身体能力の強化だけで、こちらの人間五人分だ」
「……魔法は使えないってことか。でも、これだけでも十分に魔法に思える」
カレンよりわかりやすい男たちの説明に少年は納得した。自らにあった不思議な現象にもだいぶ納得がいった。
無意識ではあるがカレンの言う変換を行なっているのだと理解した。
「──って感じかな。わかった?」
「「「……」」」
ようやく説明のつもりの言葉を切り、ようやく少年の方を向いたカレンに男たちはただ頷いた。
誰も聞いてもいないし理解してもいないが、要点は少年が理解したから問題ないだろう。